第3章第12話 サプライズはお仕事の後で
お姉ちゃんの襲来や怪しげな聖女の来店で印象が薄れてしまったかもしれませんが、メイド喫茶でのアルバイト中、蒼蘭ちゃんと炎華ちゃんが何やら画策しておりました。その全容が今回、明らかとなります。
「さて、皆様。今日までお仕事お疲れ様でした」
分身魔法を解いて、『魔女の家』のスタッフからオーナーへと戻ったマギナが、魔女学園の生徒達に労いの挨拶を送る。
「お姉様方を労わる意味も込めて、そして『蒼蘭お姉様』からのお願いとして、この後少しだけこの喫茶店を『貸し切り』にしちゃいます♪」
「『貸し切り』ですか?」
オーナーからの言葉に、聖は首を傾げた。
「ええ。一生懸命に働いてくれたメイドさんに、ちょっとしたサプライズよ」
「もしかして、何か『まかない料理』をご馳走して頂けるんですか?」
「うふふ、それは見てのお楽しみよ。聖お姉様は席に座って、ゆっくり待っていて頂戴な♪」
妖精の店主はそう言いながら、彼女に紅茶を淹れてくれた。アゲハの大魔女にそう言われたら、聖は大人しく着席するしかない。紅茶の香りが、仕事を終えたメイドの心を瞬く間に癒していく。リラックスしたところで、彼女はふと気づいた。
(あれ、蒼蘭ちゃんと炎華ちゃんは?)
そう、聖のバイト仲間の姿が見当たらなかったのだ。彼女らは何処へ行ったのだろうか?紅茶を啜りながらぼんやりと考えていると、突然部屋の照明が落ちた。
だが代わりに、店内の壁から魔法陣が光り出した。
「え……?」
魔法陣からは光の玉や輝く星が飛び立ち、聖が座っている席まで飛んでくる。そして、テーブルの上をグルグルと回った後、小さな光の花火となって煌びやかに弾け飛んだ。決して燃えない、優しく安全な花火は、あるメッセージを模っている。
『Happy birthday!』
「え……ええっ!?」
予想外の展開に聖は驚いた。だが、サプライズはこれで終わりではない。
「お誕生日おめでとう、聖!」
「ハッピーバースデー、ひじりん!」
サービスワゴンを押しながら現れたのは、笑顔が素敵な看板メイドと、料理上手なギャル系メイドだった。サービスワゴンには出来立てのオムライスと、3段重ねのパンケーキが乗っていた。
「これって…………」
「今日は、聖の誕生日なんでしょ?だから、マギナさんにお願いして、ここを『お誕生日会』の会場にして貰ったの!」
蒼蘭は眩い程の満面の笑みで、彼女の席へ料理を並べる。
「オムライスは当店のシェフ、炎華のお手製でございます。そして、パンケーキは僭越ながら……私が作りました!何度も練習したから、美味しくできている筈よ。味見をお願いしたお姉ちゃんは、少なくともバカ舌じゃないから安心して!それと、さっきの魔法陣は、字実会長が作ってくれたの。ちょっと誕生日パーティーのアドバイスを貰うつもりで相談したら、何か本格的な魔法陣を貰っちゃって……私もビックリだよ」
「…………!!」
瞬間、彼女の視界が涙でぼやけた。聖は、間違いなく嬉しかった。だが彼女は、想像を遥かに超える嬉しさに直面した時、涙を止める方法を知らなかったのだ。涙を溢す事は、こんなにも素敵なサプライズを用意してくれた友達への非礼になりかねない。そう思っているのに、聖の瞳は溢れかえる涙でいっぱいだった。
◆
(瑠璃海 蒼蘭視点)
きっかけは遡ること数週間前。お昼休みに行われる、何気ない女子高生同士の雑談だった。
「んーとね、牡羊座の運勢は……『新しい事に挑戦すると良い事があります。ラッキーカラーは青』だって!」
炎華が持ち込んだ雑誌の、星占いのページを開いて私達に読み上げた。牡羊座、3月30日生まれである私が該当する星座だ。
「良かったじゃん、セーラ。髪も青色だし、名前にも『瑠璃』と『蒼』があって、メッチャ青々してるし、これもうラッキーガールで間違いないっしょ!」
「『新しい事に挑戦』……これは7月の運勢だから、夏休みに蒼蘭ちゃんが何かに挑戦すれば、幸運が舞い込んで来るって事だね」
「あー……あのさ、これはちょっとした……素朴な疑問なんだけどね?」
「ん?」
「『魔女学園』の子達も、普通の女子高生みたいに占いを信じたり、ハマったりするものなの?」
「え?」
「どゆこと、セーラ?」
「いや、『魔女』って占いよりもオカルト的な存在じゃん?魔法っていう不思議な力が使える人は、占いっていう曖昧な、一般人が考える様な眉唾なモノをどう考えているのかなって。意外と、二人みたく好意的に捉えてたりするものなの?」
今までの私にとって、魔法や超常現象、都市伝説やUFOといった概念は、普通の人間が夢想して生まれた代物だった。しかし、少なくとも魔法は存在した。なら、魔女達の瞳には、人々の夢から生まれ落ちた浪漫の産物はどう映るのだろうか?と、私は疑問に思っていたのだ。占いとかおみくじとか、『世界の滅亡』を予言した書籍だとか怪しい壺だとかは、噴飯モノなお笑い草でしかないのではないか?
