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夢の中で

「坂入さーん、朝ですよー。」

「ふあぁ……。もう朝?」

「はいー、点滴のお時間ですから、目を覚まして下さいな。」

 痛みで中々眠れなくて、結局寝たのは日が変わったくらいだと思う。

 目が覚めた、って言うか起こされたのが朝七時、今日の早番の看護師さんは加納君、俺より年下のちょっと緩い雰囲気の男の子だ。

「だいぶ痩せちゃいましたねぇ、坂入さん。あんなにふくよかでしたのにー。」

「そうだね、だいぶ痩せてきたね。加納君、彼女さんは元気かい?」

「元気ですよー?ただ、僕が休日も関係ない仕事だって言うのが、ちょっと嫌だって言ってましたけどねぇ。」

「まあ、若いうちは我儘もあるだろうさ、それを乗り越えて、初めて愛が生まれるんだから。乗り越えてみなさいな、俺はそれを見届けられないけど、加納君ならきっと大丈夫だ。」

「患者さんに励まされるって、ちょっと違和感あるですけどねぇ、坂入さんの言葉って、不思議と入ってくるんですよねぇー。さ、じっとしててくださいな。」

 加納君、ちょっと複雑そうな顔をしながら、てきぱきと点滴を変えてる。

 点滴になってから久しい、もう胃も使えないから、って言われたのが確か二か月前だったかな。

 点滴になったはじめは、お腹空いてたまらなかったけど、空腹感も慣れてくるって言うか、暫くしたら慣れた。

 だから、じゃないけど、百キロあった体重が七十キロって言われて、皮が余った状態って言うのも、見慣れてきた。

「はい、お終いですー。それじゃ、痛かったらナースコールお願いしますー。」

「はい。」

 そう言って、加納君は他の患者さんの所に行く。

 さて、点滴打ってる真っ最中だけど、今日は土曜日、浩介が朝から来てくれるだろうし、今のうちに書けるだけ書いておこう。

 そんな事を考えて、サイドテーブルからパソコンを取って、ベッドのテーブルにおいて、作業開始だ。


「悠介、来たよ。」

「おはよう、悠にぃ。」

「お、悠治も来てくれたか。ありがとな。」

 朝九時、面会時間が始まって少し経って、執筆もある程度纏まった所で、浩介と悠治が来てくれた。

 二人とも、少しやつれたって言うか、浩介は元々痩せ気味だったのが少し頬がこけてきて、悠治は筋肉の量が減ったんじゃないかなって、改めて思う。

 入院して半年位、二人の生活もまだまだ落ち着かないみたいだ。

「果物、買ってこようと思ったんだけどさ、悠介はもう食べれないって言ってたし、食べたくても……。ごめんね、そんな事言わなくてもいいのに。」

「ありがとう、浩介。果物なんて食べてないからなぁ、食べたいよ。」

「でも悠にぃ……。」

 点滴になっちゃったんだろう?は聞かなかった、聞こえなかった。

 浩介も悠治も、そこで言葉を詰まらせて、言葉が一瞬止まったから。

 ただ、言いたい事はわかった、きっと、それは二人の善意である事もわかってる。

 だから、咎めるとかするつもりはない、それは事実なんだから。

「俺が食べれたら、三人で感想なんて言って、なんて出来たんだろうけどな。……。俺も言葉が悪かったな、ごめん。」

「ううん、悠介は悪くないよ……。」

「そうだよ……。」

 お互い、まだまだ何を話して良くて、何を話しちゃいけないのか、の認識が甘いんだと思う。

 点滴になってから二か月、もう二か月も経ったのか、とも思えるし、逆にまだ二か月しか経ってないのか、とも言える。

 二人にとっては、まだ二か月しか、なんだろうな。

「桜、綺麗だな。」

「うん、そろそろ満開になるんじゃない?」

「僕の会社の近くも桜咲いてるから、今度悠にぃに写真撮ってこようか?」

「それは嬉しいな。写真だけでも、外の景色を眺めるって言うのは、心の潤いになるから。」

