終わりの朝はあっけなく
「坂入さーん、朝ですよー。」
朝の点滴の為に、加納がやってくる。
「坂入さん!?」
そこで加納が見た光景、それは。
ベッドから転げ落ち、意識を失っている悠介の姿だった。
「悠介!」
「悠にぃ!」
病院側からの連絡を受け、浩介と悠治は会社と学校を休み、飛んできた。
悠介は呼吸器を付けられていて、心電図の音が響いている。
丁度医者が診察をしていた様で、そのまま説明をしようと浩介達の方に向き直った。
「坂入さんは、非常に衰弱されていらっしゃる。もう、二か月も持たないかもしれませぬ……。申し訳ない、我々の力不足です。」
「そんな……、悠介……!」
「悠にぃ……!」
崩れ落ちる二人、それもそうだろう。
二人にとって、悠介は大切な恋人や兄弟であり、それだけ大きな支えだったのだから。
いつか、遠くない未来に死んでしまうのはわかっていた、しかし、それが突然にやってくるのは、辛いのだろう。
「延命措置は、ご本人が望まれてませんでしたが、どうしますかな?と言っても、出来る事もあまりありませんがね……。」
そう言って、医者は看護師を連れて出ていく。
浩介と悠治は、悠介の眠っている所まで行きながら、涙を流す。
「悠介……。」
「悠にぃ……。」
二人は、ただただ悲しんだ。
もう、悠介と話す事は出来ないだろう、昏睡状態、それは見ればわかる。
そして、もう戻って来ないであろう事も、わかっていた。
悠介は、ずっと戦っていた。
病気と、呪いと、そして世界と。
その結末がこうもあっさりと来てしまう、それは。
「ずるいよ……、悠介……。」
本心を告げるだけ告げて、その余韻に浸る間も与えず、こうして眠ってしまった。
それを、浩介はずるいと思った。
「坂入さん、昏睡状態って……。」
「あ、相田さん……。」
「坂崎さん、坂入さんは……。」
「……。眠っています。」
午後になり、仕事先に連絡を入れなければと、相田に連絡を入れていた浩介。
相田は病室に入ってくると、一昨日までしっかりと目を覚ましていた悠介が、眠っている事に驚いていた。
浩介は涙枯れ果てて、泣きはらした顔で相田を迎える。
「坂崎さん……。こういう事を私が言うのはあれですが。坂入さんは、十分頑張りましたよ。痛みと戦いながら、病魔と戦いながら、ずっと。だから、これで良いのです。きっと、やっと休めると思ったのでしょう。」
「……。そうかもしれませんね。……、そうだ、相田さんにこれ渡してくれって、言われてたんです。」
「私に何か?」
「俺が死んだら、ノートパソコンのデータを相田さんに、って。そんな役目、引き受けたくないって言ったんですけど……。でも、何もしないよりはましなのかなって……。」
「……。わかりました、頂戴します。」
何をなのかと困惑していた相田に、浩介はメモリを渡す。
中身は悠介の執筆データ、完成したのかどうかは、浩介も知らない。
ただ、なんとなくだが、完成している気がした。
悠介は、途中で何かを投げる性格ではない、完結主義者とでも言えば良いのだろうか、一度手を付けた事は終わりまで持っていかなければ気が済まない性格だった。
だから、浩介は昨日まで書いていた小説は完成している、と感じていた。
「では、私は戻らなければなりませんので。雑誌の方には、作者療養中の為休載、と記載しますが、よろしいですか?」
「……、はい。」
そう言って、相田は病室を出ていく。
浩介は、これからの事を考えながら、独り悠介の心拍の音を聞いていた。
「先生、お返事くれないね。」
「ねぇ。」
「あら、浩ちゃん、悠ちゃん、どうしたの?」
「かあちゃ、先生がね、お返事くれないの。どういう意味なの?って聞いたんだけど、見てないみたいなの。」
夕方、浩希と悠介は家に帰ってきて、悠介の作品を読みながら、悠介にラインをしていた。
しかし、その返答が返ってこない、普段友達と連絡をする際には、すぐに連絡が返って来るのが当たり前な二人にとって、それは不思議でたまらない事の様だ。
「うーん……。先生は、すぐにお返事を書いてくれるタイプの人じゃないのかもしれないわね。もうちょっと待ってみたらどう?」
