↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先生はESPでストーカー  作者: 依馬 亜連
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/40

30 「何がつい、なんですか」

 自室の机にかじりついていた十和は、細かな文字が詰め込まれたノートを見下ろし、ほっと息をつく。


 辻が花高校も、テスト期間に突入していた。

 生真面目に授業を受けている十和の辞書に、「一夜漬け」という文字はない。

 一方で、飛びぬけて優秀というわけでもないため、一学期のおさらいは必須。特に苦手としている、数学と生物は要注意だ。


「それから英語のおさらいも、頑張らなくちゃ……先生は教師になれるぐらいだから、きっと頭も良いのよね」

 頬杖を付き、幽鬼のごとく白い男を思い返す。


「うらやましいな」

「そうでもない。体育は、反吐が出るほど嫌いだ」

「ひゃっ!」

 低い声が、独り言に返答する。十和は驚いた拍子に、シャープペンシルをノートに突き刺した。


 呼吸を整えて振り返り、まさしく亡霊のように部屋へ出現した三潮をにらむ。

「先生! 入る前にノックをして下さいって、散々言ったじゃないですか」

 あ、と呟いた三潮が、かすかに顔をしかめる。

「失念していた、すまん」


「もう一週間ですよ。いい加減、慣れて下さいね」

 椅子にもたれ、十和は息を吐いた。

 三潮は現在、十和の家に住んでいた。



 それは決して、親公認の同棲といった、甘いものではない。むしろ十和の父は、超能力を持った三潮に怯えている。対する三潮も十和の両親へ、警戒心をむき出しである。


 同居の発端は、これまでの三潮の行いにあった。

 彼は大学時代に、計十八回も転居している。その際にも、秘密結社『麻の葉会』との小競り合いにより、毎度騒動を起こしていたらしい。


 そして今回、彼の住んでいたアパートへトラックが突っ込み、家屋は全焼した。


 引っ越し頻度が高い上、行く先々で何かに巻き込まれていれば、当然怪しまれる。

 不動産会社も、「この男は死神あるいは、疫病神に違いない」と、彼を疑っているらしい。容貌も、その疑いに拍車をかけているのだろう。


 そのため賃貸物件を探しに行っても、追い返されるのだ。

 運よく中へ通されたとしても、紹介されるのは暴力団の事務所や墓場の隣、もしくは事故物件ばかり。

 不動産業界全体に嫌われているらしく、会社を変えてもそれは同じだった。


 わざわざビジネスホテルに泊まり、青ざめた顔で新居を探し続ける彼を、十和は放っておけなかった。


 いや、むしろ周囲が言葉あるいは視線で、彼女の背を幾度も押した。どうにかしてやれよ、と。

 母に友人、そしてクラスメイトの圧力と、日に日に憔悴していく三潮の姿に、とうとう十和も折れる。


「あの……お兄ちゃんの使っていた部屋が余っているので、しばらく居候しませんか?」

 このように提案すれば、三潮が血を吐いて感謝したのが、約一週間前のことである。



「さて今日は、何に困っているんですか?」

 椅子に座ったまま問えば、床上で正座をした三潮が、ためらいがちに彼女を見上げる。

「風呂に入ろうと思ったのだが、その、シャンプーが切れていた」

「あら。買い置きもありませんでしたか?」

「その買い置きの場所が、分からなかったのだ」

「そうでしたか」


 うんうん、と十和はうなずきながら、徐々に怒り顔となる。三潮も顔を強張らせた。

「それぐらい、お母さんに訊いてください。一階にいたでしょう?」

 いつになくぶっきらぼうな口調に、三潮は震えながらも食い下がった。


「しかし露芝母は、夕餉の支度をしていたので……」

「声をかけられたぐらいで、お母さんは怒ったりしません!」

 猫の手のように丸めた右手で、ぺしぺしと己の膝を叩きながら、十和は憤慨する。テスト勉強によって、かなりのストレスを溜めこんでいるらしい。


「いつまで私経由で、お父さんとお母さんに話しかけるんですか。一緒に暮らしているんですから、少しは慣れて下さいっ」

「すまん」

 かくり、と三潮の頭がうなだれる。


 一方で十和も、彼の人見知りの度合いは、十分に承知している。

 三潮を家に招き入れることは、すなわち、野良猫を家で保護することと同義である。


 肩の力を抜き、彼女は表情を和らげた。

「仕方ありません。今日は、私が教えます」

 三潮が頬を紅潮させて、勢いよく顔を跳ね上げた。


 喜色満面のその顔を、十和は甘やかさないよう厳しく見据える。

「ただし、これっきりですよ? 明日からは、二人にも話しかけて下さいね」

「善処する」

 大きく上下される顔を見ていると、説教する気も失せてしまう。


 先ほどよりも深く、十和は椅子に背を預けた。

「ところで、新居探しは順調ですか?」


