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処刑された公爵令嬢は竜となって蘇る(※復讐は竜をも狂わせます)  作者: ゆうらり薄暮


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2/11

2 愛された竜の娘



 私が「自分が変だ」と思い始めたのは、ずっと後になってからだった。

 私がいわゆる尻に殻のついた仔竜にすぎない頃、違うことでさえただの“自分”だった。


 ◇

 

『お嬢様、ヴィーラお嬢様起きてください!』


 かしましい妖精の声で私の朝ははじまる。

 カーテンが開けられた窓から差し込む光が床に四角く落ちて、妖精たちの羽音がそれを撫でる。

 この屋敷の朝はいつも静かすぎるくらい静かだ。

 でもこの静けさは心地良い。

 竜の里の静けさは重いけどここは柔らかな暮らしの中の静けさだ。


『おはようございます、ヴィーラ様』

『お顔を洗いましょう』

『鱗を磨きましょうか?』


 妖精たちは忙しく、でも声は小さい。

 私が寝起きで機嫌が悪い時は、もっと小さい。

 私が機嫌がいい時は、少しだけ跳ねる。

 そういうのを私はちゃんと分かっていた。


『おはよう』


 声に出すと妖精たちは一斉にほっと息を吐いた。

 朝の挨拶は、この屋敷の合図だ。

 今日も無事に始まる、という合図。


 私はまだ小さい竜だった。

 人の形になる術は、まだできる気がしない。

 やってみたいとねだったこともあるけれどお母様が笑って「そのうちね」と言い、お父様は「焦るな」と言い、お兄様は「遅い」と言う。


 私だって早く人型になってみたいのに……

 お兄様はいつも一言余計だ。


 そして寝台を降りようとして、私はものの見事に自分の尾を踏んづけた。


『キュッ……?!』


 痛くはないが思わず鳴き声が口から漏れる。

 尻尾はちゃんと自分のなのに寝起きはやっぱり身体の扱いが下手だ。


『大丈夫ですか?』

『尻尾は大事ですよ!』


『大丈夫だから見ないでちょうだいよ!』


『見てません!』

『えぇ、見てません!』


 妖精が嘘をつく時は目が泳ぐ。

 私はそれも知っていた。


 ふんっと鼻を鳴らしながら廊下に出ると屋敷の向こうから足音がした。

 足音というより、空気が“整う”気配。

 こういうのはお母様だ。

 お父様はもっと雑で、お兄様はもっと煩い。


 次の瞬間、白銀の影が曲がり角から現れた。


 アルシェお母様だ。


 人の形。

 白銀の髪。

 金の瞳。

 整いすぎた顔。

 世界にいたら目立ちすぎて困るのに、この屋敷ではそれが普通に存在しているのが不思議だった。

 お母様は私を見るなり、目を細める。


「起きた?」


『起きたよ』


「えらい」


 お母様は褒め方が雑だ。

 でも、お母様に「えらい」と言われると胸がふわっと軽くなる。

 私の心はもちろん竜の心、でも「気持ちは人間みたいだ」とお父様は言う。

 意味はよく分からない。


 お母様にぎゅっと抱きしめられる。

 柔らかくてふんわりと良い香りがする。

 お母様はいつも私を抱きしめてくれるけれどそれが私の一番安心する時間だった。


 お母様の指先が私の額に軽く触れた。

 冷たくない。

 熱くない。

 “整う”感じがする。

 さっきまで寝起きでぼやけていた世界が輪郭を取り戻す。


「今日も生きてる」


『……当たり前』


「当たり前が大事」


 お母様が真顔で言うと当たり前が急に重くなる。

 私は目を逸らした。

 重いのは嫌いだ。

 お母様の生存確認はお父様とお兄様にはしないのに幼い私にはいつも「生きてる?」って言うのだ。

 きっと私が心配なだけなんだろうけど。


 その時、別の足音がした。

 今度は少し遅くて、でも確かな音。

 床板が少しだけ鳴る。

 アランお父様だ。

 お父様の歩き方は、人間の時の癖が残っているとお兄様が馬鹿にするやつ。

 お父様は「癖は消えない」と笑う。

 私はお父様の笑うのが好きだった。


「おはよう、ヴィーラ」


 お父様は人の形だった。

 髪は金に銀を混ぜた色。

 瞳は深紫に金が滲んだ色。

 いつ見ても不思議な色で、私はお父様の色は好きだった。

 母の白銀は美しすぎて怖い時がある。

 お父様の色は、安心する。


『おはようございます。お父様』


 お父様がわしゃわしゃと私の頭を撫でる。

 撫でられると、鱗が少しだけざわつく。

 気持ちいい。鱗は正直だ。


 お父様が笑う。


「今日、里に行くか?」


 私の尾が勝手に揺れた。

 里は好きだ。

 家も好きだ。

 どっちも好きでどっちが上とか下とか決められないのが、私の一番の贅沢だった。


『行く!』


「よし」


 お父様はお母様を見る。


「アルシェも行くよな?」


「うん」


 そこへ、廊下の奥から声が飛んできた。


「遅い」


 お兄様だ。


 声だけで分かる。


 次の瞬間、白銀と金が混じった髪が見えた。

 人間で言うと青年と言われる人の形。

 父に似た顔。

 母のような金の瞳。

 どこか余裕のある表情。

 私よりずっと大きい。

 私よりずっと古い。

 私よりずっと強い。

 私はそれが悔しい。

 悔しいし直接は言わないけど大好きなライハルトお兄様だ。

 ちなみに私よりも300歳も年上だ。


『おはようも言えないの?』


 私が言うと、お兄様は鼻で笑った。


「言った。遅い、が挨拶」


『挨拶じゃない』


「うちの文化だ」


『お兄様の嘘つき』


 お兄様は私の頭を撫でようとして、わざとらしく一拍置いた。


「触っていい?」


 前に了解を取らずに撫でて機嫌の悪かった私に手を尻尾ではたき落とされたのを気にしているらしい。


『……嫌』


「母上の真似するな」


『真似じゃなくて学びですわ』


 お兄様は結局撫でてきた。

 許可を取ったくせに、私の返事を無視した。

 私は尾でお兄様のすねを叩いた。

 軽く。

 軽く、だ。

 私も行儀は守る。


 お兄様は眉一つ動かさない。


「痛くない」


『痛くする気がないだけですもの』


「まだ弱い」


『その言い方が嫌いよ』


 お父様が咳払いをした。

 お兄様はすぐに口を閉じた。

 お父様には一応従う。

 お兄様のそういうところは、少し可愛い。

 可愛いと言ったら叩かれるので言わない。

 竜の兄妹関係は時々危険だ。


※完結まで毎日投稿です。

本日のみ1日3話投稿、2話目。

よろしくお願い致します。

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