54 裁判
裁判は、朝だった。
祝福も宣告もなく、ただ扉が開き、名が呼ばれる。
「ヴィーラ・ド・ラ・リュミエール」
それだけ。
私は立ち上がる。
鎖はつけられなかった。
逃亡の意思などないと、最初から決めつけられている。
いや、できないと思われているのだろう。
それはそうだ。
私に公爵令嬢という身分が無ければ、ただの非力な女にすぎない。
白い回廊を歩く。
窓はない。
風もない。
磨かれた石がやけに冷たい。
王城は、いつも通り整っていた。
私が罪人になっても何一つ乱れない。
◇
裁判所は、小さかった。
玉座の間ではない。
民衆に開かれた大広間でもない。
静かに終わらせるための部屋。
中央に裁判長。
両脇に評議員。
そして少し高い位置に――
アンリ殿下。
私は、息を止めた。
ここにいる。
逃げてはいない。
隠れてもいない。
私は彼を見る。
彼は私を見ない。
罪状が読み上げられる。
王太子暗殺未遂。
王家への反逆。
言葉だけは重い。
だが、その声には何もない。
ただ決定事項を並べるための声。
証拠の毒薬。
私の部屋から出たという事実。
殿下の動線を知っていたという証言。
私は口を開く。
「それは――」
「静粛に」
木槌が鳴る。
「被告人の発言はこれ以上不要です」
不要。
その一言が、やけに鮮明だった。
私は、その瞬間理解した。
この場に必要なのは、真実ではない。
整った“結論”だけだ。
傍聴席の最前列に父がいる。
やつれた顔。
唇が、わずかに動く。
――すまない。
私は、小さく首を振る。
(お父様のせいではありません)
それだけは、本当だ。
父は戦った。
けれど、この国は王族のものなのだ。
それでも私は、アンリ殿下を見た。
五年。
並んで歩いた時間。
書庫で交わした静かな会話。
雨の日に掛けられた外套。
あれは、嘘だったのか。
彼なら止めてくれるのではないか。
けれど。
彼の視線は、常に少しだけ右を向いている。
隣に立つ桃色の髪。
伏し目がちな微笑み。
私の元親友。
(……ああ)
胸の奥が、ひどく静かになる。
私は、もう理解し始めていた。
◇
「最終陳述を許可する」
形式だけの言葉。
私は前へ出る。
膝が震えている。
「わたくしは、無実です」
声は思ったよりも澄んでいた。
「殿下に危害を加える理由はありません」
「王家に背く理由もありません」
それは事実だ。
「……わたくしは、殿下を信じていました」
その瞬間。
アンリ殿下の指が、ほんのわずかに動いた。
だが、それだけ。
立ち上がらない。
否定もしない。
裁判長が書類を閉じる。
「以上で審理を終える」
あまりにもあっさりと。
五年は、紙一枚より軽く畳まれた。
◇
連れ出される直前。
私は最後に彼を見る。
今度は、目が合った。
ほんの一瞬。
彼の唇が、わずかに弧を描く。
穏やかな、いつもの微笑み。
だが、そこに迷いはない。
私を見ているのに、
私を選んでいない目。
その瞬間。
首の後ろが、じりと熱を帯びた。
まるで見えない火に近づけられているように。
(……終わったのだわ)
裁かれたのではない。
終わらせられた。
私という「お飾りの女」が不要になっただけ。
扉が閉まる。
音が、やけに乾いて響く。
そして私は理解する。
処刑は、これからではない。
――もう、ここで決まっていたのだと。
※完結まで毎日投稿です。
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