 窓から外を見れば、中庭に咲いた桜が綺麗だ。

 ただ、まだ満開じゃない、八分咲きって感じで、これから満開になって、あっという間に葉桜になって、来年の開花の準備をして。

 そんな事ももう見れなくなる、来年の今頃には俺は、生きてないだろうから。

 寂しいと思う、でもそれは、遺された側の言うべき事であって、俺の言う話じゃない。

「……。ねぇ悠にぃ、退院したら、何処か旅行でも行こうよ。三人で、一緒にさ。」

「ん?そうだな、もしも退院出来たら、それも良いかもな。俺も根詰めて書いてるから、息抜きには丁度良いかもしれないな。」

「今はどんなお話書いてるの?」

「……。今は内緒だ、書きあがったら、二人に最初に見せるよ。」

 俺の職業は小説家、デビューしてまだ三年位だけど、意外に売れてくれてて、一応保険料なんかを払う位の稼ぎはある。

 担当編集の相田さんは、病気療養にしますか?って言ってくれたけど、何もしないままでいるのもつまらないし、幸いな事にノートパソコン一台あれば仕事は出来る、だから、書き続けてる。

 今書いてる話は……、内緒だけどな。

「悠介の作品ってさ、沢山の人に向けた言葉じゃないよね。伝えたい誰かがいて、その人に向けてメッセージを伝えてる、って感じがするよ。」

「そうだな、基本的なスタンスがそうだって言う話でもあるけど、俺は大衆向けの作品って言うのは肌に合わないらしくてな。書こうとしても書けないんだよ。」

「でも、悠にぃらしいや。素敵な事だと思う、きっと、その人には伝わってるよ。」

 でも、思った人には届いてないんだよな、なんて心の中で呟いたり。

 究極、俺が小説家になったのは、たった一人に伝えたい事があるから、それだけだ。

 ただ、回りくどすぎるのか、中々その相手には届いてくれない。

 直接言えば良いのに、なんて言われそうだけど、生憎と俺はそういう気の利いた言葉を書けるけど掛けられない、だから小説に直して書いてるんだ。

「伝えたい言葉、って言うのは、中々伝わらないもんだよ。」

「そうなの?」

「そうだ、中々伝わってくれない。これが難儀だ、俺の言いたい事を、一から十まで書いてるつもりなんだけどな、気の利いたセリフなんてのも、書けないもんだ。」

「悠にぃの文章って素敵だと思うけどなぁ……。」

 ホントにこの兄弟は、なんて思ったり。

 作家になってから三年間、専業作家になったのが、結局仕事を辞める事になった半年前、ずっと同じ事を書き続けてるのに、中々意図は伝わってくれない。

 ホントに、書きたい事を書いて、伝えたい事を書いて、書き続けて、それでも伝わらないんだから、筋金入りの鈍感だよ。


「それじゃあ、また明日来るね。」

「悠にぃ、お大事にね。」

「ありがとう、二人とも。」

 昼食時にあり、悠介は点滴があるから、と浩介と悠治は病院を出て、たまには二人で外食でも、と近所のファミレスに足を運んだ。

「悠介、小説の話になると少し難しい顔するよね。なにかあったのかなぁ。」

「なんだろうね?僕もわかんないや。」

 二人揃って小首を傾げる、今日も悠介は浩介に手紙を渡したが、浩介は相変わらず読むつもりはない様子だ。

 今まで受け取った手紙の数が、もう百通を超える程度になってきた、浩介は、いつか悠介が逝ったらの事を考えて、取っておいているが、読んではいない。

 一通も読んでいない、それは悠介の死を呼び寄せてしまうから、と本気で思っているからだ。

 最初は、読んで見ようかとも思っていた、だが、悠介から渡された時に、これは遺書だと思ってくれ、と言われ、読むのが怖くなった、と悠治は聞いていた。

「悠介もさ、ずっとお手紙書くの辛くないのかな?だって、自分はもう死んじゃうっていう話を、ずっとし続けてるんでしょう?僕、怖いよ。読んだら、本当に悠介が死んじゃう気がするから。」

