表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処刑された公爵令嬢は竜となって蘇る(※復讐は竜をも狂わせます)  作者: ゆうらり薄暮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/58

18 目を覚ました朝



 朝の光は、静かだった。


 屋敷の朝はいつもそうだ。

 目覚ましの鐘も、騒がしい声もない。

 ただ、窓の外で風が葉を揺らし、妖精の羽音が遠くでかすかに鳴る。


 私は、椅子に座ったまま目を開けた。


 ……寝てしまっていたらしい。


 首の後ろが少し痛い。

 外套をかけられている。

 お母様か、妖精か、あるいはお父様か。


 私は、まず寝台を見た。


 ◇


 少年は、目を開けていた。


 完全に覚醒しているわけではない。

 ぼんやりと、天井を見ているだけ。

 けれど――


 意識は、戻っている。


 私は、思わず息を止めた。


 起こしてはいけない。

 でも、気づいてほしい。

 でも、驚かせてはいけない。


 人間の扱いは、いつも難しい。


 私は、ゆっくり立ち上がり、寝台の脇へ移動した。

 足音を立てないように。

 影を落としすぎないように。


「……おはようございます」


 声は、できるだけ小さく。


 少年の視線が、ゆっくりこちらへ動いた。


 焦点が合うまで、少し時間がかかる。

 綺麗な銀の瞳と目が合った瞬間、びくりと身体が強張った。


 私は、すぐに一歩下がった。


「大丈夫ですわ。ここは、安全な場所です」


 自分でも驚くほど、落ち着いた声だった。


 少年の喉が、小さく動いた。


「……」


 声は出ない。

 けれど、目はしっかりこちらを見ている。


 警戒。

 混乱。

 それから――恐怖。


 私は、それを正面から受け止めた。


「無理に起きなくていいですわ」


 私は、椅子に座り直した。

 距離を取る。

 逃げ道を塞がない。


「……あなたは、交易路のそばで倒れていましたの」


 事実だけ。

 余計なことは言わない。


「私が見つけて、お父様を呼びました」


 少年の指が、わずかに動いた。

 シーツを掴もうとして、力が足りず、指が滑る。


 私は、反射的に動きそうになって、止まった。


 触れていいか、分からない。


 代わりに、低い位置に置いてあった水差しを手に取る。


「……お水、飲めます?」


 少年は、一瞬迷ってから、ほんの少しだけ頷いた。


 私は、コップを両手で持ち、ゆっくり差し出す。

 近づきすぎないように。

 でも、届く距離で。


 少年は、震える手でコップを受け取った。

 うまく持てず、水面が揺れる。


「……少しずつで」


 そう言うと、彼は従った。

 一口。

 喉が鳴る。


 その音を聞いて、胸の奥が少しだけ緩んだ。


 水を飲み終えると、少年はコップを持ったまま動かなくなった。


 逃げない。

 でも、安心もしていない。


 私は、無理に話しかけないことにした。


 代わりに、言葉を置く。


「ここでは、何もしなくていいですわ」


 少年の眉が、わずかに動いた。


「……怪我は、もう大丈夫です。しばらくは、休む必要がありますけれど」


 それを聞いて、彼はゆっくり視線を落とした。

 自分の身体を見るように。


 包帯。

 清潔な寝台。

 血の匂いは、もうない。


 混乱が、少しだけ和らぐのが分かった。


 ◇


 しばらくして、少年が口を開いた。


「……」


 声が、掠れている。


 私は、身構えた。

 名を聞かれるかもしれない。

 理由を問われるかもしれない。


 でも、出てきたのは――


「……ここは……」


 それだけだった。


「私の家ですわ」


 正確ではないが、嘘でもない。


「……ここにあなたを傷つける人はいません」


 少年は、それを咀嚼するみたいに、少し黙った。


「……」


 何かを言いかけて、やめたようだった。


 私は、待った。


 刺繍の時みたいに。

 糸が絡まるのを、無理に引かないように。


 ◇


 しばらくして、少年は小さく息を吐いた。


「……」


 それから、かすれる声で言った。


「……ありがとう」


 とても小さい。

 でも、確かにそう言った。


 私は、思わず目を瞬いた。


「……どういたしまして」


 それしか言えなかった。


 感謝を向けられる準備は、していなかったから。


 ◇


 扉の外で、気配がした。


 お父様だ。


 入ってはこない。

 でも、そこにいる。


 見守っている。


 私は、少年に視線を戻した。


「……私はヴィーラと言いますの」


 少年の目が、わずかに見開かれる。


「あなたのお名前は?」


 少年は、しばらく私を見てから、ゆっくりと口を開いた。


「……ルイ」


 それは、彼にとっても。

 私にとっても。


 新しい時間の、始まりだった。

 

※完結まで毎日投稿です。

よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