番外編 エレンのそばかす その三
最高の練り白粉を作ろう!
そんな合言葉を胸に、三人はカタツムリの殻を探すために森へと向かった。ミーヤが拾ってきた分だけでは、一人分の量にしても心許ないかったのだ。
三人が森の入り口へ着いた時に、エレンが言った。
「なぁミーヤ、ミーヤの家はどこにあるんだ? ちょっと寄って行くか?」
それは素朴な疑問だった。実は洗濯室の下女たちは、多かれ少なかれ皆が気になっていた。だが少々無神経な部類の質問だ。
ミーヤは明らかに『十二歳以上』という城の雇用条件を満たしていない。マルタが身元引受人になり、特例で許可をもぎとってくれたのだ。十歳か、下手をしたらそれ以下の可能性もある。
その年頃の子供が、親の庇護下で暮らすのが当たり前なのはこの世界でも変わらない。ミーヤはおそらくその『当たり前』からはみだした存在だ。洗濯下女たちは皆がそう考え、詳しくは詮索しなかった。
マルタなどは、何度かミーヤに「うちの子になるかい?」と養子縁組を持ちかけたり、養護施設などへの入所を提案した。けれどその度にミーヤは笑って「大丈夫、せんたくの仕事がすきなの」と答えた。
そして恥ずかしそうに「おとうさんは、いるの」と、もじもじと指を捏ねながら言っていた。ヒューゴが聞いたらたぶん泣く。おそらく天を仰いで。
「ミーヤの父ちゃんは、今日はいるのか?」
エレンはあくまでおおらかであり、そして大雑把なのだ。そしてヒューゴは城で政務に励んでいるので、森にはいない。
「もう、エレンったら……! いいのよミーヤ、今日は森へカタツムリの殻を拾いに行くんだから。ミーヤの家は、また今度にしましょうね」
イレーヌが慌てて言った。
ところがミーヤはそんなイレーヌを、きょとんとして見つめて、ニコニコと笑って言った。
「わたしの住処は神殿遺跡だよ。行ってみる?」
「へぇー、行こう行こう!」
イレーヌは『住処』という言い方も『神殿遺跡』も、非常に気になった。けれど、それは自分が『元貴族令嬢』だからであり、庶民にとっては常識なのかもしれないと思った。そんなことはない。
ミーヤは二人の少し前を、どんどん森の奥へ向かって歩いて行く。農家の娘であるエレンはともかく、イレーヌは少し息が切れてきた。
狩人や木こりが使う細い歩道が途切れ、獣道へと入る。ミーヤは下草が生い茂る方向を指さして「あっちだよ、もう少し」と事もなげに言うが、地元の人間が言う「もう少し」は当てにならないことが多い。
下草をかき分け、朽ち木を乗り越え、茂みを潜って進むと、やがて半ば崩れた遺跡が見えて来た。ちなみにミーヤはここまでで三回「もうすぐだよ、あとちょっと」と言った。イレーヌは止められなかったことを後悔したが、エレンは「探検みたいだな!」と楽しそうにしている。
イレーヌ・ローマン十七歳、洗濯下女として働きはじめて三年。まだまだ庶民の暮らしぶりには理解が足りなかったと痛感した。
「わたしの住処はこっちなの」
ミーヤの指さした石室は比較的崩れてはいない。イレーヌはホッと胸を撫で下ろした。
(良かった、野ざらしじゃないわ! 屋根も壁もある!)
