15.学園入学と就職先(憧れの残骸と世話係の性分3)
三話目です。
協会に来て、師匠との生活が始まって、数年が経った。
弟子たちの纏め役のようなものをしている俺は、いつしか、その功績を認められ、協会本部の職員のような仕事まで任されるようになった。
どうやら、誰かの世話や補佐が向いていると思われたらしく、そのようなお手伝いをしている。
そんなある日。年若い、同年代の弟子たちが集められた。
「師匠。揃いました」
「うん。今日は真面目な話だよ」
「君たちには学院か学園に通って欲しい」
「何故でしょう」
「何故って、勿論、卒業資格を持っておいた方がいい、っていうのもあるけれど、一般的な学問に触れる機会も必要だからね。知識は視野を広げる。魔術や自分の研究だけに没頭していると、君たちはいずれ、行き詰まる。それに協会本部の研究員の弟子である君たちは、協会の後援で学校に通えるんだよ。学費や生活費は気にしなくていい」
「分かりました。それでは学園に」
「いやいや、できれば学院に行こうね!?学園は補欠のようなものだから!」
「ですが、学院は王都にありますよね?ここから通うのは難しいのでは……」
「そうだね。休日には帰って来れるけれど、平日は王都支部で生活することになるかな」
「それなら、俺は学園に通います」
「え!?」
「ジュネさん!俺はジュネさんには学院が相応しいと思います!」
「そうです!」
「いや、俺は本部で生活を続けたいからな。学園にするよ」
「ジュネ、よく考えて。学院は最高峰の学府だ。試しもせずに、その選択肢を投げ捨てるのは、研究者にあるまじき行いだよ」
「……分かりました。模試を受けます。ですが、俺はそれでも学園を選ぶと思いますよ」
「はぁ。分かった。確かに、君には協会本部の仕事もある。君に限っては、その将来は既に保証されているようなものだ。だけれど、他の皆は学院入学を目指して、頑張ってほしい」
「はい」
そうして、学院の模試を受けることになった。
俺は師匠から課題を積み上げられ、それをこなし、模試に臨んだ。
結果は入学相当、成績は10位だった。
そこからは再び、俺と師匠の攻防が始まった。
俺の模試成績を見た師匠は何としてでも、学院に入学させたいと主張し始めたのだ。
しかし、意外なことにそれを止めてくれたのは、アダクさんだった。
「残念ながら、ジュネ。お前の将来は決まってしまった」
「はい?」
「今はまだ言えないが、学園に通うように。そこで好成績を修めて、卒業しろ」
「はぁ……」
「これ以上の情報は、時が来たら教える」
そうして、アダクさんの命によって、俺は学園に入学をすることを認められたのだった。
この中央領にある魔術学園。
そこに期待の新入生として、首席で入学した俺は、世界を甘く見ていた。
上には上がいるのだと知ったのは、全校学術交流会に出席した時だった。
そこで俺は、将来の主、隔絶された、絶対的な上位者、ルクス様と出会うことになる。
一年生でありながら、学術交流会に出席を請われるほど、優秀な存在だと持て囃されていた俺は、調子に乗っていたのだろう。
そこで同じく一年生からの出席者、ルクスという少年を見て、何故か、自分の足場ががらがらと崩れるような感覚を得た。
自分より階位の高い存在に会ったことはある。
だが、これほどに開きのある、隔たりのある存在には出会ったことがない。
その瞳には何も映さず、その顔には何の感情もない。
まるで彫像のような完璧で、静謐な存在。
後で彼がこの国で最高位の魔術階位であると聞き、俺は何故か納得していた。
まさに、最高位に相応しい、泰然とした王者のような態度だった。
そうして、交流会で心をぽっきりと折られた俺は、目標を見つけたかのように、努力を思い出した。
周囲にどれほど褒められようとも、持ち上げられようとも、それでもあの存在には敵わないのだ。
それは憧れのような、崇敬のような、不思議な思いだった。
そうして、学園で充実した生活を送っていたある日。俺はアダクさんに呼び出された。
「何でしょう」
「時が来たので、お前の将来について、説明する」
「え?はい」
「ルクス・プリンシピウム、という少年を知っているか?」
「はい。学院生で、国内最高位の方、ですよね?」
「あぁ。彼は学院卒業後、協会本部で見習い期間を一年経て、その後、協会長として就任することになった」
「え、協会長に?」
「理由は色々とある。主には政治的な理由だな」
そこから俺はアダクさんに、国内最高位という存在がどんな嵐を齎すのかを、説明してもらった。
そのために、彼を協会に取り込み、或いは協会で保護し、隔離するべきだということも。
「本人の意思は?」
「本人からも了承を得ている」
「そうなのですね」
「それでだ。お前は学園を卒業して、同様に一年、見習いをしろ。その後、協会長付き補佐官に任命する」
「それはルクス様の部下、ということですか?」
