17.5閑話 巣の主
ルイが運ばれてきた夜、屋敷は少しだけ騒がしかった。
騒がしいと言っても、声が上がったわけではない。
妖精の動きが増え、空気の流れが変わり、巣が「異物」を受け入れる前触れのようなざわめきがあっただけだ。
治療室の外で、アルシェは壁にもたれ、腕を組んでいた。
扉の向こうでは、アランが淡々と処置をしている。
「……生きてる?」
アルシェが小さく問う。
「生きている」
即答だった。
迷いも感情もない声。
「ならいいわね」
それだけで、アルシェは安心したように肩の力を抜いた。
妖精が二匹、天井近くをくるくると回る。
『血、いっぱいです!』
『でも、命は切れてません!』
「そうね」
アルシェは妖精の言葉に頷く。
「切れてないなら、つながるわ」
『この人、巣に入れますか?』
『入れるんですか?』
「どうかしら」
アルシェは少しだけ考え、微笑んだ。
「あの子次第」
その時、扉が開き、アランが出てきた。
手袋を外しながら、短く告げる。
「命は拾った。あとは本人次第だ」
「ヴィーラは?」
「……近くにいる」
それを聞いて、アルシェは小さく息を吐いた。
「なら、大丈夫ね」
アランは一瞬だけ視線を上げた。
「心配しているのか」
「してるわよ」
即答だった。
「だってあの子、拾った生き物を最後まで見る癖があるもの」
妖精がくすくすと笑う。
『お嬢様の癖です!』
『昔からです!』
「えぇ」
アルシェは笑って答える。
「だからこの巣は長生きなの」
治療室の中から、かすかな呼吸音が聞こえた。
人間のものだ。
アランはそれを一度だけ確認し、視線を逸らす。
「巣に入れるなら……あの人間は境界に足をかけるぞ」
「そうね」
アルシェは否定しなかった。
「でも、踏み込むかどうかは本人が決めることよ」
『怖がる?』
『逃げる?』
「さあ」
アルシェは肩をすくめる。
「逃げるなら、それも選択。残るなら、それも選択」
彼女は扉の向こうを見た。
「どちらでも、私は責めないわ」
それが竜のやり方だった。
選ばせる。
奪わない。
縛らない。
ただ、生きているものに場所を与える。
妖精が一匹、扉の隙間から中を覗き込む。
『この人間、本当に生きてます?』
『大丈夫なんです?』
「……面倒な子ね」
アルシェは楽しそうに言った。
その夜、竜の巣は一人の人間を受け入れた。
特別な儀式はない。
宣言も、誓いもない。
ただ、主たる竜の判断があっただけだ。
――生きている。
だから、巣に入れた。
それだけの話だった。
※完結まで毎日投稿です。
よろしくお願い致します。




