第3章12.5話 雨海沙織はかく語りき
前回の話にくっ付けるつもりだったお話ですが、聖ちゃんの誕生日パーティが無事に行われたところで終わった方が、区切りが良いと判断した次第です。
なので12.5話として、投稿させて頂きます。
『魔女の家』を後にした私こと雨海 沙織は、帰路につくべく夕暮れの街を歩いていた。西陽がじんわりと肌を熱し、夏の到来を実感させられる。今日は日曜日、平日を明日に控えた夕方というのは、本来なら幾らか憂鬱になるものだ。加えてこれからの季節を予感させられる暑さ、道行く人の中には表情に陰りを見せる者もいた。
だが、今の沙織お姉ちゃんは違う。身体中にエネルギーが満ち溢れている。無敵だ。無敵の肉体と、充実した精神を有している。初夏の西陽も月曜日前夜の憂鬱も、お姉ちゃんの前には塵芥に等しい。
何故なのか?
今の沙織お姉ちゃんを無敵たらしめているのは一体何か?
それは、可愛いメイドさんからの、真心の込められたお持てなしに他ならない。私が先程まで居た楽園には、とても愛らしい3人のメイドさんが居た。中でも一番可愛い看板メイドにして我が最愛の妹、『瑠璃海 蒼蘭』ちゃんと過ごしたひと時が、お姉ちゃんに膨大な活力を齎しているのだ。
率直に言って、ここ最近の私は色々と疲れる事が多かった。あちこちで勃発する『悪魔騒動』に関する調査や事後処理、異世界人と接触したと思しき人物の調査など、魔法機関お抱えの人工魔女にはあらゆる仕事を割り当てられた。まぁ……それだけなら、まだ良い。異世界人の襲来など、言ってしまえば『非常事態』だ。このイレギュラーな出来事には、お目付け役を含めた魔法機関の職員も、魔女学園の生徒達も、皆が懸命に対応しているのだ。なら私も、少しは皆の為に頑張ろうという気になるものだ。
だが先日、異世界人とは関係なしに悪魔を呼び出し、挙句に自滅した阿呆な夫婦が現れた時は流石に腹が立った。このクソ忙しい時期に余計な仕事を増やすな。それに、馬鹿夫婦が行った儀式も、我が子を生贄にする胸糞悪い代物だったのも純粋に頭に来る。現場に残された血や指紋、魔力の痕跡などから、子供は悪魔の供物になどされていないと分かった事が唯一の救いか。その家の子供達も、何処ぞの孤児院に引き取られたらしい事が、調査にあたっていた職員の口から聞かされた。とはいえ余りにも疲れる出来事だったので、先日思わず妹に愚痴を溢してしまった。無論、具体的な話や現場の惨状は最大限伏せてぼかして伝えたが。
しかし、身を粉にして働く私の事を神は、否、天使は見捨てなかった。青い髪の天使が、優しく私に微笑んでくれた。料理に美味しくなるおまじないを、愛らしい仕草と満面の笑みでかけてくれた。更に、私に料理を食べさせてくれた。それだけでなく、帰りが遅い私の事を心配してくれたのだ。こんなにも心温まるお持てなし、そうそう味わえる代物ではないだろう。
………と、ここで終わって仕舞えば、単に『可愛い可愛い女子高生メイドさんに接客された』というだけの話になる。だが、しかし、その他大勢のお客様では味わう事が出来ない『看板娘の魅力』を、私は味わっているのだ。
何故なら、沙織お姉ちゃんは、蒼蘭ちゃんの中の人を知っているのだから。
『雨海 惺』、我が最愛の妹にして弟の本名、そして看板娘の正体だ。元々我が弟は、やや中性的で可愛い系の見た目をしていた。本人は没個性だと思っていたようだが、そんな事は無いと私は断言する。まぁ、もう少し着飾る事を覚えて欲しいとは常々思っていた訳だが………。
しかし、今の惺は黒髪ロングヘアで発育抜群な、『お姉ちゃん似』の美少女になっているのだ! 考えても見て欲しい。身長148cmの愛くるしい容姿をした美少女メイドの正体が、170cm超えのナイスバディな元女子大生なのだ。このシチュエーション、非常に倒錯的で刺激的ではなかろうか?
