表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先生はESPでストーカー  作者: 依馬 亜連
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/40

29 「ごめんなさい」

 州浜はわざとらしく泣きながらも、「三潮が強固に抵抗したため、やむを得ず始末した」と、上司に報告する旨を提案して来た。

 三潮にも十和にも異論はなく、それに賛同した。



「しかし……その代償がこれだとは……」

 監禁場所から飛び、ショッピングモールへと戻って来た三潮は、額を押さえて顔をしかめている。なお、もう片方の焼けただれた手には、水に浸したハンカチが巻かれている。


 殺害の証拠として、州浜に前髪を切られたのだ。ざっくりと。

 普段は隠れがちだった目元はおろか、眉まで露出している。積み重なった恨み辛みが、その短さから伺える。


「あら、すっきりしてお似合いですよ」

 十和は三潮を仰ぎ見て、にっこりと笑った。

 短い前髪のおかげで、いつもよりも表情が分かりやすい。切れ長の瞳も照明にさらされ、その淡い色調を際立たせている。


 だが彼は、口を尖らせてすねたままだ。


 そして何故か赤い顔になり、にらみつけんばかりに十和を凝視する。

「露芝も明瞭に見える故、動悸が止まらん」

「ば、ばかっ!」


 相手が年長者で、しかも教師であることも忘れ、思わず直球にののしってしまう。

 痴話喧嘩か、とちらちら二人を見ながら、通り過ぎる人たちの視線がむずがゆい。


「変なことを言っていないで、八重ちゃんを探すのを手伝って下さいっ」

「すまん」

 額を押さえたまま、三潮がうなだれる。


 その白い手を、十和は握って引きはがす。

「それから、手で隠すのもだめです。かえって目立ちますよ?」

「ぜっ、善処する……」

 握られた手を震源地に、全身を真っ赤にした三潮は小さく応じた。


「あっ、えと、その」

 たちまち気恥ずかしさを覚えた十和も、跳ねるように手を離し、慌てて一歩下がった。


 どぎまぎする彼女へ、一人の通行人が肉薄する。

「人のことほっといて、何いちゃついてんのさ?」

「きゃあっ!」

 耳元でぼそりと呟かれ、十和は飛び上がった。


「あ、八重ちゃん……」

 バクバクと脈打つ心臓を押さえ、ふてくされた顔の親友と向き直る。


 ご丁寧に彼女の荷物も持った八重が、仁王立ちで二人を見据えていた。

「遅い! すごく遅い! トイレって言ってたのに、どこほっつき歩いてんだ! 二人でお茶とかしてないでしょうね! あたしもケーキ食べたいのにぃぃッ!」

 歯を見せてうなり、八重が悔しさを吐露する。


 胸をなでおろしながら、十和は微笑んだ。

「お茶なんてしてません。ごめんね、ちょっと変な人に絡まれちゃって」

「変な人って、みっちゃんより?」

「何だと」


 ムッとした三潮を見上げた八重が、勝気そうな目を大きくした。

「あれ? みっちゃん髪切ったんすか? 髪切り魔にでも襲われたの?」

 咄嗟に額を隠そうとして、十和の視線に気づき、居心地悪そうに三潮は手を降ろす。


 代わりに、ふてくされた顔を八重へ向ける。

「そんなわけあるか。何だその、髪切り魔とは」

「通り魔の一種っすよー。この前ニュースでやってて……そうそう、今もウチの近所で、えらい事件があったみたいっすよ」


 二人へ手招きしながら彼女が指さしたのは、ショッピングモール内の広場に設置された、大型テレビだった。


 そのテレビには、真っ赤に燃える二階建ての集合住宅が映し出されていた。

「火災発生 辻が花市のアパートに、大型トラックが衝突」

とのテロップも、画面上部に流れていた。


 赤々と燃える木造家屋を見つめ、十和は不安げに眉をひそめる。

「このアパートって、学校の近くよね? 怪我人がいなければいいけれど……」

「うーん、どうなんだろ。運転手のおっちゃんは、軽傷だってさ」

 首をひねる八重も、苦い顔だ。


 三潮だけが、表情をどこかへ置き忘れたかのように、ぼんやりとしていた。

「私の家だ」

「えっ?」

「はぁ?」

 少女二人が、声を裏返らせて彼を見上げる。


 彼女たちの視線を受けても、三潮はぼんやりとしたままだった。表情と共に、思考も遠くへ放置してきたらしい。のろのろと、画面を指さす。

「私の借りているアパートに、トラックが衝突したらしい」

「そんな……」

 三潮の代わりに、十和が血の気を失くす。


 この状況下での事故となれば、お人好しの彼女だって邪推してしまう。誰かの企てではないか、と。


 それを読みとったのか、十和を拉致した女性を伴って、州浜が唐突に現れた。

「ぎゃあ! 眼鏡割れた、変なオッサンが出た!」

 事情を知らない八重は、群衆と共にのけぞる。


 ようやく思考の回復した三潮が、咄嗟に十和を庇う。

「今更何の用だ、九太郎」

 殺気立つ彼へ、殴られた痣も痛々しい州浜は、ペコペコと頭を下げた。

