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片翼の小鳥  作者: Atyatya


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第百三十九話 おあいこ

 顎下を潜るようにして反対側へと移動すると、後を追うように大きな右手が伸びてくる。


 それを盾で防ぎ、頭に飛びつく。


 剣を逆手に持ち替え、眼球に突き立てる。


 多量の血が吹き出し、大声を出したかと思うと魔獣はエルトラーナを放し、僕を捕まえようと自身の顔へ腕を伸ばす。


 僕は自由落下を始めたエルトラーナを空中で抱き抱え、盾の足場を使って勢いを殺し、着地する。


 ミノタウロスの攻撃が届かない距離まで来ると、彼女を下ろす。


「お姉ちゃん!!」


 慌てて駆け寄ってきたフォルテシアが泣きそうな顔でエルトラーナを見つめる。


「だ、いじょぶ、ぜん、ゲホッ……ぜん。」


 咽せながらも妹を安心させようと笑って見せる彼女に僕は両の手をかざす。


 ……あの時、無詠唱で回復魔術が使えていれば。


 喉を掻き切られても回復させることが出来ていれば、彼女は今も隣で笑ってくれていたのかもしれない。


 僕は自分の怠慢が許せない。


 強くなったと勘違いをして、一瞬努力を怠った。


 その結果があれだ。


 僕はもう二度と目の前で誰かが死にゆく様を見たくない。


 これ以上、死の責任を背負いたくない。


 だから、真っ先に回復魔術を無詠唱で発動できるようにした。


 そのおかげでエルトラーナを助けることができる。


 魔術名を声に出さずとも、体から白い光がほのかに漏れ出る。


 その光が彼女の体へと移り、傷を癒す。


 ひしゃげていた体が正常な状態へと戻り、荒かった呼吸も安定する。


「すごい……。あんな大怪我を一瞬で、しかも無詠唱なんて――。」


「なくなった、痛みが。」


 目を丸くしている二人に安堵の息をつく。


 問題なく発動できたようだ。


 さて、次は――。


「ブ、ブォォォオオ、オオ!!!」


 未だ痛みに呻いているミノタウロスの足元には、エルトラーナを助け出そうとして叩き落とされたオルテナがいる。


 遠目からでもかすかに動いているのが確認できた。


 助け出すなら、今しかない。


 僕はすぐさま彼女に駆け寄り、意識があることを確認し、左腕を自身の首の後ろに回して、肩を貸す形で移動を始める。


「……助かる。」


 お礼を言いながら必死に歩くオルテナ。


 幾度か魔獣が攻撃を仕掛けてきたが、全て盾で防いだ。


 エルトラーナ達の下へと運び、オルテナも回復させる。


 すると、怒り狂ったミノタウロスの猛攻が突如として襲くる。


「オオオオオオオオ!!」


 左右の腕で切りつけ、叩きつけ、殴りつけてくる。


 幸いなことに周囲に人影はなく、僕を含めた四人を守れば良いだけだったので、盾を複数枚生成し周囲を固めることでことなきを得た。


 激しい音が鳴り響き、盾が破壊されては生成してを繰り返す。


 鼻息を荒くしたミノタウロスは埒があかないことに気がついたのか、攻撃を止め、呼吸を整える間を作る。


 その間を嫌うように僕はまっすぐ魔獣へと駆け出す。


 次はどこを攻撃しようかと魔獣の顔を見やると、どこか笑みを浮かべているように見えた。


 瞬間、背筋にぞくりと悪寒が走る。


 三つの頭のうち、左の頭だけが僕を見ていないことに気がつく。


 その視線の先には沢山の人がいる。


 先ほど瓦礫の下敷きにされていた人たちが何とか脱出し、少しばかり気が緩んでいるその隙を奴は見ていたのだ。


 斧を持った外側の腕と棍棒を持った真ん中の腕を上げ、今にも振り下ろしそうな状況。


 僕はそちらを向き、左腕を伸ばす。


 そのまま振り下ろすだけでは距離的に奴の攻撃は届かない。


 しかし、奴の膂力や武器の大きさを鑑みると、武器の投擲なんてされようものなら、間違いなく大量の死者が出る。


 僕はいくつもの盾を生成する。


 その甲斐あってか、投げられた武器から彼らを守ることに成功する。


「危ないっ!!!」


 誰の声がわからないが、そんな言葉が聞こえてくる。


 攻撃を防いだ後に危ないだなんて、少し遅い。


 よく見てほしい、彼らは誰一人として死んでいないじゃないか。


 よかった、これで集中してミノタウロスの相手ができる。


 そう考え、首を正面へ戻そうとするが、うまく動かない。


 それどころか視界は上へ上へと向かう。


 そうして半回転ほどしたのちに、ようやく違和感の正体に気がつく。


 逆さまになった視界。


 そこには目を見開き、恐怖の表情を浮かべるフォルテシア達、そして左腕を伸ばしたままの頭のない僕の体が映っていた。