しかも、我が妹が自分の意思で、自分の演技力や接客力で、お嬢様にお持てなしをしているのが大変素晴らしい。私は暗示魔法が使えるので、やろうと思えばしず君を完璧なメイドさんに仕立て上げる事も可能だ。だが、それでは意味がない。真のメイド道とは己の力で切り開くもの、それ即ち自分の意思と心で接遇をする事也。しず君はそれを良く理解している。だからこそ、彼女は私にメイクのお願いをする事はあっても、暗示魔法を頼ろうとはしなかったのだ。そしてその結果、この世には天使のような看板メイドと、優しくて明るい赤髪ギャルメイドが誕生したのだ。最高な事ではないか!
そして何より、この倒錯感や刺激、惺ちゃんの想いと努力を味わっているのが私だけだというのが、筆舌にし難い優越感を齎している。周囲の客は『小柄で愛らしい小動物系メイドの蒼蘭ちゃん』という表面的な部分しか味わう事が出来ないが、文字通り薄皮一枚隔てた先にある『メイドさんのお仕事を頑張る雨海 惺』を感じる事が出来るのだ。そう、この沙織お姉ちゃんだけは。
悲しい事に、そんな素敵なメイドさんには今、邪悪な魔の手が忍び寄っている。が、どうやらお姉ちゃんは、解決の糸口を掴んだかもしれない。先程、迷える仔羊からのご好意で譲って貰った悪魔を呼び出す宝珠、そして『提供者が宝珠を自作した』という証言。付け加えて、先日の七夕祭り。悪魔騒動の予兆とも言える出来事だったが、捉えた異世界人からは有益な情報を聞き出せた。
『この宝珠で呼び出した悪魔は子供を攻撃しない』
『その理由は、宝珠の製作者の意向である』
『この宝珠の製作者は、大賢者ラジエルが最も信頼する弟子である』
振り返ってみればここ連日の悪魔騒動、小さな子供への被害は一切発生していなかった。悪魔達の習性を鑑みるに、七夕祭りで確保したアイテムと同系統の代物である可能性が高い。無論、それを解明するために、これから研究所に戻って調査をするのだ。
加えて、喫茶店で採取した怪しげな客、『修道服を着た女の子』の遺伝子も調査しなくてはならない。彼女は『アゲハの大魔女』の予知に存在しなかった。しず君も心配していた様にラジエルが送り込んだ刺客の可能性がある。更には、その『シスター14』と名乗る少女こそが、一連の騒動の黒幕である可能性すら考えられるのだ。
勿論、これは可能性の話だ。確定していない情報を口にすれば、我が妹や妹の友達…………言うなれば『義妹』に等しい彼女らに余計な心配を与えてしまう。それに今頃はしず君発案の、聖ちゃんのお誕生日パーティが開催されている頃だ。私はしず君に頼まれて、仕事帰りに味見をしたパンケーキが、今頃は聖ちゃんに振る舞われているだろう。
…………目を閉じれば思い出す。沙織お姉ちゃんの誕生日に、しず君がプリンを作ってくれた時のことを。しず君は子供向けの料理系教育番組に影響を受けて、お母さんと一緒にプリンを作ってくれたのだ。あれは、言葉では言い表せない程に素敵なプレゼントだった。私の人生のフルコースのデザートが、『しず君の手作りプリン』になった瞬間である。砂糖が溶け切ってなくて、ほんの少しザラザラとした食感があったが、これもまた『小学生の弟が一生懸命に作ってくれた』というこれ以上ない付加価値の現れに他ならない。そして、しず君が持つ優しさが、今度は魔女の学校で出会ったお友達に向けられている。
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聖ちゃんや炎華ちゃんには感謝している。蒼蘭ちゃんとお友達になってくれたお陰で、しず君が充実した高校生活を送れている。友達同士で学業に勤しみバイトに励み、そして和気藹々としたひと時を過ごす。これぞ『青春』、可愛い妹が送るべき高校生活ではないか。故に友達の誕生日パーティで、妹が真心込めた手作り料理を振る舞う事は何も不自然な事ではなく、何もおかしな事はない…………ないのだ…………。
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「あああああああああ!! やっぱり羨ましいよおおおおおおおおおおおああ!!」
抑えきれなくなった感情が爆発し、私は電柱に頭を打ちつける。こうでもしないと、『義妹である聖ちゃんへの焼きもちや羨望』と言う、長女たる沙織お姉ちゃんが決して抱いてはいけない感情が心に残ってしまいそうだからだ。
だって、看板メイドちゃんの手作り料理だぞ!?
