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ずっと、ずっと愛していると

「じゃあ、仕事行ってくるね。」

「行ってらっしゃい。」

 朝七時、悠治の方が早く仕事に出るという事で、浩介は見送りをしていた。

 悠治は中学校の教員、部活動はまだ任されていない為、少しだけ出勤時間が遅いが、それでも世間的には早く家を出る方だろう。

「……。」

 独りになった浩介は、静かな家の中で、ため息をつく。

 いつもの癖だ、以前なら悠介がいて、一緒に出勤して、と言う風にしていたのだが、悠介が入院してから、暫く独りでいる時間が増えた。

 それが辛い、浩介は元来孤独を嫌う、極端と言える程、孤独でいる事が苦手だ。

 ただ、それを言ってしまったら我儘になるから、と我慢しているだけで。

「なんでなんだろう……。」

 いつも思う、悠介が若くして死ななければならない理由を。

 神が決めた運命だというのなら、神は何故悠介を殺める事にしたのか、何故自分を置いて逝ってしまうのか、と。

「どうしてなの……?」

 独りになると、涙が出てしまう。

 ぽろぽろと泣きながら、浩介は苦悩する。

 どうして、自分は置いていかれなければならないのか、どうして愛し合うもの同士が引き裂かれなければならないのか。

 どうして、どうして、どうして。

 答えの出ない問い、答えが出た所で納得出来ない問い、どう足搔いても受け入れられない問い。

 会社に行く頃には収まっている、無理やり収めている、感情の渦。

 会社に出勤するまで、独りになってしまうと、ずっとこうして考えてしまう。

「……。」

 今日は早めに出勤しよう、と涙を無理やりひっこめて、浩介はスーツに着替え、出勤する準備をする。

「……。」

 部屋に戻る、デスクの上には、悠介が書き連ねた手紙が乗っている。

 読んだら死んでしまう気がするから、読まないと決めた、その手紙達。

 まるで、主を失って彷徨っている様にも見える、その手紙。

 悠介は、言葉にせずに何を書いたのか、気にならない訳ではない。

 しかし、読んでしまったら最後、悠介がいなくなってしまう様な気がして、浩介は読めずにいた。


「いてて……。」

 朝の点滴を終えて、小説の仕上げを書いてた時、体から鈍痛って言うか、痛みが強くなってきてるのを感じてる。

 そろそろ潮時なのかな、って思うけど、まだ終われない。

 まだ、俺にはやるべき事が残ってる、伝えなきゃならない想いがある。

「……。」

 今日は平日、浩介は来るとしても夜だろう。

 今日中には仕上げておきたい、なんとなくだけど、今日を逃したら間に合わない気がする。

 集中する、痛みを忘れて、書く事だけに集中する。

 自然と意識が執筆に向いて、痛みが消えていく様な感覚になる。

 実際はそうじゃない、ゾーンに入ってるから痛みを感じてないだけ、なんだろうけど、今の俺には丁度良い。


 コンコン

「ん?はーい。」

「先生!来ちゃった!」

「ねぇ!」

 夕方まで集中して書いて、ふとドアがノックされて、中に転がり込んでくる二人の子供。

「あれ、浩希君に悠介君。そう言えば家が近いんだったね。お母さん達には言ってきたのかい?」

「うん!かあちゃが送ってくれたの!」

「一緒に来たんだよぉ!」

「初めまして、先生。浩希と悠介の母の、明美です。昨日、初めてお出かけしたと思ったら、先生に連絡先を聞いてくるのを忘れたから、また会いに行きたい、なんて言われちゃってね。それで、それなら私もご挨拶をと思って、一緒に来たのだけれど、迷惑だったかしら?」

「いえ、ありがとうございます。二人とも、良い子ですね。」

 悠介君の後ろから、二人によく似た雰囲気の女性が入ってきて、この人がお母さんか、ってすぐに認識出来る。

 それ位二人と似ていて、この家はお母さんの血が強いんだろうな、って感じる。

「貴方のおかげで、お父さんとこの子達は仲良くなれたのよ。ありがとう、先生。貴方の言葉が無かったら、今頃離婚していたかもしれないわ。」

「……。それは、二人の決心、心がやった事です。俺はちょっとだけ、背中を押したってだけで。だから、この子達のおかげですよ。」

「そうね、この子達が頑張ってくれたから、お父さんは心を開いてくれた。昔から子供が苦手だったのだけれど、それでも、自分の子供なんだから、って。でも、そのきっかけをくれたのは、他の誰でもない先生なのよ。先生の言葉があった、それを浩ちゃんがね、私にどういう意味なの?って聞いてきたの。なら、直接本人に聞いてみたらどうかしらって思って、ファンレターを送らせてもらって。そしたら、お父さんとお話してみたらどうだい?って書いてあって。その言葉があったから、私には掛けられなかったその言葉があったから、この子達はお父さんと仲良くなれたのよ。」

