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サイン会

「サイン会、ってした事が無いんですけど、何すれば良いんですかね?」

「そうですね、色紙にサインをして、一言二言話す、って言うのが通例でしょうね。でも、坂入さんは今回四人の子達と会うだけなんですから、結構話し込んだとしても構わないと思いますよ?私もこういった形式は初めてですから、わからない事だらけですよ。」

 あれからなんやかんや、俺は生きている。

 一週間がたって、今日はファンレターを送ってくれていた四人の子達と会う日だ。

 病院で患者の服で、なんてちょっと滑稽かもしれないけど、でも、出来る事はしておきたいと思ってたから、良いんだ。

「相田さん、悠介がお世話になってます。」

「あ、坂崎さん。お久しぶりです。体調はいかがですか?」

「いつも通りって感じです。それで、まだファンの子達は来てないんですか?」

「後三十分程で来るはずですよ。電車の遅延などもない様子ですし、予定通りでしょう。」

 相田さんと二人で話してると、緊張した顔してる浩介が病室に顔を出してくれる。

 俺も緊張してるんだろう、普段より眉間の皺が濃い気がする、それだけ力が入ってるって事だろう。

「坂崎さんに立ち会って頂くのは、坂入さんたっての希望ですからね。私としても、普段の坂入さんに近い状態でいて下さるのは、有難い事です。」

「僕も緊張してますけどね。僕まで緊張しちゃったら、意味がない様な気がします……。」

「大丈夫ですよ、坂崎さんは、いつも通りにしてくだされば。」

「あはは……。」

 浩介は、くまの酷い顔で緊張してて、ちょっとそれが面白い。

 俺が緊張するのは当たり前だけど、浩介まで緊張してる、って言うのが、かえって俺の緊張をほぐしてくれる。


 コンコン

「はい、どうぞ。」

「はーい!」

 三十分位経って、病室のドアがノックされる。

 浩介がドアを開けてくれて、そこには小さな小学生が二人いた。

「初めまして!浩希です!」

「悠介だよぉ!」

「初めまして、どうぞ入ってくれ。」

 浩希君と悠介君、兄弟揃って挨拶をして、俺の顔に怖がる事もなく、中に入ってくる。

 中々度胸のある兄弟だな、なんて思ったけど、そう言えばこの子達も、ちょっと家庭が特殊だったんだっけ。

「先生だ!ほんとに会えると思ってなかった!」

「ねぇ!浩ちゃん!」

 二人は興奮気味に俺の横に来てくれて、ニコニコ笑ってる。

 この子達が、最初にファンレターをくれた子達、俺にとっては、大切な読者だ。

「先生!元気なの?お病気治るの?」

「……。そうだね、君達を見てたら、元気が出て来たよ。まるで、病気が治っちゃったみたいだ。」

「先生はなんで先生なのぉ?」

「先生って言われたのは、何度目かな。作家って言うのは、ある意味先生と同じ様な感じなのかもしれないね。」

 よく似てる兄弟だ、ぱっちりした目に、ちょっとふっくらした頬、この兄弟は、身長をのぞけば、まるで双子みたいにも見える。

「えっとね、えーっとね。先生が病気だって、聞いてね、僕達、先生にこれ持ってきたの!」

「これは……。ミサンガかい?」

「浩ちゃんと一緒に作ったんだよぉ!かあちゃが教えてくれたんだぁ!」

「病気治りますように!ってお願いして編んだんだよ!」

 きらきらした目で見られながら、渡されたのは、不器用に編んだミサンガだった。

 青と黄色と白、きっとこの子達が好きな色なんだろうな、って思って、俺も不器用に笑う。

 付けてくれるって言うもんだから、左手を出して、ミサンガを結んでもらうと、中々良い感じだ。

 勇気を貰えた気がした、あったばかりだけど、この子達から勇気を貰えた気がするんだ。

「あのね、先生が死んじゃうって、お手紙に書いてあって……。死んじゃうって、どういう事なのかなぁって思ったの。いなくなっちゃう事なんだよ、ってかあちゃが言ってたけど、先生いなくなっちゃうの?新しいお本書けないの?」

「……。そうだよ。俺はもうすぐ、いなくなる。死ぬって事は、この世からいなくなって、天国か地獄に行くって事だ。それがどっちかはわからない、でも、結局どっちかには行く事になるんだと思う。俺は死後の世界……、っと、これはまだ早いな。いなくなっちゃう、小説を新しく書けなくなる、それは正しい認識だよ。」

「はい!天国ってどんなところなのぉ?」

「わからない。楽しい場所かも知れないし、悲しい場所かも知れない。それは、行ってみないとわからないんだよ、悠介君。誰も帰って来た事がない、だから、生きている人達には、どうなってるかはわからないんだ。」

 子供でも分かりやすく、と思って話をするけど、周りで死者がいなかった小学生にとっては、この話は難しいかもしれない。

 でも、俺に出来る事があるのなら、したいとも思う。

「はい!じゃあなんで、先生は天国か地獄に行くってわかるの?」

「ホントの所はわからないんだ。ただ、昔々の人が、人は死んだら天国か地獄に行って、また生まれ変わる日を待つ、って言ってそれを広めたんだ。浩希君は、キリスト様のお話を聞いた事はないかな?聖書、キリスト様のお話の中に、天国と地獄のお話があるんだ。仏様のお話だと、極楽浄土、って言う言い方をするね。」

