死の予感
「浩介、これ。」
「悠介……。僕、読まないよ?だって、読んじゃったら悠介がいなくなっちゃうんじゃないかって……、そう思うから。」
「それでも良いよ。ただ、渡したいから渡してるだけなんだし。」
坂入悠介、坂崎浩介の恋人であり、作家だった彼が入院してから、半年が経った。
悠介は日に日に衰弱していっている、こうして話が出来るのも、あとどれ位時間があるのかわからない、と医者からも言われていて、悠介は死ぬ準備の様な事をしていた。
浩介に毎日手紙を渡し、そして帰りにでも読んでくれ、と決まって言う、照れくさいと思っているのだろうか、その場で読んでくれ、とは言わなかった。
「俺がいつ死ぬか、わかんないだろう?こうして話を出来るのだって、いつまで続くかわからない奇跡だ、って先生も言ってたし、俺は今出来る事をしておきたいんだ。」
「でも、治るかもしれないんだよ?先生だって、手を尽くしてくれてるよ。だから、僕は読みたくないよ、ずっと、悠介と一緒に居たいんだもん。」
「……。どうなんだろうな、先生は頑張ってくれてる、それはわかってるよ。でも、治る確率は限りなく低いって話だし、それならいっそ……。」
「それは言わないで、僕は悠介に生きてほしい。」
悠介が肺がんと言われてから、摘出手術をしたが、再発や転移を繰り返し、悠介の体はボロボロになっていた。
それでも悠介が意識を失わず、痛みと戦いながら生きている事、それは稀有な例だった。
大概の患者は、ここまで転移してステージが上がっていたら、もう痛みで碌に動けない、そして強い鎮痛剤の副作用で眠っている事が殆どだ。
しかし、悠介はまだその強い鎮痛剤を使っていない、出来る限りは目を覚ましていたいから、と悠介はぎりぎりねばれる所までねばりたい、と言っていた。
「じゃあ、今日は帰るね。また明日来るから。」
「おう、お休み。」
そう言って、浩介は病室を出ていく。
残された悠介は独り、ケホと咳をしてそれを見送った。
「……。」
「坂入さん、眠れませんか?」
「……。俺、いつまで生きられるのかなって、考えちゃって。すみません、上田さん、もう消灯時間過ぎてますよね。」
「良いんですよ。ただ、夜更かしは体に悪いですからね、治るものも治らなくなっちゃいますよ。」
消灯時間を過ぎて、少し時間が経った。
夜勤の看護師の上田さんが見回りに来て、俺が起きてる事に気づいて話しかけてくれる。
「坂入さん、まだ二十代前半でしょう?これから先、沢山の幸せがきっとありますよ。」
「……。無理して励まされても、悲しいだけですよ、上田さん。俺、余命三か月って言われてるんですよ。それは知ってるでしょう?」
俺は今二十四歳、確かにこれから先いっぱい色んな事を経験して、なんて未来も思い描いた時期があった。
でも、方肺全摘出をして、その直後に膵臓と前立腺がんになってる事が発覚して、それで諦めたって言うか、これが天命なんだな、って思う様になった。
上田さんは俺より年上、確か今年で三十二になるって言ってたっけ。
「坂入さんは聡明ですから、ばれますか……。うーん、うーん……。」
「無理に言葉ひねり出さなくて大丈夫ですよ、意地悪な事言っただけですから。」
「あはは……。坂入さん、今日は休みましょう。また明日、明日の事を考えれば良いんですから。」
「そうですね、おやすみなさい。」
そういうと上田さんは病室を出ていく、俺も寝る為に横になる。
痛みはある、でも慣れた、鈍痛って言うか、そんな感じの痛みが色んな所からするけど、まだ大丈夫、だと思う。
でも、これがいつまで大丈夫でいられるか、はわからない。
余命三か月、って言われてるんだし、どれだけ体が持ってくれるかもわからない。
今日は寝よう、明日また考えよう。
「悠にぃ、今日も手紙書いてたの?」
「うん。でも僕、読みたくないんだ。だって、読んだら悠介が死んじゃう気がして……。」
「でも、悠にぃって語りたがらないから、以外な事が書いてあるかもよ?」
浩介の弟、悠治と共に暮らしていた家に帰ってくる浩介、夕食は外で済ませてきたからお腹は満たされている。
今は春先、少し冷たい空気と暖かい日差しが心地良い、夜は冷えるがもう上着を着る程でもない。
「……。悠にぃ、あとどれ位生きてくれるんだろうね。明日、行ってみようかな。」
「……。喜ぶと思うよ、悠介も。悠治に会いたがってたし、顔出して上げたら喜ぶよ。」
悠治は現在二十二歳、大学を卒業して就職したばかりだ。
そんな悠治と浩介、そして悠介が何故一緒に暮らしていたのかと言うと、浩介の両親が亡くなった事に起因する。
浩介と悠治の両親は一昨年事故で亡くなった、そしてその頃悠介と浩介は同棲を開始していた。
悠治は、遺産を元に独り暮らしをすると言ったのだが、悠介と浩介がそれを良しとせず、一緒に暮らす様になった。
悠介が入院したのが去年の末、それ以降は二人で暮らしている。
「浩にぃ、コーヒー飲む?」
「うん、いただきます。」
浩介はスーツを脱いで、風呂に入っていった。
「……。浩にぃ……。」
悠治は思っていた、ずっと二人と一緒にいたかった、ずっと三人で幸せになりたかったのに、神様とはなんと残酷な運命を背負わせるのか、と。
浩介は気丈に振舞っているが、ここ最近、目の下のくまが酷い、眠れていないのだろう。
それは悠治も変わらない、最近は趣味だった筋トレにも力が入らない、少しやつれたかと大学時代の友人には心配されていた。
「……。」
湯船に浸かりながら、浩介は手紙の事を考えていた。
悠介が何を言いたいのか、普段口が少なく、本音を言わないタイプな悠介が、手紙を認めてまで伝えたい事。
それを知りたい気持ちがない訳ではない、しかし、それを見てしまったら、悠介が死んでしまう様な気がしていた。
まるで、最期の心残りがなくなったかの様に、手放した風船が空に飛んで行ってしまう様に、悠介が死んでしまうのではないか、と。
「僕……。」
ずっと一緒に居たい、それは叶わない願い名のはわかっている。
しかし、浩介は何処かで諦めがつかなかった。
まだ手段があるのではないか、もしかしたら奇跡的に癌が全て治るのではないか、と。
それは悠介には言っていない、悠介が諦めているのに、自分が希望を持っていて、それを口にする、と言うのは違う、と思っていたからだ。
「でも……。」
生きていてほしい。
自分達はゲイだから、子供を授かる事はない。
しかし、悠治がもし結婚したら、甥か姪か、わからないが、一緒に抱いて成長を見守って、ずっと一緒に生きて、老いて死ぬのが願いだった。
そんなささやかな願いすら、叶えられない。
叶えてくれる人はいない、神も仏もいない。
「……。」
明日は土曜日、朝から顔を出しに行こう、悠治も一緒に、と浩介は考えを纏めて、湯船から出た。




