18.とある雨の日の朝
「雨?」
いつもより、少し遅い時間に目が覚めた。カーテンの隙間から覗く空は、薄暗く曇っている。
まだカルメは来ていない。だが、難なく起きられたということは、魔術の雨ではないのだろう。
普通の雨とは、どのようなものなのだろうか。成分分析をしてみたいな。
そんなうずうず、わくわくするような不思議な気分で、私はカーテンから離れて、洗面に向かった。
サタロナ王国は、季節も彩豊かであるが、土地の種類も豊富だと言われている。
リーゲ山脈や南の湿地帯、ヴァラレ渓谷に最果ての森。
色々な土地があり、気候がある。
だから、雨が降ることも珍しくないのだそう。
けれど私にとっては、数えられるほどしか、経験したことがない天候だ。
それも一回目、初めての雨が魔術の雨だったのだから、雨という天候に慣れていないのは仕方のないことだろう。
まぁ、あの時のように眠気や怠さ、そんな身体を無理やり起こしているような頭痛は感じないので、今はただ、純粋に雨の日を楽しもうと思えるのだが。
いつも通りに身支度を終えて、書斎で覚書と日記の振り返りと追記をしていると、カルメがやって来た。
「おはようございます」
「おはよう、カルメ」
カルメが持って来てくれた服に着替えて、ディグセを発動させて服の下に入れる。
そんないつも通りの身支度だが、何だかいつもとは違う、特別感を感じる。
何故なのだろう。と考えて、一つ目星がついた。
それは部屋が暗い、ということだ。
協会内の部屋は不思議と、光源が燭台の灯火しかなくとも、室内は一定の明るさになる。恐らく建材とか、壁紙のお陰だろう。
だが、雨の日は何だか微妙な暗さだ。
燭台の光に頼ってしまいそうになるのだが、目を凝らすと暗いというほどでもない、不思議な明るさだ。
廊下に出ると、更に不思議なことに、こちらの方が明るく感じた。
魔術の雨ではない時には、遮蔽のカーテンは引かれていない。
だからこそ、晴れの日と同じように、外の明るさをふんだんに取り込んでいるのだ。
部屋の窓と変わらない大きさであるはずなのに、開放感がある廊下では、より広く明るく感じる。
そんな廊下を歩き、食堂まで向かう。中に入ると既にジュネとルクスが集まっていた。
私が遅かったのだろうか。
いつもなら私が一番、最初になるくらいなのに。
そんな風に疑問に思っていることが顔に出ていたのか、おはようございます、と挨拶をしてくれたルクスはそのまま、こちらが問う前に答えてくれた。
「今日は雨ですからね。いつもより早く目が覚めてしまったのです」
「そうなの?」
「はい」
私たちは席に着いて、頂きますと口にしてから食べ始める。
その合間に、ルクスは更に詳しく説明してくれた。
「雨が降りそうな時には、不寝番の者たちで、天候を観測し、成分分析と雨の範囲、魔術濃度などを計測します。その結果を見て垂れ幕や旗を掲げるのですが、緊急性のある場合や希少性や重要性がある雨の場合には、私たちも寝ずにその対処、対応をすることになります」
「え、寝ずに?」
「はい。各所で物流が滞ったり、魔術具や住民に影響が出たりしますから。協会が非常用の結界の魔術具を貸し出したり、協会の建物を避難場所として一般人が使えるようにしたり、魔術具の修理をしたり、と意外にも雨の時にやることは多くなります」
「大変なんだね」
「はい。ですが逆に雨の時にしかできない実験を行ったり、天候や魔術の雨の観測、計測など、研究者たちでもやりたいことがありますから、私たちだけが大変という訳ではありません。多分、他の職業の人たちでも、雨というものは少なからず影響が出ていると思います」
「へぇ」
「ですので雨の日には、普通の雨であっても、何だか落ち着かなくなってしまい、眠りが浅かったり短くなってしまったりするのです。何と言うか、癖のようなものですね」
「それは、協会長になってから?」
「はい。巷では職業病などと言うこともあるのだとか」
「職業病…………それは大丈夫なの?」
「はい。ただ気になって落ち着かない、という程度のものですから。それに折角ぐっすり眠っているところに、起こされるかもしれないと考えると、少し眠り難くなってしまいませんか?」
「うーん、確かに。そうなるかもしれないって分かっていたら、眠り難いかも?」
これから数分後、或いは数時間後に起こされるかもしれない。
その時にささっと起きて、身支度をしてと考えると、最初から起きていた方が楽かもしれない、と思ってしまうのはよくわかった。
それに雨が降るか、降らないかということも気になって、眠れなくなりそうだ。
私がルクスの説明に納得して、頷いていると、ルクスは少し眠そうな目で、ほわりと笑みを浮かべた。
「はい。ですので、今日はいつもより早く起きてしまったのです。幸いにも通常の雨ですから、仕事が少し減るだけですね。今日はゆっくり過ごせると思います」
「うん。ちゃんと休んでね」
「はい。ありがとうございます」
そうして、私たちはいつもよりも、のんびりとした朝食を続けた。
何でもない日の小話です。