「……。確かに、悠にぃはなんで、ずっと書き続けてるんだろうって思うなぁ。だって、一通あれば十分でしょ?毎日一通って、同じ事書いちゃったりしないのかな。」

「わかんない。読んでないから……、いつか、悠介が死んじゃったら、初めて読むかもね。」

「でも、治って欲しいよね。」

「うん。」

 昼食のメニューを眺めながら、浩介は眉間にしわを寄せている。

 悠介の精神性、それはそもそも少し変わっている、とは思っていたが、ここまで頑固だとは思わなかった、ここまで頑なに、読むまで書き続けると言われるとは思わなかった、と言うのが正直な所だろう。

 断れば、悠介の事だ、きっと浩介を気遣って手紙を書くのを止めるだろう、と悠治も思っていたから、二人の心境は同じ様なものだ。

 何故、頑なに書き続けるのか。

 小説もそうだ、二人は知らない誰かの為に、悠介は三年間ずっと小説と言う手紙を出している、それが誰かまではわからないが、ずっとだ。

 もう十冊程度になるだろうか、悠介の書籍には必ずこの言葉があった。

「きっといつか、前を向いて歩いていけるから。」

 この言葉は、悠介にとって座右の銘とでも言えば良いのだろうか、浩介と悠治も言われた事があった。

 浩介と悠治は、家族ととても仲が良かった、そんな家族、両親が事故で亡くなった時に、二人の頭を撫でて悠介はその言葉を口にした。

 二人はそれが嬉しかった、前を向いて歩くのには何が必要で、などと講釈を垂れる訳でもなく、ただただ寄り添って、きっといつか、と言ってくれた悠介の言葉が。

 そして、悠介は今、それを他の誰かにも届けようとしている、それが誰なのか聞いた事もあったが、悠介は答えてくれなかった。

 嫉妬、とは少し違う感情かも知れないが、自分達だけに掛けてくれた声だと思ったら、他の誰かにも言っていた、と言うのが少し不満とでも言えば良いのだろうか。

「悠にぃがあそこまでして伝えたい相手、って誰なんだろうね?」

「さぁ……?僕も悠介の事一から十まで知ってる訳じゃないから……。僕の知らない交友関係とか、そう言うのがあるのかなって。」

 悠介は語りたがらない、秘密主義と言う程ではないが、隠している事や言わない言葉の方が多い。

 それを発露する為に小説を書いてるんだ、とは言っていたが、確かに悠介の小説には、悠介の秘めた想いの様な言葉がたくさん詰まっていて、だからこそ、浩介と悠治は、それが自分達以外に向けられていると思うと、少し不服なのだ。

