55 処刑
処刑台は、思っていたより低かった。
見上げると高く見えたのにいざ自分が立つと空はずっと遠い。
処刑台から見える空はあまりに青くて。
(……綺麗)
殺される直前だというのにそう思ってしまった自分に少し驚いた。
罪状が読み上げられる。
王太子暗殺未遂。
王家への反逆。
声はよく通る。
整いすぎた声。
感情も、迷いもない。
ただ、決定事項を読み上げるだけの声。
――不要。
あの言葉が、耳の奥で反響する。
私は、処刑台の中央へ進んだ。
じゃらじゃらと音が鳴るのは手枷のみで足枷はない。
当然だ。
逃げたところでどこへ行くのだろう。
そして。
私は彼を見る。
アンリ・ド・ラ・フランク
赤い髪。
赤い瞳。
かつて、特別だと思っていた色。
彼の隣には、桃色の髪。
伏し目がちな微笑み。
エレーヌ・ド・ラ・フォワ
私の親友。
……いいえ。
もう違う。
私は、静かに理解する。
選ばれなかったのは、私だ。
選ばれたのは、あちら。
それだけの話。
◇
「最後に、言い残すことはあるか」
形式だけの問い。
私は、顔を上げる。
民衆が見える。
好奇。
嫌悪。
興奮。
処刑という見世物を見に来た趣味の悪い物好きたち。
私は、静かに言った。
「……わたくしは、無実です」
ざわめきが広がる。
私は、もう一度だけアンリを見る。
目が合う。
そして――
彼は、微笑んだ。
穏やかで、柔らかい。
けれど。
そこに迷いはない。
その瞬間。
胸の奥が、焼ける。
(……なに、これ)
怒り。
悲しみ。
恐怖。
懐かしさ。
恥辱。
全部が、ぐちゃぐちゃに混ざる。
首の後ろが異様に熱い。
まるでそこだけ、火に近づけられているみたいに。
息が吸えない。
膝をつかされ、髪を掴まれ、首を台に固定された。
木の匂い。
血の匂い。
……いや。
焦げた匂いが混じっている。
(……変だ)
空が、揺らぐ。
まるで熱で歪む空気のように。
「執行せよ」
刃が落ちる。
痛みは、なかった。
代わりに。
胸の奥が、ひどく静かになる。
死ぬ。
そう理解した瞬間。
闇は来なかった。
落ちない。
沈まない。
私は、溶けている。
光の粒になっていく。
記憶が、崩れそうになる。
それでも。
それでも。
私は、握りしめる。
あの笑み。
あの桃色の髪。
「不要」と言われた瞬間。
そして。
あの首の後ろの熱。
忘れない。
わたくしが終わるまで。
――いいえ。
終わらない。
終わらせない。
光が、弾けた。
※完結まで毎日投稿です。
よろしくお願い致します。




