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処刑された公爵令嬢は竜となって蘇る(※復讐は竜をも狂わせます)  作者: ゆうらり薄暮


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40 指輪のない約束



 夜の屋敷は、音が少ない。


 少ないはずなのに、今夜はうるさい。

 自分の心臓だけが、やけに廊下に響く気がした。


 ルイは自室の扉の前で立ち止まった。

 昨日の言葉が、まだ身体の中で熱を持っている。


 好きだ、と言った。

 拒まれなかった。


 それだけで世界が変わるほど単純ではないのに、変わってしまった部分が確かにある。


 変わった場所に、次の言葉は刺さりやすい。


 ルイは息を吸い、扉を叩いた。


「入ってもいいか」


「どうぞ」


 ヴィーラの声。

 それだけで足元が落ち着く。落ち着いた分だけ、怖さが輪郭を持つ。


 扉を開けると、ヴィーラは窓際にいた。

 昨夜と同じ椅子。

 けれど空気は違う。

 妖精が一匹、カーテンの端を押さえている。

 風が強い。


「眠れませんの?」


 振り向かずに言う。責めではない。体温を測る声。


「……眠れると思うか」


 笑おうとして、笑えなかった。


 ヴィーラがこちらを見る。濃紺の瞳は、夜より深い。


「座りなさいな」


 ルイは椅子に腰を下ろす。距離は、触れられる一歩手前。

 昨日から、その一歩が“ただの距離”ではなくなった。


「昨日のこと、後悔していますか」


「してない」


 即答だった。


 ヴィーラは頷き、窓の外を見た。


「風が騒がしいですわね」


「……王都の方か」


「えぇ」


 その返事が、静かに刺さる。


 ルイは唇を舐めた。乾いている。

 言わなきゃいけないことが、別にある。


「……行きたい」


 ヴィーラが視線を戻す。

 言葉を促さない。ただ、受け皿を作る。


「王都へ」


 ルイは続けた。


「即位式が近い。俺の家族を殺した男が王になる」


 名前を言うだけで胸の底が熱くなる。

 憎しみは消えていない。

 消えないから、利用できる形にしないといけない。


「俺は、あの国に奪われたまま終わりたくない」


 ヴィーラの表情が動かない。

 動かないから、こちらは言える。


「復讐って言うと、格好がつきすぎるな」


 ルイは息を吐いた。


「……まず確かめたい。あいつが、どんな顔で王冠を被るのか」


 そして、言った。


「それを見ても俺が壊れないかを」


 ヴィーラは瞬きひとつで受け止めた。


「あなたは、一人で行くつもりでしたの?」


「……昨日までなら、そうした」


 本当だ。

 誰かを巻き込めば失う。

 それが、昔の俺の常識だった。


「でも今は」


 ルイは言葉を選ぶ。


「戻る場所があるって思ったから」


 ヴィーラの瞳が、僅かに細くなる。


「だから、来てほしい」


 昨夜の「選んでほしい」を、今夜は反対側から差し出す。


「俺が、俺のまま帰ってくるために」


 ヴィーラは少しだけ黙ってから、言った。


「えぇ」


 短い肯定。条件のない肯定。


 だが、彼女はそこで終わらせない。


「私にも理由がありますわ」


「……何だ」


 ヴィーラは窓の外へ視線を向ける。

 まるで、風の向こうに“何か”が見えるように。


「王都から、嫌な匂いがします」


 竜の感覚だ。

 噂より早く、嘘より確かな情報。


「人が増えています。兵も。祝祭も」


「戴冠の準備だ」


「祝祭は、嘘を隠すのに都合が良いですわ」


 ルイは目を細めた。


「……確かめたいのか」


「えぇ」


 ヴィーラの返事は淡々としている。

 だが、その淡々の奥に薄い棘がある。


「何を?」


 問うと、ヴィーラは一瞬だけ首筋に指を当てた。

 そこは、なぜか熱を持ちやすい場所だ、とでも言うように。


「……今は、まだ言葉にしません」


 逃げではない。

 準備が整っていないだけだ。


 ルイはそれを理解した。


「分かった」


 言葉にしない代わりに、ルイは手を伸ばした。

 昨夜みたいに、慎重に。


 ヴィーラの指先に触れる。

 握り込まない。けれど、離れない。


 触れた瞬間、血が戻るような熱が走る。


「約束をしよう」


 ルイが言った。


 ヴィーラは頷く。


「えぇ」


「嘘をつかない」


「えぇ」


「戻ってくる」


「えぇ」


 指輪も署名もない。

 でも、嘘が混じる余地がない約束だ。


 ルイは小さく笑った。

 やっと、笑えた。


「……それ、恋人ってやつか」


 自嘲気味に言うと、ヴィーラは少しだけ目を細める。


「人間の言葉なら、そうですわね」


 一拍。


「私の言葉なら」


 声が少し低くなる。


「番になりたい」


 背中がぞくりとした。

 怖い。

 けれど、逃げたくなる怖さじゃない。


「……今すぐじゃなくていいんです」


「まずは、王都へ行って帰ってくる」


 ヴィーラが頷いた。


「えぇ」


「恋人として」


 ルイが言うと、ヴィーラはほんの少しだけ笑った。


「良いでしょう」


 そして、いつもの調子で続ける。


「準備をしなさい。あなたの髪も」


「……髪?」


「えぇ。王都に行くのなら、みっともないのは許しません」


 真面目な顔をして言うヴィーラにルイはつい、クスリと笑ってしまう。

 窓の外で風が鳴る。

 遠い山の向こうで、王冠が磨かれている気配がした。


 それでも今夜は、まだ夜だ。


 巣の中の夜は静かで静かなまま、確かに前へ進んでいた。

 

※完結まで毎日投稿です。

よろしくお願い致します。

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