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処刑された公爵令嬢は竜となって蘇る(※復讐は竜をも狂わせます)  作者: ゆうらり薄暮


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49 王太子妃殿下



 王城に滞在する日が増えるにつれて、私の名前の呼ばれ方が変わっていった。


 それは、ある朝突然起きたことではない。

 誰かが宣言したわけでもない。


 ただ、気づいたら、そうなっていた。


「こちらへどうぞ、王太子妃殿下」


 廊下で侍従にそう呼ばれた時、私は一瞬だけ足を止めた。


「……ありがとうございます」


 言葉は自然に出た。

 訂正もしなかった。


 以前なら、「リュミエール公爵令嬢」あるいは「王太子殿下の婚約者」と呼ばれていたはずだ。

 でも今は、「王太子妃殿下」。


 未来が、少しだけ前倒しされている。


 違和感はあった。

 けれどそれを口にする理由が見つからなかった。


 祝意しか含まれていない言葉を否定するのは難しい。


 謁見の場でも、同じだった。


 挨拶の順番。

 椅子の位置。

 視線が集まるタイミング。


 私が一歩動くたび、空気がそれに合わせて整えられていく。


 ――大切にされている。


 そう考えれば、すべて説明がついた。


 私は選ばれた。

 役割を与えられ、守られ、期待されている。


 王城という場所では、それは幸福と同義だ。


 そう、教えられてきた。


 アンリ殿下と並んで歩く回廊は、いつもより少し長く感じられた。


「最近、呼ばれ方が変わりましたわ」


 私がそう言うと、彼は歩みを止めずに答えた。


「そう?」


 驚きはなかった。

 気づいていないというより、問題にしていない声音だった。


「……王太子妃殿下、と」


 彼は、ほんの一瞬だけ視線を前に向けたまま黙った。


「間違いではないね」


 正論だった。


 私は、それ以上言えなかった。

 正しい言葉に、違和感は挟めない。


「嫌だった?」


 彼はそう続けた。


 問いの形は優しい。

 逃げ道も用意されている。


「……いいえ」


 私は答えた。


 本当に、嫌ではなかった。

 少なくとも、拒絶するほどではなかった。


「なら、問題ない」


 それで会話は終わった。


 彼は、いつもこうだ。

 私の意思を確認し、それを尊重する。


 それ以上は踏み込まない。


 その距離が、以前は安心だった。


 今は――

 少しだけ、遠い。


 ◇


 夜、自室に戻ると、机の上に書類が積まれていた。


 婚礼後の動線。

 王妃教育の追加日程。

 侍女の再編成案。


 「王太子妃」としてではなく、

 「王妃になる前提」で組まれた内容。


 私は一枚一枚に目を通した。


 拒否しようとは思わなかった。

 修正点も、特に見当たらない。


 よく考えられている。

 私の意見も、以前のやり取りも反映されている。


 ――完璧だ。


 完璧すぎるほどに。


 だからこそ、胸の奥に小さな隙間ができた。


 この計画の中に「私」がどれほど必要とされているのか。

 それとも「私である必要」がどれほどあるのか。


 その違いを考えてはいけない気がした。


 エレーヌからの手紙が届いたのは、その数日後だった。


 ――お忙しいでしょうから、返信は不要です。

 ――どうか、お身体を大切に。


 丁寧で、思いやりのある文面。


 私はそれを読み、しばらく机の上に置いたままにした。


 返事を書く気が起きなかったわけではない。

 ただ、何を書けばいいのか分からなかった。


 以前なら、ささいな愚痴や迷いも書いていた。

 今は、それを文字にする前に整えてしまう。


 整えた言葉は、無難で優しくて、何も残さない。


 私は便箋を引き出しに戻した。


 後で書こう。

 そう思ったまま。


 ◇


 鏡の前に立つ。


 そこに映るのは、整えられた私だ。


 姿勢。

 表情。

 身につけるもの。


 すべてが、役割にふさわしい。


「……王太子妃殿下」


 小さく、声に出してみる。


 違和感は、もうほとんどなかった。


 慣れるということは、こういうことなのだろう。


 私は微笑み、灯りを落とした。


 眠りにつく前、ふと考える。


 もしこの先、私の呼ばれ方がさらに変わったとして。

 もし、誰かが「王妃」と呼ぶようになったとして。


 私は、それを訂正するだろうか。


 分からない。


 分からないまま、目を閉じた。


 それが、この頃の私だった。


※完結まで毎日投稿です。

よろしくお願い致します。

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