「仏様のお話……?うん、聞いた事あるよ!でも、ごくらくじょうど、って言うのはわかんない!」

「ねぇ!」

「極楽浄土、この世で得を積んだ、つまり良い事をした人達が死んじゃった後に行く、楽園の名前だ。逆に、悪い事をしちゃった人は、地獄って言われる罰を受ける場所に向かうんだ。俺がどっちに行くのか、それともそんなものは存在しないのか、それはわからない。でも、あるんだとしたら、どっちかに行く事になるんだと思うよ。」

 浩介は、俺がこうやって講釈垂れてる事に感心してて、相田さんは何やら複雑そうな顔をしてる。

 浩希君と悠介君は、小さいなりに色々考えて、頑張って覚えようとしてるみたいだ。

「死んじゃった人は、生まれ変わるの?」

「輪廻転生、人は循環、回っているって言う話だ。もしもそれがホントなら、いつかまた、人間に生まれるかもしれないし、もしかしたら違う生き物に生まれるかもしれない。わからないけどね。」

「じゃあ、生まれ変わったらお友達になろうね!」

「……。ありがとう、浩希君。きっと、友達になれるよ。浩希君も悠介君も、とっても優しい子達だから。だから、俺がまた生まれてきたら、見つけてくれるかい?」

「うん!」

「見つけるー!」

 久々に、本心から笑った気がする。

 眉間の皺が離れて、口元が緩む。

「悠介、久々に笑ったね。」

「そうだな。この子達を見てると、不思議と笑顔になる気がするよ。」

「先生はいっつもニコニコしてないの?そうだ!お兄さんはだあれ?」

「僕は浩介。悠介の恋人で、一緒に暮らしてたんだ。浩希君達の事は、悠介から聞いてたよ。お手紙、ちょっとだけ読ませてもらってたんだ。悠介はね、笑わない人だったんだよ。あんまり笑わない、いつもは怒ってる様にも見える人なんだ。こんな風に笑ったのも、十何年ぶりだよ。」

 浩希君と悠介君は、俺が笑わない事は知らなかっただろう、浩介が説明すると、うーんって唸って何か考えてる。

「あのね、かあちゃがね、笑ってれば、いつか幸せになれるよ、って言ってたの!先生は、ニコニコしてないから、幸せじゃないのかな……。」

「……。幸せだよ。こうして君達に会えて、話が出来て、そして浩介達が一緒にいてくれて、生きてこられて。これから死んじゃうのは、確かに不幸かもしれない。でも、俺は幸せだったと思える様に生きてきたつもりだよ。笑えないから、幸せじゃないって訳でもないんだ。ただ、俺は笑うのが苦手でね。お父さんとお母さんと、弟に虐められてたんだ。笑うと不細工だ、お前は笑う権利がない、ってね。」

 虐め、って言う言葉を聞いて、浩希君は悲しそうな顔をする、悠介君もそれは同じだ。

 そんな二人とは対照的に、俺は微笑んでると思う、表情筋が衰えてるかもしれないから、それは不格好かもしれないけど、浩介の言う通り、三年ぶりに笑顔になってる。

「あのね、僕のお友達がね、いじめられてたの。転校しちゃったんだけど、それでも浩希は友達だよ!って言ってくれたの。でも、僕何も出来なかったんだ……。なのに、お友達だって言ってくれて……。」

「きっと、浩希君の想いが届いていたんだよ。君がそのお友達を想う気持ちが、離れ離れになったとしても、友達でいたいと思える位に、伝わってたんだよ。だから、きっとまた一緒に歩ける日が来るよ。浩希君達は、俺の言葉を知ってるだろう?」

「えっと、きっといつか、前を向いて歩けるよ!」

「そう、きっといつか、前を向いて歩ける日が来る。浩希君達がそうだった様に、そのお友達も、生きているかぎりはきっと、また一緒になれる日が来るかもしれない。友達だと思い続けて、繋がりを絶やさない限りは、きっとね。」

 浩希君は、ちょっとだけ涙を流してる。

 それはきっと、何も出来なかった事への後悔と、友達と会えなくなった事の寂しさだろう。

 でも、俺はそんな時にこそ、俺の言葉を思い出してほしい、そう願う。

「きっといつか……。僕、先生のお話を読んで、とうちゃとお話しようって思ったの。怖かったけど、でも、お話しないとだめだって。……。いつか、一緒になれるかな。」

「信じ続ける限りは、きっとな。」

 それは、残酷な嘘かもしれない。

 俺はその友達の本心を知ってるわけではない、面識があるわけでもない、どんな子なのか、想像する事しか出来ない。

 でも、転校する時に、浩希君に友達だって言ったって事は、そう言う事なんじゃないか、って思う。

 それは希望と言っても良い、きっと、きっと浩希君にそう言ったのは、虐めを受けていた中でも、友達でいたいと思ったからなんだろうって。

「はい!先生は、とうちゃ達と仲直りしたの?」

「ううん、してない。もう何年も会ってないな。俺が病気だって事も知らない、死んじゃう事も知らない。死んだとしても、知らせるつもりもないよ。」

「でも、僕達がお手紙書いた時、とうちゃと話してごらん?って言ってくれたよ?先生はしないの?」

「……。話し合い、なんて事をする位だったら良かったんだけどね。お前は俺達の子供じゃない、ってずっと言われ続けて、鬱陶しくなっちゃったんだ。ならいっそ、もういない人として扱ってくれた方がマシだって。君達も、いつかそういう人に出会うかもしれないね。家族を家族として扱わない、そんな人達がいるって。……。もしそう言われている子に出会ったら、今度は浩希君達が伝えるんだ。きっと、いつか前を向いて歩けるよ、って。」