「私は、あまり深く考えた事は無いかな?占いもおみくじも当たればラッキーだし、外れる事だってある訳だし。まぁ、おみくじで悪い結果が出た時は、少し落ち込んじゃうけど……」
「あーしも、ひじりんと同じ感じかな?どっちかって言うと、当たるか当たらないかってより、『友達同士で盛り上がれる話題』って考えてる。要は、ファッションやコスメとおんなじ!」
「なるほど……ありがとう。また一つ、魔法の世界について勉強になったわ!」
彼女達の話はとても新鮮だ。『魔女から見た景色』について、少しだけ知る事ができたのだから。気軽に話せる魔女のお友達……絵本を読んでいた頃の私は、こんな素敵な存在に出会えるなんて夢にも思わなかっただろう。
「なら、二人の星座はなんて書いてあるの?あ、そもそも二人は何月生まれなの?」
「あーしは、10月生まれの蠍座!そんで、蠍座のラッキーアイテムは『銀色の物』だって」
「私は7月13日生まれの蟹座だよ。この雑誌には……『ロマンチックな夜を過ごせるでしょう』って書いてあるね」
「へー……って、聖の誕生日ってもうすぐじゃない?」
「あー……うん、そうだね」
ん?何か聖の歯切れが悪いような……?
「どうかした?」
「ううん、何でもない。大丈夫」
「ならさ、何か食べたい購買のスイーツとかある?当日、聖がリクエストしたスイーツ買って、お祝いしよ」
「いやいや、セーラ。どうせなら、放課後にファミレスでパーっとお祝いしちゃわない?あーしら高等部だから、中等部の時より遠出OKだし。その後は、ゲーセンでお誕生日プリ撮っちゃおうよ!」
「……えっと、二人とも。今年は私の誕生日、ちょうど試験休みと被ってるの」
聖に言われ、私達は教室のカレンダーを確認する。彼女の言う通り、7月13日は日曜日、試験休み最終日だった。
「お休みの日まで二人にお世話になっちゃうのは気が引けるし、今までだって、炎華ちゃんにお菓子とか買って貰ってる訳だし……私は、全然大丈夫だから」
そう言うと、聖はお手洗いに向かった。心なしか、彼女の表情と声色が、物悲しい雰囲気を纏っていた。
いや、当たり前だ。寂しいに決まっている。
春休み生まれの私には分かる。誕生日が休みの時期と被る事で、誰にも祝って貰えない寂しさを。それに、夏休みや冬休みなら兎も角、学年の変わる『春休み』というのが厄介だ。クラス替えで教室のメンバーも変わり、新たな人間関係構築に皆が忙しくなる時期だ。日陰者の誕生日など、それも3月中に終わった誕生日など、誰にも意識されないのだ。
だから私は、聖へのサプライズ誕生日パーティーを企画したのだ。友達同士の誕生日祝いなど、日陰者である自分には縁のないイベントだった。しかし、今の私は『都会のキラキラ女子高生』。完全ではないにせよ、片足ぐらいは突っ込んでいる筈だ。故に、少し背伸びをして、こうしたイベントに挑戦しても許される筈である。それに、正直に言うと私は、『友達同士の誕生日会』なる物にちょっと憧れていたのだ。折角だし、こうした陽キャ御用達イベントに参加したいという気持ちがあった。何より、聖は暁虹学園に編入してからお世話になった、大切な友人だ。故に彼女への返礼として、誕生日祝いの場を設けたいと考えたのだ。
私の提案に、炎華は想像を遥かに超えて乗り気だった。更に、ちょうどマギナさんから、メイド喫茶のアルバイトの話が舞い込んで来たので、ダメ元で喫茶店で誕生日パーティーを開かないか、頼んでみたのだ。
すると、二つ返事で了承を頂いた。自分で言い出しておいて何だが、すんげぇトントン拍子で話が纏まるモンだから結構驚いた。