 目だけで魔獣の表情を見やると、してやったりと笑みを湛えている。


 こいつ……知恵がある。


 基本的に魔獣は低脳だと侮っていた。


 よく考えてみれば、以前戦った狼のボスも考えて行動していた。


 ボスとそれ以外の魔獣とでは知能において圧倒的な差がある。


 ――クソッ。


「シエ――。」


 グシャッ、と自身の頭が砕かれる音を最後に視界が暗転する――。


 普通の人間であればここで死んでいた。


 けれど、僕は普通じゃない。


 お前と同じ、化け物なんだ。


 ――視界が蘇る。


 光が網膜を刺激し、脳内で像を結ぶ。


 味蕾が血と土の味を感知する。


 首は、繋がった。


 感覚もある。


 なら、まだ戦える。


 僕は視線をミノタウロスへ向ける。


 奴はまだこちらに気づいていない。


 この隙に背後へと回り込む。


 こいつの皮と筋肉は厚い。


 せっかくの好機、うまく使わなければ意味がない。


 牛の弱点……鼻か?


 でも三つのうち一つ叩いてもあまり意味はない気がする。


 背後でそう考えていると、その特異な体が目を引く。


 体は一つなのに頭は三つ、当然のことながら違和感がある。


 真ん中の頭には立派な角が生えているのに、両脇の頭にはない。


 いや、よく見れば切り落とされているみたいだ。


 それもそうか、左右の頭にも角が生えていれば真ん中の角とぶつかり合い、邪魔になるのだから。


 ――ん?


 邪魔だから、切り落とした? 自分で?


 ――違う、これには人の意思が感じられる。


 そういえば、エフォードが言っていた。


 ダンジョンは研究施設や金庫の様なものかもしれないと。


 研究施設……まさか魔獣の生成を?!


 そうだと仮定するなら、こいつも作られた存在である可能性が高い。


 なら、一番脆そうな部分は……。


 僕は急いで上へと駆け上がり、ミノタウロスの頭よりも高い場所へと移動する。


「え!? シエル?! 何で、だって、さっき……。」


「あれで生きてたのか?! ありえねぇぞ!!」


「びっくりだねぇ!!」


 三人から始まった動揺が団の全員に広がる。


 が、そんな事を気にしている場合ではない。


 この一撃は絶対に外せないのだから。


 僕は体を逆さにして、盾を足場に力を溜める。


 狙うは頭と頭の接続部分。


 本来存在するはずのない頭を無理やり接合したのなら、そこが一番脆いはず。


 狙いを定め、一気に飛び掛かる。


 狙い通り、切先が接合部へ何の抵抗もなく刺さる。


「ブゥオ゛オ゛オ゛オォォォオオオオオオオオ!!!!!!」


 振り回される頭にしがみつき、全体重を剣へとかける。


 ゆっくり、けれど確実に刃を通していく。


 そして、ついに首を切り落とすことに成功する。


「これで、おあいこ。」


 不意に溢れでた言葉と笑みだったが、その気の緩みのせいで頭から振り落とされてしまう。


 大量の血を周囲に撒き散らしながらも動き続けるミノタウロス。


「こっちも死んでないのかい。」


「なら、刺さなきゃだね、止め。」


 そう言って二人が走り出す。


 エルトラーナは落としていた武器を途中で拾い上げ、オルテナをそのハンマーで魔獣の頭目掛けて吹き飛ばす。


「ここが弱いんだってなぁ!!?」


 吹き飛ばされたオルテナは頭と頭の接合部を棘のついたメリケンサックで殴りつける。


 何度も何度も殴られ、その度に骨の軋む音がする。


 だが、それでも切断には遠く及ばない。


「借りは返す!! 倍にしてぇ!!」


 エルトラーナが大きく飛び、ハンマーで頭を叩きつける。


「おりゃぁぁぁ!!!!」


 骨が折れ、肉が引き裂ける音が辺りに鳴り響く。


「ブオオォォ!!!!」


 エルトラーナへ伸びる腕を団員達が押さえ込む。


 それでも止まらない腕は僕が盾で防ぐ。


 後少し、後少し!


「あまり戦闘は得意ではないのですが、団員にばかり負担をかけるのもね。最後くらい多少の役には立たないと。」


 エフォードの声が激しい戦闘音の外から聞こえる。


「フィアーナ様には遠く及ばないが、覚えていてよかった。」


 後方から一陣の風が吹くと、一本の矢が光を纏いながらミノタウロスの頭と頭の接合部へと迫る、


 そして、見事に命中し、貫通する。


 それを皮切りに一気に引き裂ける。


「オオオォォ、オ、ォォ……ォ……。」


 断末魔を上げたミノタウロスが両膝を地面につけ、崩れ落ちる。


 耳が痛くなるほどの静寂が辺りを席巻する。


 そんな状況から一転、地響きを起こすかのような勝鬨が上がる。


 言葉にすらなっていないそれらには言葉以上に感情がこもっているように感じた。

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