 浩希君も悠介君も、悩んでる。

 もしもそういう人に出会ったら、なんて考えてるんだろうな、っていうのが良くわかる、真剣な眼で悩んでるからだ。

「悠介、難しい事言ってるんじゃない?この子達には、まだ早いんじゃないかな。」

「それもそうだな。ごめんよ、二人とも。」

「ううん!そうだ!恋人、って男の人同士なのにお付き合いしてるの?」

「そうだよ。俺と浩介は、小学生の頃からの付き合いだ。ゲイ、って言われる類の人間でね、男の人が好きになる男の人、の事を言うんだ。人間としては間違ってたとしても、子孫を残すのが生物として正しい形だったとしても、それでも、愛したいと思ったんだよ。」

 俺の言葉を聞いて、再び悩む二人がいた。

 恋愛は男女がするもの、って言うのが当たり前だと思う、だから、俺達の関係って言うのは、変に映っても仕方がないだろう。

 男の子は女の子が好きで、女の子は男の子が好きで、それが当たり前だから、男同士って言うのはわからないと思う。

「きっと、そういう人にも出会うと思う。これから先、もしかしたら男の子に好きだって言われる日が来るかもしれないね。そしたら、全部を受け入れてあげる必要はない、でも、そういう子もいて、それぞれが悩んでる、って事はわかってあげて欲しいんだ。無理して想いに応える必要はないんだ、でも、そういう人もいる、きっとその人は悩んでる、だから、傍にいてあげて欲しいんだ。」

「えーっと、うん!わかった!」

「僕もぉ!」

「ありがとう、浩希君、悠介君。君達がそう言ってくれると、俺も希望が持てるよ。」

 多分、きちんとは理解出来てはいないだろう、ふわっとした認識として、男同士で付き合う事がある、って分かった位だろう。

 でも、それで良い。

 小学生に教えるのなんて、その程度が丁度良い、難しい事を言いすぎて頭をパンクさせるより、そっちの方が良いんだろう。

「さて、サインをしようか。何か書いて欲しい事は……。」

「はい!あれ書いて欲しいな!」

「どれかな?」

「先生の合言葉!」

 合言葉、それは俺が浩希君に初めて手紙を貰った時に、これを合言葉にしよう、って返事を書いた事だろう。

「僕のも!」

「わかった。」

 二人から本を受け取って、表紙の裏のページにサインを書いて、言葉を添える。

「いつかきっと、前を向いて歩いて行こう。きっと、幸せになれるから。」

 そう書いて、本を二人に返す。

「わぁ!」

「すごぉい!」

 サインを見て、二人はきらきらと目を輝かせる。

 嬉しいな、俺なんかのサインで、こんなに喜んでくれるなんて、なんて思いながら、次の子が来る時間が来た。

 

 コンコン

「はい、どうぞ。」

「お邪魔しまーす。」

 次に来たのは、春ちゃんって言う俺達と同い年の子だ。

 ロングヘアをうなじで纏めて、前に持ってきて、サラサラとした髪の毛が印象的な子、だと思う。

 後、美人さんだ。

 俺が今まで見た事が無いタイプの、ホントに同級生なのかって位、大人びたタイプの美人さんだ。

「貴方が悠介君?先生って言った方が良いのかな?」

「どっちでも大丈夫だよ。でも、ここには悠介君がもう一人いるな……。」

「あらあら、この子達もファンレター送って他って子達ね!初めまして、私は国枝春、君達と同じで、先生に励まされたのよ。」

「こんにちは!浩希です!」

「悠介だよぉ!」

「あらあら、元気な子達ね。お姉さん、ときめいちゃうわ。そう、それで悠介君が二人、って事ね。じゃあ、先生って呼ばせて貰おうかな。先生、余命三か月って言われて少し経ったんでしょ?大丈夫なの?」

 春ちゃんは、ハキハキとした子だって言うのは手紙からも伝わってきてたけど、ホントにハキハキとものを言う子だ。

 美人だし、引く手あまたなんじゃないかなとも思うけど、気は強そうだ。

「大丈夫かって言われると、難しい問題かもしれないね。体は痛い、片肺を全摘出してるから運動系も出来ない、そんな所だよ。」

「悠介、そこまで話しちゃって良いの?」

「そうだな、春ちゃんは俺達と同い年だから、わからない事の方が少ないだろう。」

「……。貴方が浩介君ね、先生の手紙に書いてあった、先生の恋人さん。なんだか、お似合いのカップルで、ちょっと妬けちゃうかも。私、先生に恋してた気がするんだ。先生の作品に励まされて、まるで私に話しかけてくれてるみたいに思って、恋して。でも、恋人がいるんだ、って言ってたから、ちょっと嫉妬してたの。でも、貴方なら仕方がないかな、お似合いだもん。」

