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処刑された公爵令嬢は竜となって蘇る(※復讐は竜をも狂わせます)  作者: ゆうらり薄暮


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42 祝祭の匂い



 王都が近づくにつれて、空気が変わった。


 匂いだ。

 人間特有ものが混ざり合った匂い。


 焼いた肉。

 甘い酒。

 新しい布。

 汗。

 期待。

 そして、隠しきれない緊張。


 祝祭の匂いは少しだけ歪んでいるように感じた。


「……すごいな」


 ルイが低く呟いた。


 街道の先に白い城壁が見える。

 朝の光を受けて、やけに眩しい。


 ヴィーラは、何も言わなかった。

 視線は城壁ではなく、その上に翻る旗に向いている。


 金と赤。

 王家の色。


 ――きれいだ。


 そう思ってしまった自分にわずかな違和感を覚える。

 竜の感覚が、理屈より先に反応していた。


「人が多いですわね」


 平静な声。

 自分でも驚くほど、いつも通りだった。


「即位式だからな」


 ルイは頷く。


「王が変わるってだけで、こんなに集まる」


 その言葉にほんの少しだけ棘が混じる。

 彼自身も、気づいていない程度の。


 ヴィーラは、ちらりと彼を見る。

 髪はきちんと結ばれている。

 顔色も悪くない。


 壊れてはいない。


 今は、まだ。


「……入りますわよ」


「分かってる」


 二人は街門をくぐった。


 音が跳ね上がる。


 話し声。

 笑い声。

 楽器の音。

 馬の蹄。


 人の熱が空気を押し返してくる。


 ヴィーラの鼓膜がわずかに軋んだ。

 嫌悪ではない。

 過剰さへの反応だ。


 ヴィーラたちを心配して付いてきた妖精たちは、街の上空で散り、姿を隠した。

 彼らは人の多さを嫌う。


「……静かじゃないな」


 ルイが言う。


「えぇ」


 ヴィーラは短く応じる。


「でも、これが人の祝祭ですわ」


 彼女の声は冷静だった。

 だが、内側では別の感覚が広がり始めている。


 ざわめきの奥に、別の音が混じっている。


 ――笑っている声。


 祝っている声。


 それだけのはずなのに。


 胸の奥が、わずかに冷える。


 理由は、分からない。


 分からないまま、足だけが進む。


 広場に近づくにつれ、視界が開けた。

 石畳の向こうに、人の波。

 その中心に、高く設えられた演壇。


 白い布。

 金の縁取り。

 花。


「……派手だな」


 ルイが言った。


 その瞬間。


 演壇の奥、白い布の向こうが、ゆっくりと動いた。


 人の波が割れる。

 音が、一段高くなる。


 現れたのは、二人。


 金の装飾を纏った男。

 その隣に立つ、淡い色の衣を着た女。


 ――王。

 ――王妃。


 ヴィーラの視界が、完全に止まった。


 赤い髪。


 見慣れたはずの、整えられた輪郭。

 笑みの形。

 立ち方。


 そして、その隣。


 桃色の髪。

 伏し目がちに微笑む、その仕草。


 心臓が、音を立てて落ちた。


 どくん、ではない。

 内側から砕ける、鈍い音。


 ――違う。


 理性が必死に言葉を探す。


 ここは今。

 私は竜。

 あれは人。


 なのに私は何に戻ろうとしているのだろう?


 それでも。


 視線が離れない。


 顔を認識してしまった瞬間。


 胸の奥で何かが外れた。


「……ヴィーラ?」


 ルイの声が聞こえる。

 すぐ隣なのに遠い。


 音が薄れる。

 色だけが焼き付く。


 赤。

 桃色。


 祝われている顔。


 その“祝福”が、引き金だった。


 視界が、暗転する。


 次の瞬間、世界は別の色をしていた。


 青すぎる空。

 高すぎる空。


 石の感触。

 冷たい風。


 ――見下ろす視線。


 数えきれない、人の目。


 ヴィーラは、そこで理解した。


 戻っている。


 意識ではなく、存在ごと。


 誰かが、名前を呼んだ。


 それが、ルイの声だったのか。

 それとも――別の名だったのか。


 分からない。


 分からないまま、彼女の意識は完全に落ちた。


 祝祭の喧騒の中で。


 誰にも気づかれないほど静かに。


 ――王冠が掲げられる、その直前に。

 

※完結まで毎日投稿です。

よろしくお願い致します。

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