それをプライベートで振舞ってもらえるんだぞ!?
しかもサプライズパーティという事は仕事の直後、つまりメイド姿でお誕生日会を開いている可能性もあるんじゃないか? メイドさんによるメイドさんの為のパーティ………だと………?
「私も、お姉ちゃんも、その尊さ極限値の空間に入りたいよおおおおおおお!!」
可愛い高校生メイドさんが、美味しくなるおまじないをかけたり、お料理を『あーん』してあげたりするんだろ? そんな空間……目に焼き付けるしかないじゃないか! いや、待て、ダメだ、落ち着け! 誕生日会はあくまで、蒼蘭ちゃん達のイベントだ。それを蒼蘭ちゃんの姉だからという理由で、大した接点のない沙織お姉ちゃんがしゃしゃり出るのは良くない、絶対に!煩悩撲滅、煩悩撲滅!お姉ちゃんは、自分に打ち勝ってみせる!だから、しず君は、貴女が考えたイベントを、自分から考え出して行動に移した企画を、最後まで成し遂げるんだぁぁっ!!
◆
7月13日、夕刻。
とある街の一角で起きた出来事だ。道ゆく通行人達は、色々な意味で大層驚いた事だろう。
そこに居たのは『誰もが目を奪われる』とまでは行かないが、すれ違えばふと視線を向けてしまうレベルには端正な顔立ちの女性だ。恋人とのデート帰りと錯覚する程に満面の笑みがまた、美しい夕焼けと絶妙な調和を見せていた。日曜日の夕方、メランコリックな時間を忘れさせる美女が、確かにそこに存在したのだ。
だが、突如として、黒髪の美女は錯乱した。満面の笑みから180°変わった慟哭が、道ゆく人々を混乱と困惑の渦に引き摺り込んだのだ。怨嗟、嫉妬、悲哀、それらの感情を隠す事なく撒き散らし、狂った様に電信柱に己の頭部を打ちつけた。通行人達は彼女から視線を離せなかったが、誰も声をかけようとはしなかった。『触らぬ神に祟りなし』、事勿れ主義を是とする現代社会が生み出した悲しき光景が其処に存在したのだ。
だが、荒れ狂う美女に声をかける者がいた。夕陽を反射させる程に美しい白髪を持つ、幸薄そうな雰囲気の女性だ。今にも手折られそうな、儚げな百合の花。彼女は細く、しなやかな、力を込めれば折れそうな腕を伸ばし、
「こんな所で…何を騒いでいるのかしら!?」
黒髪の女性を関節技で締め上げたのだ。
「あぐぁっ!? って、彩月? 何で、こんな所に?」
「周りの人が見えないのかしら…? 沙織、貴女のお目付け役として、私がこの騒ぎを鎮静させなくちゃいけないじゃないの!?」
ギリギリと関節を締めつつ、彩月は『人工魔女のお目付け役』という自身の業務を呪った。
「あぐがががが!!」
彩月は柔道と合気道の有段者、特に高校時代では柔道部の主力でもあった。人の身体を知る事は、治癒魔術に於いてとても重要な事だ。その一環として、彩月は武術を身につけていたのだ。そう、あくまで治癒魔術を極める一助として身につけた技術の筈なのだが…今こうして、凶暴な人工魔女を取り押さえられている事に、彩月は複雑な感情を抱いていた。
そのまま白髪の美女が、黒髪の美女をタクシーに押し込み、走り去った。嵐の去った街角、呆然とする通行人達に、数人の女性が近づいた。
「えー、皆様、お騒がせしております。ですが、どうかお気になさらず」
「大丈夫、貴女達は何も見ていません。電柱に女性がしがみつく訳ないでしょう? あれは錯覚、ただのセミですよ」
事後処理用の暗示魔法を通行人にかけ、人集りは一人、また一人と自らが着くべき家路へと戻っていった。騒動を解決した魔法機関の職員達は、大きくため息をつく。
こうして、色々な人物にとっての長い1日は幕を閉じたのであった。
さて、今回で丁度、第3章の前半部分が終了しました。
キリの良いところなので…来る後半部分に備えて、少しだけ時間を空けさせてください。どんなに遅くとも、4/19の日曜日には次話更新の予定です。もしかしたら、それより早く投稿する事も有るかも知れませんが、どうかお待ち頂きたく存じます。