 春ちゃんは、浩介を見て、ため息を一つついた。

 俺に恋心を感じてる、って言うのは、手紙を通じて知ってた、だから俺は、正直に恋人がいる事を伝えてあった。

 それを知って、春ちゃんはちょっとショックだって、書いてあったけど、今では吹っ切れた、もう大丈夫だって、そう言って手紙のやり取りを続けてた。

「先生の言葉って、誰かに届けたいって言う想いが強いと思うの。まるで、私にそれを言ってるんだ、って想っちゃう位、きっとそれを言いたい人は、でも違うんだろうって。でも……。でも、ずっと励まされてたから、一回で良いからお礼を言いたかったんだ。ありがとう、先生。私、貴方に生きても良い理由を教えてもらったの。」

「春ちゃんさん、生きても良い理由ってなあに?」

「そうだね……。生きても良い理由、生きていく理由、生きたい理由。私、死のうと思ってたんだ。会社で上司を上手くいかなくて、仕事を辞めちゃって、それ以来仕事が見つからなくてね。お父さんとお母さんは、ゆっくり探していけば良いよ、って言ってくれたんだけど、私自身が焦っちゃったんだ。それで、いっそ死んだ方が良いのかなって思ったときに、先生の本に出会ったんだ。本なんて普段読まなかったんだけど、死ぬ前に一個位心に留めておくのもありかな、って思ってね。……。その時、先生が書いてた、いつか、前を向いて歩いていけるよ、って言葉に、救われたんだ。」

「じゃあ、僕達と一緒だ!」

「そうだよ?私、その言葉を読んで、もうちょっと頑張ってみようって思えたんだ。」

 浩希君が、生きても良い理由って言うのが不思議だったのか、うーんって唸りながら質問をしてる。

 春ちゃんは、それに答えるのも吝かじゃない、って感じで、懐かしい事を思い出してる目で、思い出話をし始める。

「私ね、虐められてたの。子供の頃も、会社に入ってからも。妬みっていうのかな、顔が良いから、って言う理由で、女子とか女の上司から虐められてて、言い返してたりもしてたんだけどね。でも、会社ってそう都合のいい所でもないから、私が辞める事になったんだ。人間不信、って言ってわかるかな?人の事が信じられなくなっちゃって、私はもう何処にも居場所が無いんだ、って思って……。それで、死んじゃおうって思ったんだ。」

「春ちゃんが俺の作品を手に取ったのは、丁度その頃だって言ってたね。」

「うん。それで、先生の作品を読んで、今は後ろを向いてても良いんだって、思ったんだ。いつか、前を向いて歩けるんだって。きっと、その言葉に励まされた人、多いんじゃないかな。私だって、その言葉があったから、生きてるんだもん。」

「春ちゃんさん、虐められてたのぉ?」

「うん。ずっと、同じ女の子に虐められてた。転校してからも、何度も嫌がらせの電話して来たり、そんな感じ。それに、会社に入ってからは、リーダーの人にずっと嫌がらせされてたんだ。だから、私は生きていけないんだ、生きていてはいけないんだ、って思っちゃったの。虐められてる方にも原因がある、なんて事も言われたかな。でも、先生にファンレターを送ってみて、手紙のやり取りをして、こう思ったの。どう考えたって、虐めをする方が悪くて、私は堂々としてれば良いんだ、って。だから、今の会社では、良い感じにやれてるよ。」

「……。春さんは、強いんですね。僕だったら、多分耐えられなかったと思います。悠介の作品のおかげって言ったら変かもしれないですけど、それでも悠介の作品が力になってくれたのなら、僕も嬉しいですよ。」