「あぁ。メディウムは俺が連れて行くからな。それに補佐官は同年代の方がいいだろう。長い付き合いになる」
「…………分かりました。研究室は卒業と同時に抜けることになりますか?」
「あぁ。すまない」
「いえ。俺にはどうやら、補佐の仕事が向いているそうなので。研究者としては、半人前ですよ」
「それは……そうだな」
「あっさり肯定されると流石に傷つくんですが」
「いや。だが、お前の弟子たちを纏める手腕は見事なものだ。研究者より、魔術師より、職員が向いているだろう。そして、同じく高階位でありながら、協会長になるしかなかったルクスのことを、よく見てやってくれ」
「はい。お任せ下さい」
「あぁ。だが、ルクスは研究室を持つことになる」
「え?協会長なのですよね?」
「あぁ。だが、それだけでは権力を持ち過ぎるからな。政治には興味がなく、空いた時間は研究に没頭している、ということにした方が都合が良い」
「因みに、ルクス様は研究者としては、どうなのですか?」
「一人前どころか、天才だろうな。あいつは魔術師としても、研究者としても、協会長としても、天才だろう」
「それほどに、完全無欠とは……恐ろしいですね」
「いや、あいつには大きく欠けているものがある」
「そうなのですか?」
「あぁ。人間性がな」
「まるで、人間じゃないみたいな言い方……」
「恐らく、性根は優しく、素直で、臆病だ。だが、あいつは愛情を知らない。まぁこれについても、今後、何かしらの改善が見込める予定だ」
「……俺にはまだ教えられないことなのですね。分かりました。ルクス様の補佐官として、協会本部に就職します」
「あぁ。頼む」
こうして、俺は早くも、卒業後の進路が決まってしまったのだった。
勿論、このことは内密なので、皆には立派な魔術師か、研究者になるのだろうと期待されている。
それにしても、あのアダクさんを動かせる人がいるなんて。
ルクス様の政治的な事情と言い、この国にはそれほどに恐ろしい存在がいるのだな。
うん、深くは突っ込まないでおこう。
俺は別の意味で、周囲を納得させるために、学園を好成績で卒業することを目指すことになった。
その間も欠かさず、魔術師階級は上げるようにしたし、師匠の面倒も見た。
だが、師匠には内密に、俺の就職先が知らされているらしく、寂しげな目をして、愚痴を零すこともあった。
「師匠。俺がいなくなったからと言って、寝食を疎かにしてはいけませんよ」
「ジュネがいないなら、守る意味もないじゃないか」
「俺は協会本部にはいるのですから、気付けないとでもお思いで?」
「狡いぞ。遠隔で脅して来るなんて」
「大丈夫ですよ。師匠には沢山お世話になりましたし、色々なことを教わりました。それを忘れることはありません。それに将来に活かせることでもあります」
「お世話になったのは僕の方だけれどね。はぁ、弟子の出世は嬉しいけれど、道を違えてしまうのは寂しいな」
「多分、俺にはそっちの方が性に合っているんですよ。アダクさんが無能な人間に任せるとは思えません。ですから、光栄で、良いことだと思っていますよ」
「寂しくないってこと?」
「寂しいですよ。でも…………そうですね。また会いに来ます。きちんと寝ているか。きちんと食事を取っているか。見に来ますので、師匠もちゃんとしてくださいね」
「げ、抜き打ちかよ」
そうして、俺は学園を首席で卒業した。
功績溜めをしていた魔術師階級も一気に上げて、一年、メディウムさんから仕事を教えてもらい、協会長付き補佐官に就任した。
数日後。俺は新たな主、ルクス様と再会することになった。
まぁ、ルクス様は俺のことはほぼ覚えていらっしゃらないようだったけれど。
「お初にお目にかかります。先日、協会長付き補佐官に任じられました、ノヴェラエ・プエラボと申します。真名はジュネ・フェウレです。どうぞ、ジュネとおよびください」
「ジュネ?真名で良いのですか?」
「はい。俺は協会本部で育ちまして、協会内には俺のことを知る者も多いですから、皆がジュネと呼ぶのに、貴方様にだけ呼ばせないというのは不誠実だと思いまして」
「そういうものですか。分かりました。私はルクス・プリンシピウムと申します。真名はルミエ・レデブです。お好きなように呼んでください」
「ありがとうございます。ルクス様」
俺がお礼を告げると、ルクス様は首を傾げた。
何故、礼を言われるのかが分かっていないような顔だ。
なるほど。アダクさんが言っていたのは、こういうことか。
性根は優しく、素直で、臆病。そして、人間味がない。愛を知らない。
「ルクス様。まずは協会長就任に向けて、お仕事があります」
「はい。アダクさんから聞いています。この一年の見習い期間中にも準備をしてきました」
「はい。俺も聞いております。それではお仕事を始めましょう」
俺は自然と笑みを浮かべていた。
ここからが補佐官としての始まりだ。
この幼子のような、老人のような、不思議な主との日々が待ち受けている。