 浩希君達のお母さんは、そんな事を嬉しそうに言ってくれる。

 そう言えば、お母さんには手紙を見せてるって言ってたっけ、わからない言葉があったら、俺に手紙を寄こしてきてたけど、やっぱり親御さんとしては知らない大人と、って言うのは不安だっただろうし。

 でも、その結果が良い事だったんなら良かった、良い事が出来た様な気になる。

「俺は何もしてませんよ。ただ、この子達の誠実さに心惹かれて、一言添えただけです。……。この子達が、良い子だった。だから、お父さんとの蟠りも解けたんでしょう。俺は、ほんのちょっとだけ話をしただけですよ。」

「わだかまり、ってなあに?先生!」

「うーん……。そうだな、蟠りって言うのは、人と人とがすれ違ってる状態、想っていても伝わっていない状態、とか、人同士で問題が起こってる、って事だよ。蟠りがある、蟠りが解けた、って言う言い方をするんだ。」

「そうなんだぁ!」

 難しい言葉だったかな、小学生では習わない言葉だろう。

 そういう言葉を書くと、決まってこの子達は手紙に認めて、送ってきたっけ。

 それがもう出来なくなる、教鞭を取ってるつもりでもなかったけど、子供に何かを教えるって言うのは、難しいけど楽しかった。

 それがもう出来なくなる、俺はもうすぐ死ぬ、その事を、理解出来てるんだろうか。

「……。先生が、余命三か月だって聞いてね、私も一度、お礼を言いたかったの。貴方がいてくれたおかげだから、貴方の言葉に救われたから。でも……。でも、悲しいわね。まだ私より若いんでしょう?それなのに……。」

「そればっかりは仕方のない事だと想ってます。ただ、遺していくって言うのは、少しだけ悲しい事だとも。」

「恋人さんはどう言っているの?確か、小学生の頃からお付き合いしている子がいるって、そういうお話をしてくれなかったかしら?」

「……。受け入れられない、って思ってると思います。俺が死ぬ事は、もう覆らない事実だけれど、それを受け入れたくない、って。申し訳ない気持ちにはなるんですけどね、これ以上は望めないって、俺はそう思っちゃってるので、すれ違いがありますね。」

「先生は浩介さんとお話しないの?」

「してるんだよ。してても、解けない問題なんだ。話をしたからって、すぐ俺の病気が治る訳でもないからね。だから、浩介には受け入れて貰わないといけないんだ。お話をするとしたら、どうやって受け入れていくか、だね。」

 話をして俺の病気が治る、なんて言う魔王があったら、きっと縋ってただろうな。

 俺が本心を話すのが苦手、出来ないって言われたとしても、でも無理やりでも話をして、生きようとするんだろうな。

 でも、そんな魔法は存在しない、現代医学では、俺の治療はこれ以上出来ない。

 後は意識を失って、されるがままになって、延命をするかしないかって話になって、そして死んでいくだけ。

「……。俺はね、心を話すのがとても苦手なんだ。昔からの癖って言えばいいのかな、家族と飛び切り仲が悪くてね、自分の気持ちを話す事が出来なくなっちゃったんだ。笑わない人、って言うのも、そういう意味なんだ。笑っても馬鹿にされる、笑顔が不細工だ、お前は笑ってても誰にも愛されない、なんて言われ続けてね。呪い、言葉って言うのは、時に呪いになる。だから俺は、綴る事を選んだんだ。小説に書くのであれば、ある程度本心を言っても良い気がしたから。」

「はい!先生は、なんでお本を書き始めたのぉ?」

「そうだな……。最初は、そんなつもりはなかったんだ。手紙に綴る事で、想いを伝えられたら、なんて思ったんだ。でも、手紙を渡せなくてね。やきもきしてた時に、小説ならどうだ?って思ったんだ。国語の成績だけは良かったからね、それで小説を書き始めたんだ。そしたら、それが思ったより性に合っててね。それで、六年間続けてるって感じだよ。」