「浩介君、敬語なんて使わないで良いよ?私達、同い年でしょ?」

「……。ありがとう、春ちゃん。春ちゃんは、悠介の事が好きだったの?」

 浩介が、春ちゃんに聞く。

 きっと、って言うか、それは確定事項みたいなものだ、春ちゃんははっきりと、手紙の中で俺に恋をした、って書いてた。

 だけど、それは浩介には伝えてなかった、伝える事でもないかな、って思ってたから、言うのを忘れてた。

「うん、好きだった。でも、貴方達を見てたら、出る幕はないんだなって、すぐわかったよ。……。本当にお似合いのカップルだよ、

貴方達。私、応援してるからね。」

「春ちゃん……。ありがとう、僕達の事をそう言ってくれて。」

「僕達も先生達の事応援してるよ!」

「ねぇ!」

「あはは……。僕の方が恥ずかしくなっちゃうよ。ありがとう、二人とも。二人にも、いつか素敵な恋人が出来ると良いね。」

 俺が黙って、浩介が少し話をする。

 相田さんはもう一人を迎えに行ってて、席を外してる。

「先生、サイン貰っても良い?君達は、何か書いてもらったの?」

「うん!これ書いてもらったの!」

「じゃあ、私のにも同じ事書いて貰おうかな。皆の合言葉って事でさ。」

 そう言って、春ちゃんは本を出してくる。

 俺は浩希君達に書いたのと同じ言葉を書いて、サインをして春ちゃんに返す。

「ありがとう、先生。私、頑張れそうだよ。」

「それは、君自身の力だ。俺は何もしてないよ。」

「そうかもしれないね。でも、きっかけをくれたのは、貴方だよ、先生。」

「……。ありがとう、そう言ってくれるなら、書いた甲斐があるもんだ。」

 ホントに伝わってほしい人にはなかなか伝わらない、って言う愚痴が俺の口癖みたいになってる中、こうやって俺の作品に勇気を貰えたって言うのは、嬉しい限りだ。

 本心とは違う、思った事とは違う結果だけれど、それでも良いのかもしれない、って。


「坂入さん、四人目の子、来ましたよー。」

「はい、どうぞ。」

「初めまして!あたし綾、よろしくね、先生!」

「綾ちゃん、来てくれてありがとう。」

 四人目、綾ちゃんは、春ちゃんとは対照的で、可愛らしい美人さん、って言う感じの風貌だ。

 ショートボブの髪型が幼さに似合ってると言うか、二つ下とは思えない位、童顔だ。

「先生、もう治らないんだって……。でもあたし、会っておきたかったんだ。」

 綾ちゃんは、会ってそうそう泣きそうな顔をしてる。

 綾ちゃんは、俺の小説を読んだ頃、彼氏さんと死別した、って言ってた、それを思い出しちゃってるのかな。

「あたしが好きになった人って、なんでみんな死んじゃうんだろうね……?先生の言葉で立ち直れたのに、またお別れだって……。でも、先生に会いたかった、直接お礼を言いたかったの。だから、ありがとう、先生。あたしに力をくれて、勇気をくれて、想いをくれて。」

「……。きっと、綾ちゃんの事を彼氏さんは見守ってくれてるよ。俺は死後の世界だなんんて信じてないけど、きっとね。」

「……!」

 綾ちゃんは、その場で崩れ落ちて、泣き始めちゃう。

 困った、と思いながら、少し重たい体を動かして、ベッドから降りて、綾ちゃんの横にしゃがみこんで、肩をたたく。

「大丈夫、俺がいなくても、君は生きていける。だって、色んな人が、君の隣に、傍に医いてくれるから。だから大丈夫、きっといつか、……。きっといつか、前を向いて歩ける。俺は、そう信じてる。君が今見えてなかったとしても、君にとって今が孤独だったとしても、きっと。きっと、沢山の人が、君を支えてくれるよ。」

「でも……、でもさ……!死んじゃうんでしょ……!?先生、死んじゃうんだよ……!?」

「……。そうだね、俺はもうすぐ死ぬ、それは避けられない事だと思うし、変えられない未来だと思う。でも、だからって、全部がなくなる訳じゃない。俺が死んだとしても、俺の意思は、俺の想いは、なくならない。ここにいる皆の中で、生き続けるんだ。」

 浩希君と悠介君は、どうしようどうしようって慌てて、春ちゃんは綾ちゃんの想いがわかるのか、少しだけ泣いてる。

 浩介と相田さんは、黙って俺の話を聞いてて、綾ちゃんは涙を流しながら、俺に想いをぶつけてくる。

「死んじゃったら……、全部、終わりじゃない……!想いなんて……、残った所でさ……!」

「……。きっと、意味はある。俺の意思には、想いには、きっと意味がある。君達の中に残る、俺の言葉には、意味がある。それはよくわかっているだろう?だって、君は顔も知らない、小説でしか触れなかった俺の言葉に、励まされたって言ってくれたじゃないか。俺の想い、それを受け取ってくれた証拠だ。俺は死ぬ、それは変わらない未来で、遠くない近い将来の話だろう。でも、君達の中で生き続ける、俺は、君達が俺の言葉を覚えていてくれる限り、ずっと傍にいる。だから……。だから、今は辛いかもしれない、悲しいかもしれない。でも、いつかきっと、前を向いていける。俺は、そう信じてるから、そう書いたんだ。」

「でも……!」

「遺される悲しみ、それを俺は知らない。だから、無責任な事を言ってるのかもしれないね。でも、遺してしまうんだから、伝えたい事は伝えておきたいんだ。……。遺して行きたくない、もっと一緒にいたい、それは俺も一緒だ。でも、それはもう出来ない、出来ないから、こうして伝えなきゃならないと思ったんだ。」

 綾ちゃんは、俺に縋りつきながら、涙を流してて、浩介達は複雑そうな顔をしてる。

 それもそうだ、俺が死ぬ事は確定事項だ、それは近い未来の話だ、と言ってるんだから、そんな顔になっても仕方が無いと思う。

「俺は今日、皆に会えて良かったと思ってる。それは、近い未来の別れへの準備かも知れない、でも、生きてるうちに会えて良かった。」

「先生……。」

「君達も、それは変わらないって、信じてる。きっと、今日の出会いは素敵なものなんだって、大事な事なんだって。俺はそう信じてる、だからこそ、病院に無理言ってここに来てもらったんだ。」

