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「お前はもう必要ない」と捨てられたヒーラー、魔王軍に拾われたら唯一の回復役として溺愛が止まらない  作者: 月代


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第14話 お前がいなければ


 戦闘停止から数時間後。

 夜になった。


 城壁の前に、松明が焚かれた。

 崩れた壁の間に、仮設のテーブルと椅子が二つ。


 対話の場だ。


 ルシェラが設けた。条件は「双方の代表が一人ずつ」。

 魔王軍側の代表は——俺。

 ルシェラは「あなたが適任よ」とだけ言った。


 人間側の代表は、当然——レクスだ。


 テーブルに向かい合って座った。

 松明の炎がレクスの顔を照らしている。


 金色の髪は汚れ、鎧は凹み、マントは破れていた。

 聖剣はテーブルに載せてある。手は載せていない。


 三年間、この男の背中を見てきた。

 今、正面から向き合っている。


「レクス」


「……何だ」


「なぜ来た」


 単純な問いだ。

 千名の軍勢を率いて、俺一人を取り戻しに——いや、討ちに来た。

 その理由を聞きたかった。


 レクスは黙っていた。

 長い沈黙。

 松明がはぜる音だけがする。


「……教会に、言われたからだ」


 低い声だった。

 いつもの自信がない。疲れ切った声。


「神殿紋章持ちの回復術師が魔族に寝返った。勇者として始末しろ。さもなければ称号を剥奪する——と」


「称号のために来たのか」


「称号がなければ——俺は何者でもない」


 レクスが俺を見た。


 その目に——怒りがなかった。

 代わりにあったのは、空洞だった。

 空っぽの目。


「勇者として生まれ、勇者として育てられ、勇者として戦ってきた。それ以外の生き方を知らない。——お前を追放した時も、そうだ」


「追放の理由は"火力が足りない"だったな」


「教会の指示だ。回復術師に功績を持っていかれると勇者の価値が下がる——そう言われた」


 ——そういうことか。


 レクスの傲慢さだと思っていた。

 実際、傲慢だっただろう。

 だがその裏に、教会の操り糸があった。


「お前を追い出してから、全部うまくいかなくなった」


 レクスの声が震えた。


「回復役がいない。ポーションじゃ間に合わない。二度撤退した。兵は離反する。カインには逃げられた。フィオナにも——」


 言葉が途切れた。


 そこに、足音が聞こえた。


「レクス」


 フィオナが、松明の輪の中に入ってきた。

 銀髪が夜風に揺れている。


「フィオナ。お前——」


「ずっと言いたかったことがあるの」


 フィオナはレクスの前に立った。

 その目は、あの日——俺が追放された日と同じように潤んでいた。

 だが今度は、視線を逸らさなかった。


「あんたは馬鹿よ、レクス。ずっと馬鹿だった。——でも、悪い人間じゃなかった」


「何を——」


「覚えてる? パーティを組んだ最初の夜。野営で四人で火を囲んだ時。あんたが言ったのよ。"俺たちは仲間だ。誰も見捨てない"って」


 レクスの目が揺れた。


「あの時のあんたは——嘘じゃなかった。教会に言われる前のあんたは、ちゃんと仲間を大事にしてた」


 フィオナの声が震えた。だが、言葉は止まらなかった。


「エイルを追い出した時——私は何も言えなかった。それが、ずっと苦しかった。だから今、言うわ」


 フィオナがレクスの目を見た。


「もう、やめなさい。教会の言いなりになるのは。——あんたは勇者なんかじゃなくていい。ただの、レクスでいいのよ」


 沈黙。


 長い、長い沈黙だった。


 レクスの手が——テーブルの上の聖剣に伸びた。

 掴むのかと思った。


 だが——レクスはそれを、テーブルの向こう側に押した。

 俺の方に。


「……疲れた」


 レクスの声は、聞いたことがないほど小さかった。


「もう——疲れたんだ。全部」


 聖剣がテーブルの上で滑り、俺の前に止まった。


 俺はそれに触れなかった。

 代わりに、立ち上がった。


「レクス。俺はお前を恨んでいない」


 嘘じゃない。

 一ヶ月前——いや、数週間前までは恨んでいたかもしれない。

 だが今は違う。


 この男は——俺と同じだったのだ。

 居場所がなくて、与えられた役割にしがみついていた。

 勇者という椅子が取り上げられることが、怖かった。


 俺が回復術師という役割以外の自分を知らなかったように。


「お前にも居場所は見つかる。——見つけろ。自分で」


 レクスが俺を見た。

 空洞だった目に——微かに、光が戻った。


「……お前は、見つけたのか」


「ああ。見つけた」


 俺は城壁の向こうを振り返った。

 黒い城。赤い月。

 あの中に、俺を待っている人たちがいる。


「ここが、俺の居場所だ」


 レクスは——何も言わなかった。

 だが、手を伸ばして聖剣を引き戻し——鞘に収めた。


 剣を、収めた。


 フィオナが小さく息を吐いた。


 松明の炎が、夜風に揺れていた。


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