35 生き残った理由
生き残ったことを誇りに思えた日は、一度もない。
息をしている。
歩ける。
食べられる。
それだけのことがどうしても「間違い」のように思えていた。
◇
竜の巣での生活は、静かだ。
静かすぎて、最初は落ち着かなかった。
命令がない。
怒鳴り声がない。
理由を求められない。
起きる時間も眠る時間も誰かに決められていない。
それが、ひどく怖かった。
何もしなくても殴られない。
役に立たなくても捨てられない。
そんな場所が存在していいはずがないと思っていた。
◇
最初の頃、俺はよく夜に目を覚ました。
音もなく起き上がり、呼吸を殺し、周囲を確認する。
逃げ道があるか。
隠れる場所はどこか。
無意識だった。
身体の方が生き延びるための癖を覚えていた。
ある夜、その様子をヴィーラに見られた。
「眠れませんの?」
責める声ではなかった。
理由を問う声でもなかった。
ただ、確認だった。
「……慣れてないだけだ」
嘘ではない。
でも、本当でもない。
彼女は、それ以上踏み込まなかった。
踏み込まなかったことが、
逆に胸に残った。
罪悪感は、形を変えて残る。
家族を置いて逃げたこと。
庇われて生きたこと。
自分だけが、ここにいること。
それは、痛みというより重さだった。
何をしていてもどこにいても常に背中に乗っている。
竜たちは、それを取り除こうとしない。
アルシェは、笑って言う。
「背負えるなら、背負ってなさい。落とす必要はないわ」
アランは、淡々と告げる。
「罪があるなら、生き方で返せ」
ライハルトは、何も言わない。
ただ、逃げないかを見ている。
誰も、許すとも言わない。
誰も、責めもしない。
それが、この巣のやり方だった。
ヴィーラだけが、少し違った。
彼女は、俺が「生きている理由」を探しているのに気づいていた。
「理由が必要ですの?」
ある日、そう聞かれた。
「……必要だ」
即答だった。
理由がなければ生きていること自体が裏切りになる気がしていたから。
ヴィーラは、少しだけ考えてから言った。
「では、今は探していればいいですわ」
答えはくれなかった。
でも、突き放しもしなかった。
「見つからなくても、ここから追い出しません」
その言葉に胸の奥が、かすかに軋んだ。
◇
夜、屋敷の回廊を歩く。
風が抜け、妖精が静かに光る。
俺は、ここにいる。
シャルル・ド・ラ・ヴァロワではない。
かといって、ただの「ルイ」でもない。
名を失い、役割を失い、それでも生きている存在。
その曖昧さが今はまだ怖い。
けれど。
ヴィーラがこちらを見るとき、俺は「間違い」として見られていない。
それだけで今日を終える理由にはなった。
◇
生き残った理由は、まだ分からない。
分からないまま、今日も眠る。
それでも名を呼ばれたら振り向いてしまう。
ルイと。
その名前がたとえ仮のものだとしても。
今ではそれがここで生きている証だから。
※完結まで毎日投稿です。
よろしくお願い致します。




