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「お前はもう必要ない」と捨てられたヒーラー、魔王軍に拾われたら唯一の回復役として溺愛が止まらない  作者: 月代


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第9話 禁忌の光


 数週間前から準備してきた再生術を、今日実行する。


 セリカの部屋。北棟。

 窓から午後の陽が差し込んでいる。


 セリカは椅子に座り、背中を向けていた。

 左翼が微かに震えている。


「……本当にやるの」


「やる」


「代償のこと、ちゃんと分かってるの」


「寿命が削られる。分かってる」


「分かってない顔してるけど」


 鋭い。

 だが、ここで引く気はなかった。


「セリカ。俺は回復術師だ。治せる傷を放置する方が、俺にとっては苦痛なんだよ」


 セリカは振り向かなかった。

 左翼がぎゅっと畳まれた。


「……馬鹿」


「知ってる」


 俺は深呼吸をした。

 右手の紋章が、いつもより強く光っている。


 手順は頭に入っている。

 再生術。失われた器官を「成長」させる。

 通常の回復魔法が「修復」なら、再生術は「創造」に近い。

 代償として、術者の命の時間が対価になる。


 右手をセリカの翼の付け根にかざした。


「始める」


 光が——溢れた。


 手のひらから放たれた光は、これまでの回復魔法とは桁が違った。

 白ではなく、金色。

 部屋全体が金色に染まった。


 翼の付け根に光が集中する。

 そこから——何かが伸び始めた。


 骨が形成される感触。

 膜が張られる感触。

 筋肉が編み上げられる感触。


 全てが手のひらを通じて伝わってくる。

 そして同時に——体から何かが流れ出ていく。


 重い。

 体が鉛のようだ。

 視界の端が白くなる。


 だが止めない。

 止めたら、中途半端な翼が残る。

 最後まで完成させなければ意味がない。


 セリカが声を漏らした。


「——あっ」


 背中から、薄紫の膜が広がっていく。

 左翼と対称の形。

 美しい翼が——生まれていく。


 もう少し。

 あと少しだ。


 視界が狭くなる。

 手の感覚が遠くなる。

 体が——自分のものじゃなくなっていく。


 最後の一押し。

 翼の先端まで膜が張られ、完成した——


 ——瞬間、世界が暗転した。


 ◇


 目を開けた。


 天井が見えた。

 白い天井じゃない。黒い石の天井。

 俺の部屋だ。


 体が動かない。

 正確には動くが、指一本持ち上げるのに途方もない労力がかかる。


 窓の外に、光が見えた。

 朝の光。


 ——何日、眠っていた?


 首だけを動かす。

 枕元に、水差しと杯が置いてある。

 リコの字で「起きたら飲んでください」と書かれた紙が添えてあった。


 その隣に——花が一輪。

 荒野には咲かない、白い花。

 誰が置いたのか分からない。


 枕のすぐ横に、水の跡があった。

 水差しがこぼれたのか——いや、違う。

 跡は枕の上。俺の顔のすぐ近く。


 涙の跡、のように見えた。


 誰かが泣いていた?


 ——考える余裕がない。体が重すぎる。


 窓の外に、ふと影が過ぎった。


 俺は目を見開いた。


 空を——何かが飛んでいた。


 薄紫の翼。二枚。

 左右対称に広がった翼が、朝日を受けて輝いている。

 小柄な体。長い髪が風に流れる。


 セリカだ。


 セリカが——飛んでいる。


 両翼で。


 空を自在に旋回し、上昇し、風に乗っている。

 三年間飛べなかった竜族が、今、空にいる。


 俺は寝台の上で——笑った。


 体は動かない。指先すら重い。

 どれだけの寿命が削られたのか、分からない。


 でも——


 空を飛ぶセリカを見て、後悔は一片もなかった。


「——やったな」


 声は掠れて、ほとんど音にならなかった。

 だが、口は確かに笑っていた。


 窓の外を飛ぶ影が——一瞬、こちらに旋回した。

 セリカが窓を見ている。


 目が合った——かどうかは分からない。距離がある。

 でも、セリカは空中で一度止まり——こちらに向かって、小さく何かを叫んだ。


 声は聞こえなかった。

 風に消えた。


 だが表情は——たぶん、泣いていた。


 泣きながら、笑っていた。


 俺はもう一度目を閉じた。

 体を休めなければ。


 やることは、まだある。


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