 それはきっと、意味のあるものだと信じてる。

 俺は口が下手くそで、物語にしか想いを描けない、本心なんて語った事は殆どない。

 でも、それは今までの話だ。

 今は違う、こうしてこの子達と会う事は、俺にとっても。

 俺にとっても、大事な事だったんだ。

「だから、笑うんだ。綾ちゃん、厚顔不遜に、大胆不敵に、笑うんだ。笑って笑って笑い続けて、幸せだって言う人生を送って、最期に少しだけ涙を流して。……。笑顔が似合うよ、なんて安っぽい言葉かもしれないけど、君達は泣いているより笑顔でいる方が、きっと素敵だ。」

「悠介……。」

「綾ちゃん、貴方も知ってるよね。先生は、伝えたい思いがあって、その人だけに届けたくて、それを書いてたって。それは私達じゃない、私達は、偶然に物語に出会って、そして救われたのだから。……。だけど、先生はそれを、嬉しい事だって言ってくれた。わかる?まったくの他人だった私達が、勝手にメッセージを受け取った事、勝手に勇気を貰ったなんて言った事を、嬉しい事だって、言ってくれたんだよ。なら、ここで泣いちゃだめだよ。泣くのは、先生が死んじゃった後でも遅くない。今は笑って、それで先生と話して、先生は間違ってなんかいなかった、先生は誰かを助けたんだって、教えてあげないと。」

 俺が言葉を止めると、春ちゃんが綾ちゃんの肩を掴んで、話をする。

 それはその通りだ、俺はこの子達に向けて話を書いた訳じゃない、伝えたい相手がいて、その為のツールとして小説を書き始めた。

 でも、嬉しかった、誰かの力になれてたんだ、誰かの助けになれてたんだって、思った時は、嬉しかった。

「ごめん……、なさい……。あたし……。」

「貴女は間違ってない、でも、先生を困らせちゃ駄目だよ。先生だって、私達が泣くのなんて望んでない、笑顔でいてほしいんだって、きっと思ってる。だから……。だから、笑おう?きっと未来があるんだって、先生に見せてあげないと。」

「綾ちゃんさん、よしよしだよ!」

「よしよしー!」

 浩希君と悠介君が、頭を撫でてる。

 皆、悲しいんだと思う。

 俺の死を知って、遠く離れた場所に行ってしまう事を、悲しんでるんだと思う。

 それは嬉しい、そう思ってくれる事自体は嬉しい。

 でも、泣いては欲しくない、笑っていて欲しいんだ。


「あたし、まだまだ駄目だね……。こんな小さい子達に慰められるなんて,思わなかったわ……。」

 ちょっと時間を置いて、綾ちゃんが落ち着いた。

 まだ涙の跡は残ってるけど、もう泣いてはいない。

「綾ちゃんさん、もう大丈夫?」

「うん、ありがとう、おチビちゃん。お名前、聞いても良い?」

「浩希だよ!」

「悠介だよぉ!」

「先生と同じ名前なのね、じゃあ、先生って呼んだ方が良いかしら。」

 先生、って呼ばれるのも少しかゆいって言うか、まあ恥ずかしいんだけど、呼び方まで強制する訳にもいかないし、言いたい様に呼ばせるのが一番かなとも思う。

「サイン、貰ったの?」

「うん!」

「もらったぁ!」

「じゃあ、あたしも貰おうかな。先生、お願いしても良い?」

 そう言って、綾ちゃんが本を出してきて、俺は三人にしたのと同じサインをする。

 これはここにいる皆の合言葉、きっと、皆に必要な物になる、って信じてる。

「ありがとう、先生。」

「いえいえ、これ位どうってことないよ。」

「先生はさ、死ぬ事は怖くないの?私、死んじゃうって考えた時、すっごく怖くなったんだ。でも、先生を見てると、そんな風に見えないよ?」

「……。怖くない、って言えば嘘になるかな。でも、だからって怯える必要は無いと思ってる。死って言うのは、誰にでも平等に訪れる事、生まれる事と死ぬ事だけは、人類や生命が持つ、権利と責務だと思ってるから。強いて言うのなら、寂しいかな。皆を遺して逝ってしまう事、浩介を遺して逝ってしまう事が、寂しい。」

「悠介……。」

「だから……。だから、俺は……。」

 これ以上は言えない、言わない、今は言いたくない。

 きっと、この想いは生涯言わないんだろう、俺は、伝えるのが下手だから。

「先生?」

「何でもないよ。俺は、書けるうちは書き続ける、それが誰かに届いてくれる、それは僥倖かもしれないけど、嬉しい事だ。」

「ぎょうこう、ってなあに?」

「そうだな……。僥倖って言うのは、たまたま起こった幸せ、偶然に起きた幸せの事だよ。君達に俺の言葉が届いたのは、まさに僥倖だろうね。」

「先生、伝えたい人がいる、って言ってたものね。その人には伝わったの?」

「それがな、中々どうして伝わらないんだよ。俺は、たった一人に向けてずっと書いてたのに、その人には伝わらない。すれ違ってる訳じゃないかもしれないけど、どうすれば良いのか、わからないな。」

 小学生に僥倖は難しすぎたかな、と思って、かみ砕いて説明する。

 俺の小説には、浩希君と悠介君には時々わからない言葉が出てきて、それを調べてりもするらしいんだけど、そもそもが漢字が読めなかった場合は、手紙にその言葉を転写して、どういう意味なの?って聞いてきてたっけ。