会場を確保できたら、次は誕生日会の料理だ。話し合いの結果、炎華がオムライス、私がパンケーキを作る事になった。我ながら、メイド喫茶らしい王道のチョイスだと思う。後は、聖に喜んで貰えるように、パンケーキのクオリティを上げるだけ。聖にはそれとなく嫌いな食べ物が無いかを探ってみたが……流石にパンケーキに焼き茄子はトッピングしないので大丈夫だ。私は期末試験を乗り切った後、試しにパンケーキを作って姉貴に味見をお願いしていた。姉貴の遺伝子魔法なら糖分を摂り過ぎても、太る心配も糖尿病になる心配も不要だからだ。実際、仕事帰りの沙織お姉ちゃんは、カロリーや糖分などどこ吹く風と言わんばかりに試作のパンケーキを貪り食っていた。そして試行錯誤の末、バナナ、ブルーベリー、キウイ、お手頃なフルーツを生クリームと一緒にトッピングした、少しスペシャルなお誕生日パンケーキに辿り着いたのだ。
後は当日まで聖には内緒にして、前日に字実会長から貰った魔法陣を飾り、その上でマギナさんの認識阻害魔法で綺麗に隠して貰った。そして今、皆の協力を得て、とびっきりのサプライズパーティを用意できたのだ。
だが、いざパーティが始まると、一番喜ぶべき親友が涙を流していた。
◆
え…………
あれ、あれ?
「えっと……聖?」
友人が見せた予想外の反応に、私は今、非常に混乱している。『嬉し泣き』という言葉は確かに存在するが、ここまで大粒の涙をボロボロと流されては、今の親友の感情を推し量るのは困難だ。
(これは……どっちだ?喜んでる?悲しんでる?私は、どちらの感情で聖を泣かせちゃったんだ?)
自分がした事への不安と聖への心配で、心臓の鼓動が早くなる。暫く泣いていた聖は少し落ち着いたのか、ハンカチで目を拭き、少しずつ言葉を紡ぎ出す。
「ごめん……蒼蘭ちゃん、炎華ちゃん……私、本当に貰っちゃって良いのかな?」
「良いに決まってるじゃん!あーしも、セーラも、会長さんも、ひじりんに喜んで貰いたくて、サプライズしたんだから!」
咄嗟にかけるべき言葉を見出せなかった私に代わり、炎華が私達の気持ちを代弁してくれた。
「うん……そうだよね……。ありがとう、二人共……。私、こんな風に、誕生日にパーティを開いて貰った事、今まで無かったから……」
「………………えっ?」
恐らく、非常にデリケートな話題であろう話に対し、私の口から無意識に出たのは、些か配慮に欠けたリアクションだった。私は余計な言葉を漏らした口を今更ながら塞ぎ、聖は私の仕草に対して慌てた様に釈明を始めた。
「あっ、違うの、今のはちょっと語弊が有ったかも……。確か、私が幼稚園に通って居た頃はお誕生日会開いて貰ってた……かな?あの頃までは、お母さん優しかったし……」
「……………………」
想像すらしていなかった聖の家庭事情には、最早私の口からは、無神経なリアクションすら出る事は無かった。だが、私は、『何かしなければならない』という思いに駆られた。家族から誕生日を祝われない、こんな悲しい事があるだろうか?私ですら、家族には祝って貰えた。両親が海外で働くようになった後も、お姉ちゃんはお祝いしてくれた。
その時、私はお姉ちゃんの事を思い出した。お姉ちゃんなら、悲しんでいる人に何をするか?そんな事、私が一番知っている。小学生の頃、私の誕生日当日に、両親が仕事で帰りが遅くなる年があった。
『お父さんとお母さんは帰ってくるだろうか?』
『ちゃんと自分の事を、お祝いしてくれるのだろうか?』
そんな不安に苛まれた時、お姉ちゃんは私を抱きしめて、優しく撫でて慰めてくれた。その事を思い出した私は、聖の傍によって、彼女をギュッと抱きしめて、ゆっくりと頭を撫でた。
「蒼蘭ちゃん……?」
「ごめん、聖……。私、聖の事、何も知らなくて……。ずっと、大変な思い、してたんだね」
「そんな事……それに、私がずっと黙ってただけだし、気を遣わせちゃいけないって思って……」
「そっか…………でも、もう少しだけ、お節介を焼かせて。聖をこのままにしてはおけないから……」
少しの間、私はお姉ちゃんを見習って、今日の主役を励まそうと試みる。すると、炎華も私達の側に来て、聖の手を握ってくれた。