「わかったー!」
明美は、そう言いながら、悠介の身に何かが起こったのではないか、と感じ取っていた。
女の勘、と言うやつだろう、子供達にそれを話すかどうかを悩む、まだ不確定事項なのだから、と。
「さ、そろそろお風呂入ってらっしゃい。今日のご飯はハンバーグよ。」
「やったー!」
「わーい!」
二人は、バタバタと走って風呂場に行き、風呂に入る。
「先生……。」
明美は、明日一人で病院に顔を出してみようか、と考える。
もしかしたら、と。
「浩にぃ、お帰り。」
「うん、ただいま。」
夜、先に帰っていた悠治と、浩介は顔を合わせる。
お互い、泣いた跡が残っている、それだけ、涙を流したのだろう。
「悠にぃ、もう……。」
「……。悠治、それ以上は止めよう。今それを言ったって、何も変わらないんだから。」
「……。」
「ご飯、作るね。いっつも悠治に任せっぱなしだし、たまには僕が作らないと。」
浩介は、悠治をハグして、黙らせた。
お互い、思っている事はわかる、言いたい事もわかる、そしてこれから起こる事もわかる。
ただ、今はそれを口にしたくない、聞きたくない。
浩介の心、それはきっと正しい感情だろう。
「悠介……。」
夕食を終え、風呂に入っていた浩介。
涙で真っ赤になっていた頬を流し、さっぱりした、様な気がしなくもない。
ただ、心の中は曇ったままだ。
やっと悠介が本心を話してくれた、愛していると言ってくれたのに、その次の日には、もう話が出来なくなってしまったのだから。
「あ、相田さんからだ……。」
風呂にスマホを持ち込んでいた浩介は、相田から連絡が来ていた事に気づく。
ー坂入さんの持っていらっしゃったメモリの中に、完成した小説が入っていました。刊行に向けて動こうと思っているのですが、よろしいでしょうか?ー
こう書かれてたメッセージ、浩介は、一瞬悩んだ。
きっと、これが悠介の遺作になる事になるだろう。
最期まで、誰に向けた言葉なのかは教えてくれなかった、しかし、その誰かは、悠介の言葉を待っているのではないか。
ー刊行の方、お願いいたしますー
そう短く返して、湯船の中で考える。
これからの事、これまでの事、自分はこれからどうやって生きていけば良いのか、死んでしまったとして、残される事になる悠治の想いは。
ぐるぐると、そんな事を考えてしまう。
自分もいっそ死んでしまおうか、なら寂しい思いはせずに済む、ただ、悠治を遺して逝く事になる。
悠治も誘って、なんて心中願望はない、悠治には生きていて欲しい、そして悠介も、浩介に同じ事を思っただろう。
生きていかなければならない。
悠介の為にも、自分自身の為にも。
わかっている、わかっているが。
ただ、今は苦しくて仕方が無い、それこそ、死を選んでしまいたい位に。
「俺……。」
確か、意識を失って、暫く何も考えられなかった気がする。
今も、もやがかかってると言うか、何処にいるのかもわからない様で、ふわふわしてるって言うか、なんて言うか。
寝ぼけてるのかな?なんて思いながら周りを見渡してると、視界がはっきりとしてきた。
「ここ……。」
病室じゃない。
ここは、俺と浩介の部屋、一緒に寝ていて、一緒に暮らしていた寝室だ。
浩介は独りで寝てる、涙の跡を残しながら、独り寂しそうに寝てる。
「……?」
訳が分からない、これは夢か?
にしては実感があると言うか、現実味があるって言うか、これが明晰夢ってやつなのかな。
「浩介……。」
……。
違う、これは明晰夢じゃない。
俺は昏睡状態になった、なら夢なんて見ないはずだ。
ならば、これは死ぬ前に最期に与えられた機会。
最期の最期、本当にこれが終わりなんだ。
「……。浩介、愛してる。死んだって、ずっと変わらない。どこに行ったって、どこにいたって、浩介を愛し続けるよ。」
浩介の耳元で、囁く。
「悠介……?うーん……。」
浩介が寝言で返してくる。
ホントに、ホントに可愛いんだ。
俺が出会ってきた誰よりも可愛らしい、そして愛する価値のある子だ。
遺して逝くのは辛い、悲しい。
でも、俺はもう、泣かないよ。
愛してくれて、ありがとう。
さようなら、浩介。