「九太郎ではなく、州浜ですってばぁ。いえね、こちらの事故のご説明をと、思いましてぇ」


「貴様がこれをやったと?」

「はい。延焼にも、少しばかり手を貸しましたぁ。こうでもしないと、上を納得させられないものでぇ。もちろん、住民の皆さまは避難させましたので、ご心配なくぅ」


「ご心配なく、じゃないですっ」

 三潮を押しのけ、十和が叫んだ。


「先生や、無関係な方の家を焼いておいて、よくヘラヘラできますね! やっぱりあなたたちは──ふわっ!」

 しかし言い終わるより早く、三潮に口をふさがれてしまい、間の抜けた声が出た。


 視線を上げて訴えかけるが、彼はそれを顧みることなく、州浜たちへ獣の眼差しを投げつける。

「これで手打ちとして、貴様たちは今後一切、私の捕獲から手を引くのだな?」

「はい、もちろんですぅ。むしろ事故を引き起こしたのに、アナタを生かしておいたとバレてしまえば、ワタクシの首が飛びますのでぇ」


 揉み手の州浜へ、三潮は軽く顎をしゃくった。

「ならば、とっとと消え失せろ」

 更に一段、声を低くする。


「さもなくば、私が貴様の首を手折る」

「ご冗談をぉ! 鶴菱サンのお顔で言われると、本気にしか聞こえませぇん。恐ろしい、恐ろしい」

 大仰に体を震わせて、州浜は女性と共に忽然と消えた。


 同時に、三潮の身体からも力が抜ける。

 十和は猛然と彼の腕を振りほどき、きつくにらみつけた。


「どうして、あの人たちを逃がしちゃうんですっ!」

「これが手切れ金となるのならば、安いものだ」

「でもっ……先生のお家、燃えちゃったんですよ?」


 悔しさから涙ぐんだ十和を見下ろし、三潮も険のない表情へ変わる。

「元より家に、執着心はない」

「だけど、大事なものだって、家にたくさん」

「画材は学校に置いている。財布もこれも、手元にある」


 ジーンズの後ろポケットをまさぐり、三潮は使い込まれた革の財布と、白い猫のキーホルダーを取り出した。

 思わず、十和の涙が引っ込む。ガラス細工の猫がくっついたキーホルダーは、以前に彼女が渡したものだ。


 ハンカチの巻かれた手で猫をいじりながら、三潮はぼそぼそと続ける。

「これがあれば、特に問題はない」

「先生って……やっぱり、馬鹿だと思います」

「そうかもしれん」


 十和がぎこちなく笑えば、赤い顔もわずかに眉を下げる。

 前髪が短くなって、そんな変化もつぶさに見てとれた。


 しかし、そこに乱入する影が一つ。

「みっちゃんの財布、いただき!」

 忍び足で三潮の背後を取った八重が、骨ばった手から財布をかすめ取る。


 情けない表情だった三潮は、途端に鬼となった。

「市松、貴様ァァッ!」

「ヒャッハー! 十和にデレデレのみっちゃんなんて、怖くないっすよー!」

 三潮が素早く腕を伸ばすが、全て紙一重で避けられた。


 こういう時は瞬間移動を使わないのか、と十和はしげしげと二人を眺めていた。


 にやけ面の八重が財布を開けば、ヒラリと一枚の紙が落ちた。素早く紙を拾い上げた彼女は、首をかしげる。

「なにこれ、写真?」

「あっ……アアァァァーッ!」


 写真の内容を思い出したらしい三潮は、今まで聞いたこともないような声量で絶叫した。

 もちろん、そんなことで動揺する八重ではない。むしろ笑みを深くして、写真を表に返した。


 校外学習の際にこっそり撮られたらしいそれには、笑顔の十和が写っていた。


 被写体も、八重に並んで写真を眺め、続いてくるりと三潮を見る。

「これ、何ですか?」

「それは、その、たっ、立涌、から」

 浅い息で、途切れ途切れに三潮があえぐ。今にも赤い汗を、吹き出しかねない形相だ。


 対する十和の表情は、恐ろしいまでに冷え切っている。まるで氷の女王だ。

「立涌君から、どうされたんです?」

「うば……いや、も、もらった」

「うば? 奪ったんですね?」

「それは、」


「奪ったんですね?」

 語調が強くなる。びくり、と肩を跳ねさせた三潮は、観念するようにうなずいた。


「……はい……」

「どうして?」

「つ、露芝をいつでも、眺められる、と思い」

 いつもなら十和も、まっすぐな言葉に赤面してしまうところだが。


 今は違った。

「それでこの、明らかに隠し撮りされた写真を奪ったんですか」

「は、はい」

「そうですか」

 及び腰となっている三潮へ、十和は微笑み返した。


 大輪の花を思わせるその笑顔に、三潮はつい気を緩める。その瞬間を狙い澄まし、平手が白い頬をぶった。


 いつもの猫の手パンチとは異なり、小気味良い音のする張り手だ。

 頬を打たれた姿勢のまま、固まる三潮。

 十和は大きく息を吸い込んで、腹の底から怒鳴った。


「盗撮は犯罪です! 先生の考えなし!」

「ごめんなさい」


 激怒する十和と、塩をまかれたナメクジのように縮こまる三潮を見て、八重はケラケラと笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