 思えば、最初は手紙から始まったな。

 浩介に、本心を伝えたくて、でも言い出す事が出来なくて、それで手紙を何通も書いたんだけど、渡せなくて。

 もうちょっと複雑って言うか、小説を描いてみたらどうだ、それなら本心を言えるんじゃないか、もしかしたら、って思って、それで小説を書き始めたら、意外と性に合ってて。

 当時は仕事をしながらだったけど、文学賞に送り続けて、三年目でデビューする事になって。

 沢山の人が手に取ってくれて、読んでくれて、こうして想いを感じ取ってくれる子達もいて。

 でも、一番伝えたい相手には伝わらなくて。

「俺は呪われてるのかもしれないね。心を伝えてはいけない、って言う呪いが掛けられているのかもしれない。」

「呪い……。でも、ご両親のお話を聞いた限りでは、それも間違いじゃないのかもしれないわね。親の言葉って、思ったよりも子供に残ってしまうのだから……。」

「そうですね。親の言葉、って言うのは、どう足搔いたって子供に残るんです。それが祝福か呪いかの違いってだけで、死ぬまで残るものだと思ってます。俺は呪いを、この子達は祝福を、それぞれ受けたんでしょう。……。今更恨むつもりもないんですけどね、正直、どうでもいい存在だから、そこに心を割くのが勿体ない。」

 お母さんと話してる間、浩希君達はわからないって顔をしながら話を聞いてる。

 それもそうだろう、これからこの子達はそれを実感する、まだわからなくて当たり前だ。

 この子達は祝福を、俺は呪いを、それぞれ親から与えられた、それを恨むつもりはもうない、そんな事に時間を割くのも勿体ない。

 そんな事より、俺にはやらなきゃならない事が残ってる、それを終えるまでは、死ぬわけにもいかない。

 そうだ、俺にはまだ、残された時間がある。

 それは小さい、少ない時間かも知れない、もう殆ど残されていないのかもしれない、でも、神様がいるのなら

 神様は、ほんの少しだけ、俺にチャンスをくれたんだから。

「浩ちゃん、悠ちゃん、連絡先交換するって言ってなかったかしら?良いの?」

「そうだ!先生!連絡先交換しよ!」

「しよぉ!」

「わかった、スマホはどこにやったかな。」

 二人とラインを交換して、三人はそろそろ時間だからと帰っていく。

 俺は、夜の点滴までには小説を書き上げたいな、なんて思いながら、パソコンを出してまた集中する。


「悠介、来たよ。」

「浩介、もうそんな時間だったか。」

「ずっと書いてたの?」

「あぁ、暫くぶりに集中したよ。」

 ふと声を掛けられた、と思ったら、もう外は真っ暗になってて、時間は十八時半。

 浩介が椅子に座って、こっちを見てた。

「そうだ、今日また、浩希君達に会ったんだ。連絡先を交換するのを忘れてたからって、お母さんと一緒に来てくれたよ。」

「そうなんだ、そう言えば、二人は家が近いって言ってたもんね。それで、連絡先は交換したの?」

「あぁ、しっかりとしたよ。-さっき、ありがとうございましたって連絡が来てたな。返事して上げないとかな。」

「悠介は集中すると、本当に周りが見えなくなるからね。気づいた時に返事してあげないと。それで、小説は完成しそう?」

「後はほんのちょっと、あとがきを書くだけだな。」

「そっか。」

 小説の進捗は凄まじいって言うか、後はちょっとあとがきを書けば終わる。

 それが終わったら、後は余生って言うか、ゆっくり出来るかなって思ってるだけど、そう言えば浩介はどう思ってるんだろうか。

「なぁ、浩介。」

「ん?」

「……。俺が、本音を言わないって事、怒らないのか?もっと素直になってほしい、って言ってくれてただろう?こんなボロボロになっても、俺は本心を言えずにいる、それを怒らないのかなって。」

「……。怒る意味が無いでしょ?だって、それは悠介が悪い事じゃないんだから。だから……、聞きたいとは思うよ、悠介の本心。でも、無理して聞いたって、悠介が辛いだけでしょ?」

