表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処刑された公爵令嬢は竜となって蘇る(※復讐は竜をも狂わせます)  作者: ゆうらり薄暮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/58

19 同居人



 朝の時間は、静かに進んでいた。


 少年――ルイは、まだ寝台の上にいた。

 完全に起き上がれるほど回復してはいないけれど、意識ははっきりしている。


 私は、部屋の端の小さな卓で、温かい飲み物を用意していた。


 ◇


 湯気の立つカップ。

 香りは弱め。

 刺激の少ないもの。


 お父様の指示だ。


「最初は、味がはっきりしない方がいい」


 私はそれを忠実に守っている。


 カップを盆に乗せて、寝台のそばへ行く。


「……お腹は、空いていませんか?」


 ルイは一瞬迷ってから、小さく首を振った。


「……まだ……」


「そうですわね」


 それで終わり。

 無理に勧めない。


 私は、カップを寝台脇の台に置いた。


「飲みたくなったら、少しずつ」


 ルイは、それを見て、ほんのわずかに肩の力を抜いた。


 部屋の扉が、軽くノックされる。


「入るよ」


 お母様だった。


 白銀の髪をゆるくまとめ、いつものように穏やかな顔。

 でも、目はきちんと状況を見ている。


「……起きてる?」


 ルイは、反射的に身を強張らせた。


 私は、すぐに言う。


「大丈夫ですわ。この方は、お母様です」


 “母”ではなく、“お母様”。


 それだけで、距離が少しだけ保たれる。


 お母様は、寝台から少し離れた位置に立った。


「おはよう。私はアルシェ。ヴィーラから聞いているよ。無理しなくていいからね」


 ルイは、戸惑いながらも小さく頷いた。


 続いて、扉の外から声。


「……生きてるのか?」


「生きてますわ」


 お兄様だった。


 姿は見せない。

 声だけ。


「そう」


 それだけ言って、気配が遠ざかる。


 ルイは、目を瞬いた。


「……あの人は……?」


「兄ですわ。ライハルトといいますの」


「……優しいですね」


 私は、一瞬考えてから答えた。


「……はい。とても」


 ◇


 その間。


 妖精たちは、部屋の隅でこそこそ動いていた。


 水差しをそっと満たす。

 シーツの皺を直す。

 床に落ちた小さな埃を、風で掃く。


 ――音を立てないように。


 ルイは、最初は気づいていなかった。


 でも。


 水差しが“勝手に”動いた瞬間。


「……?」


 彼の視線が、ぴたりと止まった。


 空中で、ふわりと揺れる小さな影。


「……妖精?」


 その一言で、部屋の空気が一瞬止まった。


 妖精たちは、固まった。


『……』

『……見えてる?』


 私は、思わず声を上げた。


「あなた、愛とし子ですの?!」


 勢いが良すぎた。


 ルイは、目を丸くした。


「……いとし、ご?」


「妖精が見える人間は、とても少ないんですの!」


『えっ?!』

『ほんとだ?』

『あれ?』


 妖精たちが、ざわざわする。


 ルイは、困惑したまま、正直に言った。


「……昔から……たまに……」


 私は、はっとして、すぐに声の調子を落とした。


「……失礼しましたわ。驚かせてしまいましたね」


 ルイは、少し考えてから、首を横に振った。


「……いいえ」


 そして、ほんの少しだけ、口元が緩んだ。


「……ここ、変わってます」


 私はちょっと笑った。


「……そうかもしれませんわね?」


 ◇


 その後は、何も起きなかった。


 劇的な会話も、約束もない。


 ただ。


 ルイは水を少し飲み、

 妖精たちは仕事に戻り、

 お母様は必要な物を整え、

 私は椅子に座った。


 誰も、急がなかった。


 ◇


 昼前。


 ルイが、ぽつりと言った。


「……あの」


「はい」


「……ここに、いても……いいんですか」


 私は、一拍も置かずに答えた。


「もちろんですわ、ルイ」


 その言葉は、軽くもなく、重くもなく。


 “今”として、ちょうどいい重さだった。


 ルイは、ゆっくり目を閉じた。


 逃げるためじゃない。

 休むために。


 私は、それを見届けてから、そっと立ち上がった。


 妖精が、小さく囁く。


『……いい人ですね』


 私は、小さく頷いた。


「……そうですわね」


 この屋敷に、また一つ。


 静かな居場所が増えた。


 それだけの話。


 ――けれど。


 それが、これから先のすべての始まりになることをまだ誰も知らなかった。

 

※完結まで毎日投稿です。

よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