 綾ちゃんは、伝えたい人がいる、って言うのには気づいてたみたいだ、それが誰なのかも、たぶん気づいたんだろう。

 何かを言おうとして、黙る。

「悠介はさ、届けたい想いがある、ってずっと言ってるもんね。でも、誰なのかは教えてくれないし……。この際だから、聞いておきたいな?」

「……。今はまだ、言えないな。恥ずかしいって言うのもあるけど、俺はそれを言葉にする術を知らない。これだけ小説を書いて、物語を紡いできたって言うのに、それだけを言葉にする事が出来ないんだ。」

「はい!先生は、本を書く時に難しい言葉を使ってるよ?」

「……。伝えたい気持ちと、書きたい心、それはちょっとだけ違うんだよ、浩希君。伝えたい事があって、書き始めた小説だったはずなのに、気が付いたら、それでしか伝えられない様になっちゃってたんだ。難しい問題かもしれないね、なんでだろう、俺もわからないんだ。小説を通して、やっと本心を言える様になったのに、今度は小説でしか本心を言えなくなった。……、不器用なんだろうな、きっと。」

 浩介の質問には答えられない、言葉がつっかえちゃって、言葉が出てこない。

 浩希君が、不思議そうに俺の顔を見てる、他の三人も同じ様な感じだ。

 これを伝えたい、これだけを伝えたい、って言う想いがあるはずなのに、それが言えないんだ。

「……。悠介は、本心を話すのがとても苦手だからね。仕方のない事なのかも知れない。でも、いつかは聞きたいな、悠介の心。」

「きっと、いつかな。」

 ちょっとだけ、浩介が寂しそうな顔をする。

 それは、近い将来の俺との別れ、それを理解してるから、だと思う。

「先生、浩介さんの事大好きなんだね。」

「ん?……。そうだな、大好きだ。世界の誰よりも、七十億人の人間の中で、一番好きだ。」

 これ位の事なら言える、これ位、なんともない。

 本心じゃないから言える、って訳でもない、本心ではある、ただ、言いやすい言葉と言いづらい言葉があるってだけだ。

「さ、今日はここまでにしましょうか。あまり長居するのも、病院側に注意されてしまいますから。」

「先生、また来ても良い?」

「いいー?」

「何時でもおいで。ただ、お父さんとお母さんには伝えるんだよ?何も言わないで来ちゃ駄目だ、それは約束だよ。」

 相田さんが時間を気にして、浩希君達がまた来て良いかって聞いてくる。

 勿論良い、俺としても、話し相手が増えるのは嬉しいし、この子達に、まだ教えられる事がある、って言うのも嬉しい。

 それは、俺に遺された最期の役割かもしれないから、って。


「悠介、お疲れ様。」

「ありがとう、浩介。」

 五人が帰って、浩介と二人になる。

 浩介は、緊張がほぐれたって顔してて、俺もきっと、緊張してたんだと思う。

 ただ、久しぶりに心から笑った、それは収穫だと思う。

「悠介が笑う所、久しぶりに見たよ。三年ぶりかなぁ。」

「そんなに経つか?」

「うん、普段はぎこちないって言うか、不器用に笑うから。心から笑ってる所って、久しぶりに見たよ。」

 ちょっとだけ恥ずかしい、それは浩介に見られた事じゃなくて、笑う事が少ないからだ。

 いっつもしかめっ面、眉間の皺が取れない、なんて悩んでたもんだから、笑うって言う習慣がない、だから、笑うのが苦手だ。

「悠介の笑顔って、やっぱり素敵だよ。ずっと笑っていられたら、ってずっと思ってたんだ。」

「そうか?鏡見て笑って見た時、すっげぇ不細工だったぞ?」

「それは作り笑顔だったからだよ、きっとね。悠介は素敵な人だよ、笑顔が良く似合う、素敵な人。心を閉ざしてしまっただけで、失ったわけじゃない、そう言ってたでしょう?」

