第10話 裏切り者の烙印
昏睡から目覚めて翌日。
体は動くようになったが、重い。
廊下を歩くだけで息が切れる。
三日前まで戦場を駆け回っていたのが嘘のようだ。
医務室に顔を出すと、リコが飛びついてきた。
「先生! もう起きて大丈夫なんですか!?」
「大丈夫だ。少し休んだだけだ」
「少しじゃないです! 三日です! 三日間ずっと起きなかったんですよ!」
尻尾がものすごい速度で振れている。
怒っているのか安心しているのか、両方だろう。
「……心配かけたな」
「当たり前です。もう無茶しないでください」
リコの目が潤んでいる。
俺は頭を撫でた。小さな角の間を。
「約束する。——なるべく」
「"なるべく"は約束じゃないです!」
正論だった。
◇
午後、会議室に呼ばれた。
ルシェラ、ガルド、モルテ。
セリカの姿は——今回もなかった。
再生術の後、まだ会っていない。
「エイル。座って」
ルシェラの声は穏やかだったが、目が据わっている。
モルテが書類を広げた。
「教会の正式な布告。"回復術師エイル・フォスター、魔族への通敵および禁忌魔法の使用により、全人間領において指名手配とする"——以上」
禁忌魔法の使用。
再生術のことか。
どうやって知ったのかは分からないが——情報が漏れたのだろう。
「これで、人間領への帰還は完全に不可能になった」
モルテの声は事務的だった。
だが、仮面の下の目が俺を見ている気配がある。
「エイル——」
ガルドが口を開きかけた時、会議室の扉が勢いよく開いた。
「先生はどこにも行きません!」
リコだった。
肩で息をしている。走ってきたのだろう。
扉の前に仁王立ちし、全身で道を塞いでいる。
「先生は私たちのヒーラーです! 人間が何と言おうと関係ありません! 先生はここにいます!」
尻尾が逆立っている。
小さな体が震えていたが——目は真っ直ぐだった。
ガルドが吹き出した。
「誰も追い出すとは言ってないぞ、嬢ちゃん」
「え——あ、そうですか。……すみません」
リコの尻尾がしゅんと下がった。
だが、扉の前からは動かない。
俺は椅子から立ち上がった。
「リコ。ここにいる。どこにも行かない」
リコが俺を見上げた。
涙がこぼれそうな目。
「……本当ですか」
「本当だ」
リコの体から力が抜け、その場にしゃがみ込んだ。
「よかった……」
小さな声だった。
ルシェラが立ち上がり、リコの肩に手を置いた。
「リコ。お茶を持ってきてくれる? 会議が長くなりそうだから」
「は、はい! すぐ持ってきます!」
リコが駆けていった。
扉が閉まった後、ルシェラが俺を見た。
「エイル。一つ、確認しておくことがあるわ」
「何だ」
「再生術の代償。あなた、自分の体の変化に気づいている?」
——気づいている。
気づいていないふりをしていた。
「……体が重い。回復が遅い。三日前より明らかに体力が落ちている」
「それは一時的な疲労ではないわ。あなたの寿命が削られた影響よ」
ルシェラの声は静かだったが、容赦がなかった。
「私は魔法の専門家ではないけれど——あなたの生命力の総量が、以前より明らかに少ない。数年分は削られたと、私は見ている」
数年。
二十二歳の俺から、数年。
それが多いのか少ないのか——正直、実感がない。
だが、ルシェラの目が嘘を言っていないことは分かる。
「……後悔はしていない」
「知ってるわ。あなたはそういう人間だもの。——だからこそ、もう無茶はしないで。あなたが倒れたら、この城は困るの」
この城は困る。
ルシェラなりの優しさだ。「私が困る」とは言わない。
「……善処する」
「リコと同じことを言わないの」
ルシェラが薄く笑った。
◇
会議が終わり、廊下に出た。
指名手配。
裏切り者の烙印。
人間の世界で、俺の名前は犯罪者として刻まれた。
——不思議と、痛くなかった。
孤児院に戻れないことは、とっくに分かっていた。
冒険者ギルドにも、神殿にも、もう居場所はない。
だが、ここにはある。
リコが会議室の扉を塞いで叫んだ顔を思い出す。
あの子は本気で怖かったのだ。
俺がいなくなることが。
ガルドが笑って「誰も追い出さない」と言った。
モルテは黙って書類を片付けた。
ルシェラは「無茶をするな」と叱った。
誰も、俺を手放そうとしていない。
廊下の窓から空が見えた。
薄紫の翼が一瞬よぎった気がしたが——振り向いた時には、もうなかった。
俺はここにいる。
ここを守る。
ここにいる全員を——守れる限り、守る。
それが、裏切り者の烙印を押された男の、新しい決意だった。