「あーしも、ひじりんの気持ちが落ち着くまで、一緒に居るから」
「うん、ありがとう。もう大丈夫だよ、二人とも」
泣き止んだ聖は、目元を赤くしながら、私達に微笑みかけた。
「……えっと、それじゃ……お言葉に甘えて、ご馳走になるね。ごめん……私の所為で、すっかり冷めちゃったよね」
「聖!」
私は彼女の隣に座り、ナイフでパンケーキを切り分けて、その内の一欠片をフォークに刺して彼女に差し出した。
「蒼蘭ちゃん?」
「ほら、『あーん』して!」
私はまだ、メイド服を着たままだ。つまり私には、お嬢様に尽くす義務がある。そして今、この誕生日パーティーにおいて尽くすべき対象、つまり『お嬢様』とは『白百合 聖』に他ならない。そしてメイドさんとは時として、お嬢様に料理を食べさせる存在でもある。いや、断定して良いかは分からないが、漫画でそんなシーンがあった気もするし、私だってお嬢様に先程したばかりだ。
「ふえぇっ!?」
「あ……ごめん、聖……『美味しくなるおまじない』が先だったね」
「あ、いや、違くて!その……『あーん』までして貰うのは、流石に贅沢かなって……」
「そんな事ないよ。これが贅沢なら、お姉ちゃんから割り増し料金を請求しなきゃいけないじゃん」
「え、えっと……だったら、重ね重ねお言葉に甘えまして……」
聖は何故か目元だけでなく、顔まで仄かに赤くしながら、フォークに刺さったパンケーキを食べてくれた。
「どう、美味しい?」
「うん……とっても美味しい!」
お嬢様の顔に笑顔が戻り、私はホッと安心した。良かった、喜んでくれたんだ。
「まだまだあるから、いっぱい食べてね、聖!」
「ありがとう、本当にありがとうね、蒼蘭ちゃん。このパンケーキ、キウイやブルーベリーの酸っぱさと、バナナとパンケーキと生クリームの甘さがマッチしてて、すっごく美味しいよ!私が今まで食べたパンケーキの中で、一番好きな味!」
「そう?まさか、ここまでベタ褒めされるとは思わなかったけど……でも、『美味しい』って言ってくれるのって、素敵な事だね。私も、とっても嬉しい気持ちになるわ」
「分かるー!自分が作ったお料理を美味しく食べてくれるのって、コッチも嬉しくなるよね、セーラ!」
いつの間にか聖を挟む形で、私とは逆側の隣りの席に料理長炎華が座っていた。
「あーしも、ひじりんに『あーん』してあげる♪」
「じゃあ、折角だし……『あーん』♪」
私と炎華は暫くの間、互いが作った料理を親友に食べさせ合った。
(サプライズは……『成功』って事で良いんだよね?)
聖が料理を食べ終えた頃、マギナさんから私達へお出しされた紅茶を飲みながら、そんな事を考えた。この紅茶は恐らくだが、凄い良い銘柄のお茶だ。香りと味わいの芳醇さが格別で、これまでマギナさんにご馳走になった紅茶と比べると、更に一段上の高級銘柄だと予想できる。
(ええ……勿論、大成功だわ。蒼蘭お姉様の企画は、聖お姉様の思い出に深く刻まれる筈よ)
(……ナチュラルに読心と念話をしないでください)
私は心の中で、妖精淑女に苦言を呈する。まぁ、不安な感情を和らげて頂いた事は感謝するが。
(ごめんなさい。聖お姉様が私の紅茶を味わってくれて……私も嬉しい気持ちになっちゃったの。蒼蘭お姉様……惺お姉様には、誰かを笑顔に出来る力や才能があるみたいね♪)
喫茶店のオーナー兼お誕生日パーティ陰の功労者であるマギナさんに太鼓判を押され、私は心から安心した。聖の笑顔と、炎華の『やったね!』と言わんばかりの表情を見て、私もまた今日一日の出来事を噛み締めた。
こうして、私達のアルバイトはひとまず無事に終わりを迎えたのだった。
不穏な空気が隠しきれないお誕生日パーティでしたが、【次々回】から更にシリアス方向へアクセルを踏んでいきます。
「なら『次回』はどうなんだ?」と思われるかもしれませんが…それは、金曜日に予定している更新をお待ちください。




