56 わたくしは
燃えている。
胸の奥が。
処刑台で静かになったはずの場所が今は、噴き出すように熱い。
どうして?
遅すぎる問い。
どうして、わたくしだったの?
無実だった。
証拠は作られた偽物。
連れて来られた証人は目を逸らした。
裁判の結果は最初から決まっていた。
アンリ。
あなたは、知っていたでしょう?
それでも選んだ。
王位を。
安定を。
――そして彼女を。
――エレーヌ・ド・ラ・フォワ――
わたくしの隣で笑っていたあなた。
いつから?
いつから、そこに立つつもりだったの?
憎い。
その言葉が、初めて形を持つ。
憎い。
アンリが。
エレーヌが。
あの王国が。
けれど。
怒りの奥から、別の感情が溢れ出す。
お父様……
処刑台の最前列。
やつれた顔。
微かに動いた唇。
――すまない。
違う。
謝るのはあなたではない。
お母様は?
お兄様は?
わたくしが死んだあと、我が家はどうなったの?
公爵家は?
断罪されたの?
没落したの?
粛清されたの?
――今はいったいいつなの?
わたくしは死んだ。
確かに死んだ。
では、今は?
どれくらい時間が経ったの?
十年?
二十年?
それとも――
その瞬間。
胸の奥の熱が爆ぜる。
怒りと恐怖と愛情が絡み合い炎になる。
守りたい。
今さらでも。
もう遅くても。
わたくしは守りたい。
首の後ろが焼ける。
処刑台で感じたあの熱。
今度は消えない。
熱が背骨を駆け上がる。
骨が軋み、皮膚の下で何かが広がる。
鱗が。
翼が。
尾が。
爪が。
炎が。
そして。
――喧騒。
突然、音が戻る。
笑い声。
楽器。
歓声。
目を開ける。
石畳。
人の波。
白い城壁。
そして――
赤。
桃色。
掲げられた王冠。
アンリ。
年を重ねた顔。
だが、あの微笑みは変わらない。
隣に立つエレーヌ。
王妃の衣。
祝福を浴びている。
どくん。
今度は、はっきりと心臓が鳴った。
理解する。
――三十年。
わたくしは竜として生きていた。
家族がいた。
お母様がいた。
お父様がいた。
お兄様がいた。
そしてルイがいた。
わたくしは、もう一度生きていた。
それなのに。
この瞬間。
すべてが繋がった。
公爵令嬢。
婚約者。
王太子。
処刑。
裏切り。
不要。
そして今。
王として祝われる男。
視界が赤く染まる。
熱が限界を超える。
「ヴィーラ!」
ルイの声。
掴まれる腕。
だが、止まれない。
地面がひび割れる。
空気が震える。
背中から、力が噴き出す。
骨が変わる。
皮膚が裂ける。
深紫の鱗が光を反射する。
濃紺の瞳が完全に開く。
歓声が悲鳴に変わる。
王冠を掲げたまま、アンリの表情が凍る。
エレーヌの緑の瞳が見開かれる。
その顔。
あの処刑台の向こう側の顔。
今度は。
わたくしが見下ろしている。
翼が広がる。
影が王都を覆う。
炎が喉の奥で揺れる。
終わらない。
終わらせない。
深紫の竜が、王都の空に立つ。
祝祭は、崩れた。
わたくしは――お前たちが憎い。