「こちらドリアでございます。」

「あ、僕です。」

「こちらハンバーグセットになります。」

「はーい、ありがとうございます。」

 浩介はドリアを、悠治はハンバーグセットを食べながら、考える。

 悠介がそこまで執心している相手、小説に書き起こしてまで、伝えたい言葉がある相手、とは誰なのかを。


「坂入さーん、軽くお散歩でもしますかー?外はいい天気ですよー?」

「加納君、ありがとう。丁度良い所まで行ったから、お誘いに乗ろうかな。」

「また小説書かれてたんですかー?」

「うん、書いてた。俺に出来る事って、もうこれだけだと思ってるから。」

 昼下がり、小説がひと段落した所で、加納君が散歩に連れ出してくれる。

 末期がん、って言われる部類の人間が、普通散歩するのかどうかは知らない、でも、俺はまだ動けるから、動ける範囲で動いてる。

 そうしないと、筋力がどんどん落ちて、いつか立つ事も出来なくなるだろうから、軽い運動って言うか、体に障らない程度の軽い散歩はありがたい。

「坂入さんの書く文章ってー、想いが詰まってますよねぇ。沢山の想いが詰まってて、普段の坂入さんとは別人みたいですよー?」

「……。そうだね、俺は口下手だから、小説に書き起こした方が想いを伝えられる、って思ったんだ。作家になろうと思ったきっかけだって、そういう理由だよ。」

「難しいんですねー……。僕、思った事はすぐに言う、が信条ですからー。」

 難しい事を簡単に言う子だな、って言うか、

俺が口下手過ぎるだけなんだけど、加納君と俺は確かに正反対だと思う。

 浩介にも言われた事がある、言いたい事はちゃんと伝えた方が良いって、でも俺は、それが出来ないから、こうして小説に認める事にしたんだ。

 それが伝わってくれるかどうかはわからない、でも、何も言わずにいるよりは、幾分かましだろう、って。

「坂入さんは文才はあるんですけどねぇ……。なんだか、口下手なのに文章が上手って、ちょっと変わってますねぇ。小説家さんって、もっと言葉が上手なんだと思ってましたよー?」

「俺がおかしいだけだよ、きっと。俺は声に出すのが苦手だから、文章に想いを乗せる事を選んだ、ある意味、言葉にする事から逃げたんだ。言える事は言った方が良い、それが正しいと思う。でも、それが出来ないなら、出来ないなりにやろうって思ったんだよ。」

 中庭に出て、春風を少し感じながら、桜を眺める。

 八分咲きの桜は、なんだか少し切なくて、それでいて美しくて、不完全な美学って言うか、完成されたものだけが評価される訳じゃないんだよな、って改めて思わされる。

 俺も作家としては歴が浅い、まだまだこれからだって相田さんにも言われたけど、多分俺は、ここで命が終わるんだと思う。

 だから、今のうちに書かないと、って思う、鎮痛剤の副作用で寝てなんていられない、痛かったとしても、耐えられるうちは耐えて頑張りたい。

 伝えたい想いを伝える為に、それが伝わるかどうかもわからないけど、でも、何もしないよりは良いんだ、って信じてるから。


「坂入さん、原稿どうですか?」

「相田さん、ご無沙汰してます。進捗八割って所ですかね。俺が書く、最後の小説になると思います。」

「そんな暗い事言ってたら、気がまいっちゃいますよ?こういう時こそ、前を向いて、って言うのが、坂入さんの信条だと思ってましたけどね?」

 散歩が終わって、夕方になって、相田さんが顔を出してくれる。

 相田さんは俺がデビューした時からの担当編集さんなんだけど、俺が弱気な事を言ってるのが信じられない、って顔してる。

「散り際はわきまえてる、ってだけですよ。余命三か月、そう言われてますから。無理な期待をするよりは、受け入れる方が良い事もあると思うんです。」

「確かにそうかもしれませんけど、坂入さんの口からそんな言葉が出てくるって言うのが信じられないんですよ。坂入さん、殺しても死ななそうですしね。」

「それは褒めてるんですかね?どっちにしろ、俺の寿命はもうすぐ尽きます。だから、出来る事をしておきたいんですよ。」

「伝えたい事がある方がいらっしゃる、と言ってましたけど、そのお相手には伝えられたので?」

 中々痛い所を突いてくる、俺が口下手なのをよく知ってて言ってるんだから、困ったもんだ。

「言えてないですよ。それに、生涯言えないとも思ってます。だから、俺は書き綴るんだって、そう考えて小説を書き始めたんですから。」

「切ないですね……。相変わらずと言うか、そういった所は変わらないって言うのは、こっちとしては安心ですがね。坂入さんの言葉に励まされた、って言う声も聞きますから、そういう所が変わらない、って言うのは、読者にとっては有難い事でしょう。」