「……。」

 こんな時まで、人の心配をする浩介が愛おしい。

 俺の事より、自分の事を優先すれば、本心を聞きたいって言ったって誰も責めないのに、浩介はそれをしない。

 俺の事を考えて、考えすぎる位に考えて、無理をするなって言ってくれる。

「……。俺、浩介に甘えてばっかりだな。」

「そんな事ないよ。悠介は立派な人だよ、昨日、サイン会を見てそう思ったんだ。悠介も、人に何かを教える事が出来る人なんだって、ああやって、誰かを思いやる人なんだって、わかってたはずなのに、ちょっと忘れちゃってたのかな。いつか聞きたいよ、悠介の本心。でも、それは悠介が話したいって思った時であって、僕が強制する事じゃないんだ。」

「そっか。でも、俺がその前に死んじゃったら、どうするんだ?」

「……。意地悪な事を聞くんだね、悠介は。……。そうだね、もしも、悠介の本心を聞く前に悠介が死んじゃったら、ずっと探し続けると思う。悠介がどうしたかったのか、何が言いたかったのか、きっと、悠介は痕跡を遺してると思うから。だから、僕は探し続けるよ。」

 意地悪な事、確かにそうかもしれない。

 浩介はきっと、俺が生きてる内に本心を話さない事をわかってる、それが出来ないと、正しく理解してる。

 でも、希望を捨ててはいけない、そう思ってるんだと思う。

 きっと、いつか、って。

「ごめんな、浩介。ちょっと、気が滅入ってる感じがするな。」

「仕方ない事だよ。悠介はもう何か月も病院から出てないんだから、心が弱っちゃってても仕方が無い。退院したらさ、一緒に何処かに出かけようよ。昔みたいに、悠治も一緒に。旅に出るって程長く色んな所に行くわけじゃない、ちょっとした旅行でも良いからさ。」

「……。楽しみにしてる、その時を。」

「うん。」

 浩介は、とても寂しそうに笑う。

 浩介は、こんな風に笑う子じゃなかった。

 天真爛漫、何時だって笑顔で、勇気があって、明るくて、一途で。

 そんな浩介に惹かれて、俺は付き合い始めた、俺とは対照的だった浩介が、こんな風に寂しそうに笑うとは思わなかった。

 きっと、それは俺のせいなんだろう。

 浩介の心の曇り、それは俺が原因で、俺にはどうしようもない事なんだろう。

 俺にはどうする事も出来ない、浩介の心を晴らす事が出来なければ、寄り添う事も出来ない。

「……。悠介はさ、死んじゃう事を受け入れてる、って言ってたでしょう?怖くないの?死んじゃうんだよ?いなくなっちゃうんだよ?」

「……。怖いか、と問われると、わからない。いなくなってしまう事は、悲しいな。もう少しだけで良い、後ちょっとだけで良い、なんて思いながら、ずっと生きていたいのかもしれない。」

「悠治がさ、いつか彼女さんでも連れてきて、結婚します、って言ったら、悠介はどんな言葉を掛けてあげたんだろうね。」

「可愛い弟と、どうか一緒に幸せになってほしい。どうか、死が二人を分かつその時まで、健やかに。」

 俺が思いつくのは、それ位だ。

 気の利いたセリフの一つでも言えれば良いのか、それとも昭和のオヤジみたいに可愛い弟はやれん!って言った方が良いのか、わからない。

 だから、俺は俺なりの言葉を言うしかない、それ以外に、言い様が無い。

「悠介らしい言葉だね。……。いつか、そう言える日が来るのかな。」

「さあ、な。」

 浩介は、涙を堪えながら、笑う。

 涙を堪えてるのは良くわかる、浩介は感動系のドラマなんかを見た時の癖があって、決まって涙を堪えて、それでもそれがわかる位声が震えて。

 涙声って言うのか、そういう感じで、わかりやすいんだ。

「きっといつか……。きっと……。僕……。」

「泣いても良いんだ、浩介。辛い時には泣いて良い、誰も咎める権利はないんだ。」

 浩介は、ぽたぽたと涙を零しながら、言葉を詰まらせる。

 泣いてはいけない、と言う教育を受けてきた浩介は、涙を流す事は悪い事だと認識してた。

 ご両親の教育方針だったんだろう、男は泣くな、って言うちょっと古臭い考えだった浩介、それを俺は良い心地がしなかった。

 泣きたい時は泣けばいい、辛い時は辛いって言えばいい、それが出来るのなら、許されるのなら、そうすれば良い。

 きっと、それを止める権利なんて誰にもない、人間は感情に素直になって良いはずなんだ。

 それを出来てない俺が話すのは間違ってる、それはわかってる。

 でも、俺は浩介に、俺と同じ道を辿って欲しくない、俺みたいに、感情を表に出す事を許されないなんて環境に、浩介を放り込みたくない。

「泣いて泣いて、涙が枯れ果てて。その後でも良い、きっといつか、前を向いて歩けるよ。どんな事があったって、俺は浩介を信じてる。俺の愛した浩介は、きっといつかは前を向いてくれるって、そう信じてる。」

