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処刑された公爵令嬢は竜となって蘇る(※復讐は竜をも狂わせます)  作者: ゆうらり薄暮


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35/58

33 数年後



 ルイがこの屋敷に来てから数年が経った。


 それは劇的な変化ではなく、屋敷の床が少しずつ磨かれていくような時間だった。

 音が消えるわけでも、増えるわけでもない。ただ、馴染んでいく。


 ルイは回廊を歩きながら、指先で壁をなぞった。

 木目の凹凸はもう覚えている。

 夜でも躓かない。


 竜の巣での生活は、いつの間にか「続いているもの」になっていた。


 ◇


 庭では、ヴィーラが風を読んでいた。


 昔のように剣を振るうことは減ったが、何もしないわけではない。

 彼女は今も立つ。

 ただ立って、空と地面の間に流れるものを感じ取っている。


「今日は北寄りですわね」


 独り言のように言って、振り返る。


「来ていたのですか」


「さっきから」


 ルイはそう答えた。


 彼女は驚かない。

 今の二人の距離では、それが普通だった。


 並んで立つ。

 触れないが、離れすぎない。


 かつては「触れない理由」を確認していた。

 今は、確認しない。


 それが進んだ結果なのか、止まった結果なのか、ルイにはまだ分からない。


「街が少し騒がしいですわ」


「……そうだな」


 人間の街の話題が出るのは久しぶりだった。

 彼女が「騒がしい」と言う時は、大抵、変化の前触れだ。


「理由は?」


「人の数が増えました。行き来も多い」


 竜の視点だ。

 人間の噂よりも、風と気配で判断する。


 ルイは、遠くを見た。


 交易路の向こう。

 かつて倒れていた場所は、もう草に覆われている。


「……俺は」


 言いかけて、止める。


 ヴィーラは何も言わない。

 待つ姿勢だけがある。


 数年の間に、ルイは知った。

 彼女は「急がせない」ことに全力を使える存在だ。


「俺は、ここに来てから」


 それでも言葉は続いた。


「ちゃんと生きてる」


 それは事実だった。


 食べて、眠って、考えて。

 誰かと並んで立ち、名前を呼ばれる。


 それだけで、以前とは違う。


「えぇ」


 ヴィーラは頷いた。


「それが一番、大切ですわ」


 彼女の言葉は、いつも評価ではなく確認だった。

 今も同じ。


 ルイは、ふっと息を吐いた。


 胸の奥に、ずっと触れずにいた箱がある。

 開ければ、崩れるかもしれない。

 でも、閉じたままでは、先へ進めない気もしている。


 ヴィーラに話すつもりは、まだない。


 これは――

 彼女のための言葉ではない。


 自分が、どこから来たのかを知るためのものだ。


「……なぁ」


 ルイは、空を見たまま言った。


「少し、歩いてくる」


「一人で?」


「一人で」


 一拍。


「戻ります」


 それだけで十分だった。


 ヴィーラは止めない。

 代わりに、静かに言う。


「日が落ちる前に」


「分かってる」


 回廊を離れ、外縁へ向かう。

 風が変わる場所。

 竜の巣と、外の世界の境目。


 そこで立ち止まり、ルイは目を閉じた。


 これは、まだ誰にも話していない話だ。


 自分の中にだけ残っている、

 名前を持たない過去。


 ――次に言葉にするときは、逃げない。


 そう決めて、ルイは息を吸った。


 風は、昔よりも少しだけ優しかった。


※完結まで毎日投稿です。

よろしくお願い致します。

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