 確かにそう言った事がある、俺は心を閉ざした、でも失ったわけじゃないんだ、って。

 心を閉ざした。

 それは、家族や学校で、友達を作ろうとしない、って言う意味で言った、そして浩介は、そんな俺の隣にいてくれた。

 だからこそ、告白したんだ、だからこそ、浩介を愛しているんだ。

「心を閉ざしたつもりになって、一人で生きていこうとして。そんな俺を、浩介は見捨てないでいてくれたんだ。感謝してるよ、ずっとな。」

「だって、ほっとけなかったんだもん。悠介って、属さないって言うか、孤高の人って印象だったけど、とても寂しそうだったから。」

 事実、寂しかった。

 家族と馴染めなかった、弟と差を付けられて育ってきた俺は、ずっと独りきりなんだと思ってた。

 小学生の頃にそんな事を思ってたんだ、相当な環境だったんだな、って今でも思うけど、そんな俺を、浩介は拾ってくれたんだ。

 しかめっ面してた俺に怖がらずに話しかけてくれて、友達になってくれて、それで恋人になってくれて。

 感謝してもしきれない、それなのに、その恩も返せずに、俺は死ぬ。

「……。浩介、俺が死んだら……。」

「死んだら、の話は嫌だよ、悠介。僕は、悠介に生きていて欲しいんだから。」

「……。ごめんな、忘れてくれ。」

 そろそろ点滴の時間になる、面会時間も終わる。

 浩介は、寂しそうにそう言うと、病室を出ていった。


「浩にぃ、悠にぃのサイン会どうだった?」

「うん、立派だったよ。先生って言われてる所見ると、本当に作家さんなんだなって思うよ。」

「どんな子達だった?」

「皆優しい子達だったよ。悠介が会いたがるのも、わかる子達だった。」

 浩介が帰ってきて、悠治が夕食を準備しながら、質問をしていた。

 悠治は、自分も行きたかったけど、と思いながら、悠介が作家として話をしている姿を想像して、笑う。

 今日は久しぶりにがっつりと筋トレをしてきた、悠介の為にも、自分達が頑張らなければ、と思っての事だ。

「僕も行きたかったなぁ。悠にぃが先生って言われてる所、ちょっと見たかった。」

「そうそう、悠介、何年かぶりに笑ってたよ。浩希君と悠介君の事見て、素敵な笑顔になってた。」

「そうなの?悠にぃをそんな笑顔にさせるって、どういう子達なんだろう?浩にぃはどう見た?」

 悠治は教員として、現在は副担任をしている身だ。

 子供のいる環境と言うのが普通で、悠介も子供相手になら笑うのか?と考える。

 しかし、それは少し違う気がする、悠介が笑う、という事は、余程嬉しい事が会ったのだろう、その浩希君と悠介君、と言う二人が、余程素敵な子達だったのだろう、と思い返す。

「素敵な子達だったよ。勉強家って言うか、わからない事はちゃんと質問するし、いい返事をするし、笑顔は可愛かったし。まだわからない事ばっかりだと思うのに、それを教えてもらう事が嬉しいみたいだったよ。」

「小学六年生と四年生だっけ?じゃあ、まだまだ子供だ。悠にぃの本読めるって事は、結構頭は良い方なんだろうね。僕だって、国語の先生してるけど、時々悠にぃの言葉ってわからないもん。」

 悠治の言うわからない、は誰に対する想いなのかがわからない、と言う意味だ。

 中学で国語科を教えている身なのだから、言葉の意味は分かる、ただ、あの悠介が、そこまでして伝えたい言葉、その意味がわからない、と言う事だ。

 悠介は本心を語りたがらない、本音と言うのを言わない、言葉を飾る事はあっても、心を打ち明ける事が無い。

 だから、悠治も浩介も、初めて悠介の小説を読んだ時には驚いた。

 そこには、誰かに向けた、悠介の心が書かれていたのだから。

「悠介にさ、誰に向けた言葉なの?って聞いてみたんだ。」

「どうだったの?」

「教えてくれなかったよ。今は言えない事なんだ、って言われちゃった。」

 それが誰なのか、知りたいと願うのは、純粋な気持ちだろう。

 浩介も悠治も、悠介の本心を殆ど聞いた事が無い、そんな悠介が、三年も掛けて、誰かに想いを伝えようとしている、それは誰なのか、と。

 浩介は、自分以外の誰かに、あれだけの熱意と想いを籠めて小説を書いている、という事に、少し嫉妬心もあった。

「悠にぃ、後どれ位生きていられるんだろうね……。」

「わかんない。でも、生きていて欲しいなぁ。いつか悠治が恋人でも連れてきてさ、二人で一緒に、僕達の弟をお願いします、なんて言いたいなって、思ってたから。」

 それは叶わない願いなのかもしれない、願ってはいけない事なのかもしれない。

 しかし、願わずにはいられなかった。

 生きていて欲しい、一緒に生きていきたい。

 そう願う事の、何が間違いなのだろうか、と。


「ふー……。」

 夜十時、普段なら寝てる時間なんだけど、ちょっと痛みで眠れないから、巡回の看護師さんが来ない内にちょっとだけ小説を進める。

 これが、俺の遺作になるだろう、最期に各作品になるだろう、それはわかってた。

 ただ、書き上げたい、最期なのだから、想いを沢山伝えたい、伝わって欲しい想いを、全て載せたい。

 だから、丁寧に書く、丁寧に、けど急いで、死んでしまう前に、書き上げたい。

 痛みも、だいぶん強くなってきた、そろそろ、動けなくなる日も近くなるだろう。

 だから、だから。

 だから、書き上げたい。

「……。」

 書き上げられるだろうか、進捗的には九割程度、後一割を書き上げられれば、俺の役目は終わる。

「……。」

 皆を遺して逝くのは悲しい。

 今日初めて会った、けどずっと手紙のやり取りをしてた、浩希君達、春ちゃん、綾ちゃん、悠治、そして浩介。

 俺にとっては大切な家族、友達、生徒を置いて逝ってしまうのが、悲しい。

「しゃっきりしろ。」

 そんな事を考えてる時間はない。

 俺には時間が残されてない、雑念で苦しんでる時間もない。

 後悔の念に苛まれてる時間なんてない、遺された時間はあと少しだけだ。

 書こう、書き続けよう。

 それが俺に出来る事、俺にしか出来ない事、そして俺に残された手段なんだから。

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