「悠……、介……。」

「きっと。きっといつか、俺は信じてる。」

 浩介の頭を撫でながら、だいぶ手も細くなってきたなって、そう言う事を実感する。

 俺は生来太ってて、癌が発覚するまでは三桁あった位なんだけど、それも入院生活の中で、だいぶ減ってきた。

 このままだと高血糖で足が腐りますよ!なんて医者から言われてたはずなのに、いつの間にか低血糖で気絶を心配される様になった。

 変化、って言うには少し寂しい様な気がする、悲しい気がする、そんな変化。

「ゆうすけ……、死んじゃったら、やだよ……!ぼく、もっと一緒に、いたいよ……!」

「……。ごめんな、浩介。お前を独り置いて逝く事になるなんて、思いもしなかった。なんやかんやで、俺達はずっと一緒だと思ってたから。」

 浩介は、細くなった俺の体に抱き着きながら、涙を流す。

 困った、なんて思わない、そうなるのは当然だと思える位には一緒にいて、そしてこれからも一緒だと思ってたんだから。

 ごめん、そういうしかない、俺には、それ以外の言葉が思いつかない。

 ホントは言いたい事が沢山あるけど、言えない。

 俺は馬鹿だな、もう、両親とか、家族の呪縛なんてとっくに解けてるはずなのに、あんな奴らは俺の人生に関係ない、もう自由だってわかってるはずなのに、癖って言うのは、時に残酷だ。

「浩介、ずっと……。」

「ゆうすけ……?」

「ずっと……。ずっと……。」

「……?」

 言いたい、これだけは言いたい。

 言葉が詰まる、言いたいのに、俺の中の呪いが、言わせてくれない。

 言え、言え、言え。

 口が動かない、半開きになった口から、言葉が出てこない。

 でも、そんな事を言ってる場合じゃない。

 これから先、俺は喋れなくなるだろう、言うのであれば、今しかない。

 覚悟しろ、浩介に、伝えろ、今伝えなきゃ、今伝えられなきゃ、俺は一生後悔する、来世まで後悔する、そして何より、死んでも死にきれない。

「ずっと……。ずっと、ずっと……。……。愛してる、ずっと愛してる。誰よりも愛してる、いつまでも愛してる。輪廻転生なんてものがあって、いつかまた生まれ変わったら。またずっと、それでも愛してる。」

「ゆう……、すけ……。」

「だから、前を向いて歩くんだ。それは今じゃなくて良い、いつか先の話でも良い、何年かかったって良い。ただ、約束してくれ。いつか、前を向いて歩いていく、いつかまた会えた時に、幸せだって思える様に。」

 心臓がバクバクしてる。

 俺の声は小さかっただろうか、泣きじゃくってる浩介に届いただろうか、浩介は、俺の言葉を嫌悪しないだろうか。

 色んな感情がぐるぐるとめまぐるしく回って、浩介の言葉を待つ時間が、永遠の様にも思える。

「……。僕も、愛してるよ、悠介……。いつか、また会えた日に、きっと見つける、きっと、僕がまた隣になる。神様がなんて言ったって、誰が何を言ったって……。僕は、悠介の隣にいたいよ……。」