 テスト期間に入り、生徒は準備室や職員室への、立ち入りを禁止されている。三潮の動向も、彼女には伝わりにくい。


 尋ねた途端、嬉しそうだった顔が白くなった。

 血の気の失せた顔のまま、彼はぎりりと歯噛みする。

「……終業後に不動産屋へ行ったが、あやうく寺へ拉致されかけた」

「お寺?」


 不動産会社の意図が分からず、十和は目をぱちくりさせる。

 小首をかしげる彼女を見上げながら、三潮は低い声で続けた。

「落ち武者の亡霊が一ダース程憑いているので、お祓いを受けろ、と言われた」

「あら」

 言いつつ、十和は思わず笑った。


「笑うな」

「ごめんなさい、ふふっ」

 三潮がふてくされるが、こみ上げてくる笑いは弱まらない。

「だって、落ち武者だなんて……先生、相当嫌われちゃってますね?」

 それも一ダース、である。


 他人事だと思ってクスクス笑う十和へ、三潮はいっそ情けない顔を向ける。

「九太郎に追い回されるより、堪える」

「それは、相当ですね」

 十和の笑みにも、苦いものが混じる。


 それを見て取り、三潮は慌てたように表情を引き締めた。

「しかし、今後も住居探しは継続する。露芝や露芝父母に、いつまでも迷惑はかけられん」

「あまり焦らないで下さいね。また超能力が、暴走しちゃいそうですし」

「うっ」

 前科が山盛りであるため、三潮に返す言葉はなかった。


 固まる彼を笑顔で見守っていた十和は、ふと視線を斜め上へ持ち上げた。


 数秒間、無言で何かを考えた末に、再び三潮へ向き直る。

「あの先生」

「どうした」

「その、私ありきで『露芝』と呼ぶのは、どうにもおかしい気がして」

「どういうことだ」


 三潮が眉を寄せながら、かすかに首をひねった。前髪の長さに合わせて短くなった茶髪が、それに合わせて小さく揺れる。


 十和も小難しい顔で、思考をまとめつつ言葉を紡ぐ。

「この家は、お父さんのものですし。私ではなく、お父さんを、『露芝』と呼ぶべきではないでしょうか」


「では露芝を、どう呼べば良い?」

 当然の問いに、十和の顔が温度を上げる。

「それは……えっと、名前で、構わないかと……もちろん、お家の中限定、ですけれど……」

 ごにょごにょと、赤い顔のまま答えた。


 耳を澄ませて、彼女の声を拾い上げていた三潮も、たちまち赤面する。

「いや、しかし、名前では絶対に呼ぶなと」

「だから、お家の中だけですっ。学校で呼んだら、許しません!」


 やけっぱち気味の勢いに、三潮も押された。のけぞりながらも、一つうなずく。

「分かった、つゆし」

 言いかけて、途中で口をつぐむ。そして深呼吸の後に、ゆっくり声を出した。


「分かった、十和」

「……はい」

 呼び捨てなのか、と思わなくもなかったが、十和もぎこちなくうなずき返す。

 彼女の了承を見とめ、三潮もはにかみながら姿勢を戻した。


 そのまま、鼻から血を垂らした。勢いこそないものの、量は大判振る舞いである。


「名前ぐらいで、出血しないで!」

 用意周到に置かれた洗面器とタオルを引っ掴み、十和が椅子から立ち上がる。


 ゆでダコみたいな三潮の顔へ、タオルを押し付けた。次いで洗面器も持たせる。

「すまん」

 タオルの下から、くぐもった声が聞こえた。

「嬉しかったため、つい」

 その声は、妙にはずんでいた。


「何がつい、なんですか」

 彼の隣へ腰を落とした十和の語調にも、冷たさはなかった。


 右手でタオルを、左手で洗面器を持ちながら、三潮がちらりと十和をのぞき見る。

「十和」

「何ですか?」

「シャンプーの買い置きの、居場所だが」

「あ、そうでした」


 そもそも彼が訪れた目的を思い出し、続いて勉強中だったことも思い出す。


「ええと、シャンプーは、洗剤と一緒に収納しています。脱衣所の隣の、物入れの中にあるんですが」

 早口でまくし立てるが、眉を八の字にしている三潮に気付き、言葉を切る。


 普段は警戒心丸出しだというのに、今は心底弱り切った表情だ。

 それをしみじみ眺めていると、つい微笑ましい気持ちになる。ずいぶんと、彼女も慣れてしまったものである。


「分かっていませんね?」

「すまん」

「それじゃあ一緒に、一階まで降りましょうか」

 その提案に、三潮は目を見開いた。


「ただし、鼻血が止まってからですよ」

 今にも立ち上がろうとする彼を、十和は苦笑交じりになだめた。

 残念な教師と世話焼き少女の、恋愛(未満)話は、これにて一応完結です。

 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!


 31話以降の番外編は、本編のこぼれ話等となっております。

 どうでもいいと言って差し支えない裏話が、無意味に満載です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。