第12話 勇者の進軍
カインの警告から十日。
その日は来た。
「敵軍、灰の荒野東端を突破。推定八百名。進軍速度から見て、城到達まで半日」
モルテの報告が会議室に響いた。
八百。
千に届かなかった。モルテによれば、行軍中に一部が離脱したらしい。
それでも、こちらの五百名に対して圧倒的な数だ。
「城壁防衛で凌ぐ。出撃はしない」
ルシェラが地図の上に石を並べた。
「ガルドは正門の防衛。セリカは空中偵察。モルテは側面からの情報かく乱。私は城壁上で全体の指揮を執る」
「了解。——エイル、お前は」
ガルドが俺を見た。
「東棟に医療拠点を設ける。負傷者はそこに集める」
「前線には出るなよ。前回とは規模が違う」
「分かってる」
分かっていた。
八百名が相手では、前線に出る余裕はない。
後方で、一人でも多くの命を繋ぐ。
それが俺の役割だ。
◇
医療拠点の準備は、リコが指揮した。
包帯。薬草。水。簡易寝台。
この一ヶ月で蓄えてきた物資を全て東棟に集めた。
「先生。準備完了です」
リコの顔は真剣だった。
尻尾は揺れていない。これから始まることの重さを、理解しているのだろう。
「リコ。いいか、約束だ。——重傷者の処置は俺がやる。お前は軽傷の応急手当と搬送の指示。絶対に前線に近づくな」
「はい」
素直な返事だった。
いつもなら「先生が行くなら私も」と言うところだが、今日は違う。
準備が終わり、窓から外を見た。
灰の荒野の向こうに、砂煙が見える。
——来る。
◇
その前に、もう一つ。
城門で騒ぎがあったのは、敵軍到達の二時間前だった。
「不審者確保! 人間の女! 一人で城門に来た!」
門番の声が廊下に響いた。
俺は医療拠点を出て、城門に走った。
門の前に、一人の女が立っていた。
銀色の長い髪。
杖を持たず、手ぶら。
白いローブは旅の汚れにまみれているが——見間違えるはずがない。
「フィオナ」
フィオナ・リーデルが、そこにいた。
門番の槍に囲まれながら、フィオナは俺を見た。
いつもの無表情に見えたが——目が赤い。泣いた後のように。
「エイル。——ごめんなさい。遅くなったわ」
「……何をしに来た」
「レクスを止めに来た。——あの馬鹿を、このまま行かせたらみんな死ぬ」
フィオナの声は震えていたが、目は真っ直ぐだった。
「あんたが好きだったから来たのよ。仲間として。守るべき人を間違えちゃダメでしょ」
門番たちが困惑している。
敵軍が迫る中、敵の魔導士が単身で城に来た。
どう対処していいか分からないのだろう。
ルシェラが城壁の上から降りてきた。
「この女は?」
「元パーティメンバーだ。味方——だと、俺は思う」
フィオナがルシェラを見上げた。
「あなたが第一魔将? 話に聞いてた通りの美人ね。——私を使って。レクスの戦術は全部知ってる」
ルシェラが俺を見た。
俺は頷いた。
「信じていいわね?」
「ああ」
ルシェラは一瞬考え——頷いた。
「会議室に来なさい。時間がないわ」
フィオナが走り出す前に、俺の袖を掴んだ。
「エイル」
「何だ」
「……生きてて、よかった」
それだけ言って、ルシェラの後を追った。
◇
夕方。
城壁の上に立った。
灰の荒野の向こう——地平線に、軍勢が見えた。
白い旗。教会の紋章。
隊列を組んだ兵士たちが、黄昏の中を進んでくる。
その先頭に——金色の髪が見えた。
レクス。
遠くてはっきりとは分からない。
だが、あの金色は見間違えない。
聖剣を背負い、先頭を歩いている。
——あの男らしい。常に先頭。常に主役。
「エイル。下がりなさい。もうすぐ射程に入るわ」
ルシェラの声。
俺は城壁を降り、東棟の医療拠点に戻った。
窓の外で——角笛が鳴った。
戦いが、始まった。