「ありがとう、浩介。」

 やっぱり、浩介は俺の見込んだ通りの子だった。

 安心した、安心して、浩介が涙を流してるって言うのに、微笑んでしまう。

 浩介の前で笑うのはこれで四回目、俺は片手で数えられる位しか、恋人に向けて笑いかけなかったのか。

 呪い、それは簡単に解ける物じゃない。

 でも、解けた気がした。

 笑っても良い、本心を話しても良い、浩介は、ずっとそう言ってくれていた。

 俺が、怖がってただけなんだ。

 こんな残りの人生後ちょっとの所で気づくなんて、俺はなんて馬鹿なんだろうか。

 先生、なんて言われて、物を偉そうに教えておいて、そんな簡単な事にも、長年気づかないで。

 大馬鹿野郎だ、俺は。

「浩介、ずっと一緒にいてくれてありがとう。やっと言えた、手紙になんて書かなくても良かったんだ。……。ありがとう、浩介。」

「悠介……。僕は、僕が一緒にいたいから、悠介とお付き合いしてただけだよ……?」

「それでも、俺は救われたんだ。浩介の言葉に、想いに、心に。だから、ありがとう。」

 浩介は、俺が笑ってるのに気づくと、不器用に笑って見せる。

 普段は逆なのに、なんて思いながら、浩介に少しだけ時間を貰って、いつもの様に手紙を書く。

 でも、心境は違う、今まで書いてた手紙とは、これは違う。

 これは、浩介にまたいつか会えたら、と思って書くんだ。


「じゃあ悠介、また明日ね。」

「あぁ、待ってる。」

 浩介は帰路に着く、悠介が笑っていた姿を思い出して、少し寂しいと思いながら、しかし嬉しいと思いながら。

「ただいま、悠治。」

「お帰り、浩にぃ。悠にぃ、どうだった?」

「……。やっと、悠介の想いを聞けたよ。三回目かな、これで。悠介、頑張ってくれたんだ。」

「なんて言ってたの?」

 帰り着くと、悠治が食事を用意して待っていた。

 普段なら悠介が点滴に入る前に帰ってくる浩介だ、浩介の方が早く帰ってくる事がある事もある位なのだが、今日は悠介と話がしたい、と言って我儘を聞いてもらったのだ。

「ありがとう、愛してる。って言ってくれたんだ。僕、ずっと悠介に愛されてるのか、不安だったんだ。腐れ縁じゃないけど、ずるずるってなって今の関係があるんじゃないかなって。でも、そんな事なかった。悠介にとって、それを言うのには、どれだけの勇気が必要だったのか、僕にはわかんない。でも、嬉しかった。悠介と、ちゃんと愛し合えてたんだなって。」

「良かったね、浩にぃ。」

「うん。」

 浩介は嬉しそうに笑う、悠治も、つられて笑う。

 悠介が本心を言ったのは、何年ぶりだろうか、笑った顔は昨日見たが、本心を聞いたのは、本当に小学生以来の事だろう。

 悠介にかかっていた呪い、呪縛が解けた気がして、浩介はそれが嬉しかった。

 残された時間は少ないかもしれない、しかし、それでも。

 それでも、悠介の想いを聞けたのだから、と。


「いたた……。」

 夜、小説を完成させて、一息ついたところで、痛みが強くなってくる。

 体中から鈍痛がする、これはもう流石に耐えられないかもしれない。

 でも、間に合って良かった。

 最期に伝えたい事は、全部書いた。

 後は伝わってくれるかどうか、だけど、きっと気づきてくれるって、俺は信じてるから。

「ふー……。」

 煙草、吸いたいな。

 片肺全摘出してる身でそんな事を思うのは間違いなのはわかってるけど、執筆を終えて、ひと作品書き上げた時の一服って言うのは、何にも替え難い心地良さって言うか、達成感があるんだ。

 入院してから煙草は強制的にやめたけど、それがなかったら、ずっと吸ってたんじゃないかなって思う。

「そう言えば……。」

 浩介が、いつだったかパイポを買ってきてくれたっけ。

 サイドテーブルに入れてあったはずだ、それを探してみる。

「あった。」

 荷物は少ないから、すぐに見つかる。

 パイポの封を切って、一吸いする。

「ふー……。」

 煙なんか出ない、煙草の満足感にはほど遠い、でも、ちょっとだけ吸った気になれる。

 満足だ、これで満足だ。

 俺の人生、終わってしまうんだろう。

 もう遠くない、死神は足音を立てて近くまで来てる、でも構いやしない。

 ただ、心残りがあるとしたら、悠治の嫁さんに挨拶を出来ない事、ずっと浩介の隣に入れない事。

 それ以外は達成した、それだけが悔やまれる。

「……。」

 意識が遠のく。

 駄目だ、まだ、始まったばっかりなのに……。

 浩介に想いを伝えて、これから短い間で、ずっと好きだって伝えるはずだったのに……。

 世界が掠れる、視界が掠れる。

 カランカラン。

 パイポが床に落ちた音は聞こえなかった。

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