 そう言って、相田さんは何通かの手紙を渡してくる。

 ファンレター、今どきSNSとかが普及してて、簡単にインターネットに感想を書ける時代に、珍しい人が何人かいた。

 その人達からのファンレターは、俺にとって励みだ。

「いつもの方達からですね、ご兄弟の子達もいらっしゃった様な?」

「そうですね、浩希君と悠介君、俺と同じ名前だから、よく覚えてます。上の浩希君、今年度で六年生になって、下の悠介君が四年生だった、はずですよ。小さい子達なのに、俺の本読んでファンレターまでくれて……。有難いですよね、俺の本って難読って言われがちですけど。」

「坂入さんの場合、目的がはっきりとしている分、伝わりづらい部分もあるのでしょうね。私も最初担当になるって言うお話を貰った時、この人は何が言いたいんだろう?って疑問でしたから。それが、世界に向けてではなく、特定の誰かの為に向けた言葉、だとは思えませんでしたよ。ただ、理解した後は、腑に落ちる部分が多かったですがね。」

 浩希君と悠介君、って言うのは、結構近所に住んでるらしい小学生の兄弟の事で、三年前に俺のデビュー作が出た半年後位に、最初は浩希君からファンレターが届いて、拙い字で勇気をもらえました、って言ってくれてて、今では弟の悠介君にも読ませて、一緒になってファンレターを書いてくれてる。

 他の人達も見知った面々と言うか、何度もファンレターをくれた人達ばかりで、なんとなくそれを見ると安心する。

「癌である事、公表しても良かったんでしょうかね?小学生の子供には、癌や死と言った事は理解しがたいとも思いますが。」

「それでも、理解しなきゃいけない事なんだと思います。それが、俺に与えられた最期の役割なんだって。厳しい、悲しい現実かも知れない。でも、人はいつか死ぬ、それでも、遺る物がある、意思がある、想いがある。だから、それで良いんです。」

 相田さんと話しながら軽く手紙を読むと、癌について調べた事、死ぬという事はどういう事なのかがよくわからない、そして、勇気をくれた人がいなくなってしまう事がわからない、って書いてあった。

 まあ、掻い摘んで要約した感じだから、もうちょっと文章は子供らしいって言うか、でも知性がある子達なんだろうな、とは思う。

 小学生なりに考えた結果、だろうなって言う文章で、丁寧に言葉を選んで、多分スマホとか辞書とかで言葉を調べて書いてるんだろう、何度か消しゴムで消した跡と、ちょっとだけ涙の跡が残ってて。

 死って言う現実がわからない、でも離れ離れになっちゃう気がするんです、って書いてあって、それが悲しいのかな。

「坂入さんの作品は、人に勇気を与えるものだと、私は思うんですよ。それは多くの人じゃないかもしれない、小さな力かも知れない。しかし、それでも救われる人がいるんだと。だから、もっと沢山の作品を描いて欲しかったですよ、私もね。」

「……。それは過ぎた願い、叶わない願いです。俺の人生って何だったんだろうなって、思う事もありますけど、そうやって勇気をって言ってくれる人が一人でもいたなら、やってきた甲斐がありますよ。ただ、この子達には一回で良いから会っておきたかったですね。こんなにも熱心に手紙をくれて、素敵な子達なんだろうなって、そう思いますから。」

「……。手配しましょうか?ここでなら、会っても問題はないでしょう?病院でちょっとしたサイン会、と言えば、親御さんも許可を下さるかもしれません。病院側に、掛け合ってみましょうか。」

「良いんですか?そりゃ、会えたら良いなとは思ってましたけど、諦めてましたよ。でも……、会えるのなら、一言で良いから、言葉を交わしたいです。」

 相田さんの目は本気だ、線が細くて、目つきが細い相田さんが、キッと目を凝らす時は、本気の目をしてるって言うのは、三年間の付き合いで良くわかってる。

 だから、相田さんは病院側が許せば、本気で手紙の人達を集めるんだろうな、それはそれで良いのかもしれない。

「私からもお願いします、坂入さん。貴方は、亡くなる前にもう少しだけ、やらないといけない事が残っていると思うんです。勇気を、希望を、未来を与えたのならば、その恩赦に応じるのは、責務だと思いますから。」