「えへへ、どうぞ」
案内され、入口から覗き込むと……。
そこには、意外なほどに可愛らしく整えられた空間があった。
窓には木戸が立てかけられ、あたたかい色あいのカーテンが揺れている。床にはラグマットが敷かれ、壁には色とりどりの色紙が貼ってある。
壁際には素朴な編みカゴが置かれ、中には服が畳んで入れてある。懐かしのカーテンワンピースや、エレンのお古のエプロンドレスだ。
「すげえなミーヤ! 秘密基地みたいだ!」
エレンが感嘆の声を上げた。
「ええ、ええ……とても素敵ね、ミーヤ!」
イレーヌも、今度は本心で言った。
「あのね、お湯もわかせるの。おちゃ、いれるね」
ミーヤは小さなポットを持って、いそいそと石室を出て行った。泉に水を汲みに行ったのだ。窓の下の段差の上に、旅人が使う携帯用のオイルコンロが置いてある。
「ちゃんと暮らしているんだな。安心したよ」
エレンがオイルコンロの隣に並んでいる、大きいカップと小さいカップを見つめながら言った。ここでミーヤは『おとうさん』とお茶を飲んだりしているのだろうか。
「ええ、そうね。本当に……」
どんな事情があるのかは、よくわからない。だが、そう悲観するほどでもないのかも知れない。
「おまたせ。おちゃはね、緑と茶色があるよ。甘いのがいいなら、これを入れてね」
ミーヤが取りだした小瓶の中には、小さく千切った蜜蜂の巣が入っていた。
「おっ、ミーヤ、いいもん持ってるな! これ、しゃぶると甘くて美味いんだよ」
エレンが、ほらよと、イレーヌに一欠片渡して、自分はカップの中にポトンと入れた。イレーヌは自分の知っているお茶の飲み方と違うことに戸惑ったが、思い切ってエレンの真似をしてカップの中身を口にしてみた。
「さっぱりしていて、美味しい。蜂蜜も濃厚で……!」
ここまでの強行軍で疲れた身体に、染み渡るようだった。
「茶色のおちゃは黄色い花の根っこなの。緑のはレモンの匂いがする草だよ」
「ダンデライオンの根と、レモングラスだな。どっちも庶民は乾燥させてお茶にするよ。ミーヤはよく知ってる」
ミーヤはえへへと笑いながら、蜜蜂の巣をしゃぶっている。イレーヌはミーヤの逞しく、工夫に溢れた生活に、目から鱗が落ちる思いがした。
(ミーヤは、気の毒な子供なんかじゃない。私と同じで、楽しんで工夫しているんだわ……。うちの家庭菜園や、くず野菜のピクルスと同じ……!)
この部屋を見たら、きっとヨシュアも喜ぶだろう。次に機会があったら、ぜひヨシュアも一緒に連れて来よう。
(でも……少し、身体を鍛えないとだめね)
帰り道のことを考えると、イレーヌは少し気が遠くなった。
「さあ、カタツムリの殻を探しに行こうぜ!」
ひと休みしてすっかり元気を取り戻したエレンが言い、イレーヌは苦笑して立ち上がった。
✱ ✱ ✱
三人は森を歩き回り、カタツムリの殻を探した。ミーヤの言っていた通り、茂みの下を探せば、白い小さな殻がいくつも落ちていた。日が傾く頃には、木桶一杯分の殻を集めることができた。
「今日はここまでね。私は家で殻をよく洗って乾燥させておくわ。うーん、煮沸した方がいいかも知れないわね。エレンは白樺の木の皮を細かく砕いて、煎じ液を作って欲しいの。弱火でじっくり煮出してね」
「わたしは?」
「ミーヤは蜜蝋をお願いしようかしら」
「みつろう?」
「蜜蜂の巣から採取できる、ワックスよ。せっかくだから練り白粉に使いましょう」
「どうやるの?」
「蜜蜂の巣を袋にいれて煮るの。油分が浮いてくるから、冷えたらそれを小瓶に入れて持ってきてね」
「わかった!」
ミーヤとは森の入り口で別れて、途中の農道でエレンとも別れた。イレーヌは疲れた身体に鞭打って、なんとか家まで帰り着き、玄関に入ったところで力尽きてヘナヘナと座り込んだ。
カタツムリの殻の煮沸と乾燥は、ヨシュアが引き受けてくれた。
読んで下さりありがとうございます。
すみません、制作までいかなかったです。イレーヌの体力不足が原因です笑
《次回予告》
今度こそ、練り白粉づくり!
次話『番外編 エレンのそばかす その四』
書けたら投稿ですが、今日の夜くらいには……!




