52 動機
連れて行かれたのは、罪人が通常連れていかれる地下牢ではなかった。
王城の一角。
来客用ではない小さな会議室。
窓は高く、外は見えない。
明かりは十分で椅子も用意されている。
――あまりにも普通だ。
私はそれに少しだけ安堵してしまった。
◇
「お掛けください」
役人の一人が言う。
命令ではない。
形式上の配慮。
私は椅子に腰を下ろした。
背筋を伸ばし、手を膝に置く。
向かいに三人。
全員、知らない顔だ。
名前を名乗る者はいなかった。
「確認させていただきます」
中央の男が書類を開く。
「本日、殿下のお部屋より発見された薬瓶について」
「はい」
私は頷いた。
「それは、わたくしの物ではありません」
即答だった。
迷う余地はない。
「そう証言されるのですね」
「事実です」
男は、淡々と筆を走らせる。
「その薬瓶は、どなたかに預かるよう頼まれたものでも?」
「いいえ」
「過去に似たものを扱ったことは?」
「ありません」
質問は続く。
私は一つひとつ答える。
落ち着いて。
正確に。
説明すれば理解される。
そう信じていた。
「本日まで、毒の知識について学ばれた記録は?」
「ありません」
「書庫で関連書籍を読まれたことは?」
「王妃教育の範囲で一般的なものは」
「具体的には?」
私は、書名を挙げた。
毒性の話ではなく、歴史書だ。
男は頷く。
だが、視線は書類から上がらない。
「それらの知識を応用した可能性については?」
「……ありません」
言葉が少しだけ重くなった。
「殿下のお食事に関わる動線をご存じですか」
「把握はしています」
「立場上、当然ですね」
その一言が、胸に引っかかった。
当然。
立場上。
私は、王太子妃だった。
「確認ですが」
別の男が口を開く。
「殿下に対し、不満を抱いたことは?」
「ありません」
「結婚に不安は?」
「……ありません」
一瞬、間が空いた。
それでも、私はそう答えた。
事実だ。
少なくとも昨日までは。
「では、動機は不明と」
誰かが言った。
「……動機、ですか?」
私は、その言葉をゆっくり反芻した。
「失礼ですが」
声は、思ったより落ち着いていた。
「わたくしには、何の嫌疑がかかっているのですか」
一瞬だけ、空気が止まる。
誰かが顔を上げ、別の誰かが書類に視線を落とした。
「……確認しておりませんでしたか」
中央の男が、淡々と答える。
「罪状は、王太子暗殺未遂および王家への反逆です」
言葉が意味を持つまでに少し時間がかかった。
「……暗殺、未遂?」
自分の声が、ひどく遠く聞こえる。
「はい」
「……わたくしが?」
「その嫌疑がかかっております」
それ以上の説明はなかった。
かかっている――ただ、それだけ。
「反逆、とは……?」
思わず、そう口にすると。
「王太子に危害を加える行為は、王家への反逆に該当します」
まるで教科書を読むような口調で返された。
私は、言葉を失った。
反論の言葉はあった。
説明すべきことも、山ほどあった。
けれど――この場は、それを受け取るために用意されていなかった。
※完結まで毎日投稿です。
よろしくお願い致します。