「俺からもお願いします。恩赦だなんて大仰なものでもないですけど、会っておきたいとは思ってましたから。」

 相田さんは、それじゃさっそく許可を取りに行ってきます、って言って、病室を出ていく。

 元々破天荒と言うか、型破りな人だとは思ってたけど、まさか病院でファンレターを送ってくれてる人達と会う、なんて話になるとは思わなかったな。

「さて、と。」

 貰ったファンレターを一枚一枚読んでいって、それで返事を書いて、これは明日浩介に渡して投函してもらおう。

 浩希君と悠介君は、お父さん達と仲が悪かったらしいんだけど、仲直りしました!っていうのはだいぶ前に見てたから、その後の話とか、平和な日常があるんだなって言うのが良くわかって、ほっこりする。

 他にも、俺達と同い年だって言う春ちゃんって言う子と、悠治と同い年だって言う綾ちゃんって子から、ファンレターが届いてた。

 丁寧に読んで、丁寧に返事を書く。

 それは、俺にとっても励みになる事だから、それに、これから先、これも出来なくなる日が来るんだろう、とは思ってたから、今のうちに出来る事をしておこうと思うんだ。


「それで、ここで人にお会いしたい、と。ふむ、坂入さんは重篤な症状をお持ちですから、出かけると言うのも難しいでしょう。しかし、病院にそうずらずらと人がやってくる、と言うのも少し……。」

「四人だけなんです。小学生が二人と、大人が二人、駄目ですか?」

 夜の点滴の時間に、丁度看護師長が来たもんだから、交渉の時間だ。

 この人に許可を取れれば、大概の事は通る、それ位権限って言うか、発言力のある人だから、説得は大事だ。

「うーむ……。しかしですね、坂入さん。貴方は余命三か月といわれていらっしゃる状態なのですよ。安易にはいと言ってしまって、何かが起こってしまったら、それは責任問題になるのです。」

「なら、念書を作成するのはどうでしょう?そのサイン会でなにかが起こっても、病院側は一切責任を持たない、俺の病状に関する事が起こった場合、すぐに中止して治療を受ける、そんな所で落としどころになりませんかね?」

「そこまで仰るという事は、本気なのでしょうね……。会議をしている時間もあまり残されていませんし……。そうですね……。」

「お願いします。伝えておきたい事があるんです、まだ会った事はない子達ですけど、それでもファンレターを通じて、話してる内に、生きてる間に話しておかなきゃならない事があるんだって、思ったんです。」

 俺は真剣だ、説得するには誠実であり、真剣でないといけないと思ってるから。

 看護師長は、暫く悩んだ顔をしてから、ふぅってため息を一つついた。

「私も、貴方の作品は読ませていただいています。誰かに何かを伝えたい、その想い一つで書き続けられている事も、理解しているつもりです。それが、誰に向けられた言葉なのかも、貴方を見ていればよくわかります。それを、伝えたいと願うのであれば、叶うに越した事はないでしょう。……。わかりました、私の一存ではありますが、許可しましょう。四名程度であれば、他の患者の方々にも、変には思われないでしょうしね。ただ、先程の言葉、忘れないで下さいね。なにかがあったら、即中止して治療を受ける、それだけはお約束です。」

「ありがとうございます、師長さん。」

「まったく、貴方と言う方は……。」

 看護師趙さんは、点滴を終えると病室から出ていく。

 俺は、点滴の間暇だから、って思って、パソコンを取り出して小説を書き始める。


「……。」

 夢だ、これは夢だ。

 浩介と悠治と、三人で酒を飲みながら、悠治が彼女を連れてきて、その彼女の顔は、まるでノイズの掛かったテレビ見たいに見えなくて。

 これが夢じゃなかったら、なんだって言うんだ。

 幸せな未来、それを想像して、夢に見て、死んでも仕方がないとか言いながら、ホントは生きていたくて仕方がなくて。

 そんな本心をまじまじと見せられている様な、嫌な夢だ。

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