14.師弟の攻防(憧れの残骸と世話係の性分2)
二話目です。
「師匠―。朝ですよー」
「んん?」
「師匠。今日こそは、朝食を食べてもらいますからね!」
「むり……ねる……」
「無理じゃないです!昨晩は3時頃に寝たのでしょう?今は9時です。6時間睡眠は十分な量だと、この前、言っていたじゃないですか!」
「むり……」
「無理じゃないです!もう、ほら!」
「あー、ふとん……」
「はい、起きる!」
「うーん」
そうして何とか、師匠を起こして、着替えと身支度をさせた。
流石に頭もすっきりしてきたらしく、いつも通りに、俺たちは食堂に向かう。
「ジュネは厳しいよねー」
「そんなことありません。師匠が言ったんですよ?」
「いやー、三徹が限界でさ。昨日は3時で寝ちゃったんだよねー。で、四徹目の後の朝は、10時間くらい寝ていたいの!そこに6時間で十分理論は、適用されないから!」
「いえ、適用します。規則正しい生活を送ってください」
「何それ!酷い!」
「酷くありません。不摂生な生活は、心身の健康によくありません」
「流石、神殿育ち。ちゃんとしてるなぁ」
「そうですね。師匠にも、お教えしますよ。就寝と起床時間がきっちりと決められている生活を」
「いやー!やめて!むりだから!」
「無理ではありません。できるようになるまで、やります」
「嫌だー!」
「さぁ、静かに朝食を食べて下さい」
「…………小姑」
「師匠?何か、言いましたか?」
「何でもないです。ごめんなさい」
後から思えば、この頃から世話焼きだと言われていたような気がする。
そして、将来、世話焼きが本職になるとは思ってもみなかった。
ここから、俺の師匠の攻防が始まった。
「師匠、そろそろ、就寝の時間ですよ」
「あ、ごめん。今日は皆と話し合いがあるから」
「…………分かりました」
こういうことが何度も続いた。
どうやら、本当に皆と話し合いをしているらしく、共同研究室の談話室に集まっている姿を確認している。
しかし、通りがかりにその会話が聞こえて来たことがあった。
その内容を聞いて、俺は不信感を抱いた。
ある日。師匠がいつも通りに、そう告げて、共同研究室に向かった。
俺は暫く間を置いて、こっそりと共同研究室に向かい、会話を盗み聞きする。
よくないと分かっているが、この疑念を晴らすためだ。
「はぁ。それでさー。弟子が厳しくてー」
「そりゃあな。弟子はそういうもんだろ」
「まぁね?色々と世話してくれるのは有難いけどさ……」
「どうしたんだ?」
「ジュネってば、僕に規則正しい生活をさせようとするんだよ?」
「あー、まぁ、そのくらいがちょうどいいんじゃないか?」
「えー」
何てことない、ただの雑談だった。
「へぇ?」
俺は何故か、やる気が出てきてしまった。
そして、翌日から早速行動に出た。
師匠と一緒になって、駄弁っている研究員の弟子と仲良くなることを始めたのだ。
皆の悩みは共通していた。
それは師匠の生活の面倒を見るのが大変であること。
俺はそれを上手く利用して、それを改善させるために協力しようという方向に話を持って行った。
いつしか、俺は皆の纏め役のようになっていて、仲間も増えていた。
そして、今夜、俺たちは第一回戦を開催することにした。
「師匠。見つけましたよ」
「げっ!な、何でここに!?」
「さぁ。就寝時間です」
「え、いや、皆との話し合いがあるから」
「あぁ。そちらの皆さんにもお客様ですよ」
「「「師匠!」」」
「「「師匠―!」」」
「「え?」」
「「うわ」」
「「何で?」」
「さぁ。皆さん。就寝時間です。規則正しい睡眠は、頭脳労働の皆さんには必要なことですよ」
「ジュネ、お前……」
「それでは、お休みなさい。さぁ。師匠、行きますよ」
「あー、待ってー!」
こうして、初戦は勝利を収めることができた。
しかし、その次からは上手くいかなかった。
師匠は味方を増やして来たり、本当に必要な議題を用意したりしてきたからだ。
その度に、俺たちは会議を開き、対策を練り、味方を増やしていった。
そうして、とある日。遂に一部の弟子たちの堪忍袋の緒が切れた。
「皆!勝つぞー!」
「「「おぉー!」」」
何だか、よく分からない円陣を組んで、声を出している。
そして、先頭は当然のように、俺に任された。
「師匠。就寝時間です」
「あぁ、ごめん。ほら、今いいところでさ」
「分かりました。それでは十分待ちますので、キリの良いところで終わらせてください」
「え、いや、十分だと、ちょーっと足りないかなー?」
「そうですか。それでは仕方ありません」
「やった」
「はい。今日はここまでで終わりです」
「えぇ!?い、いや、そっちじゃなくてね?それにほら、皆もいいところなんだよ」
「あぁ。そちらの皆様は、それぞれご自分のお弟子さんから、お話がありますので、聞いてあげてください」
俺が背後に視線を向けると、皆がそれぞれに自分の師匠のところに向かって行った。
そして、連行しようとしたり、お説教を始めたりする。
「はい。師匠!行きますよ!」
「いや、待て!待ってくれ!」
そんな様子を見て、師匠は口端を引き攣らせて、こちらを見る。
「あの、ジュネさん?」
「師匠。知っていますか?ゴキブリ、という虫は、一匹見つけたら、百匹は近くにいると言われます。孤児院では、目撃情報があったら、一斉大掃除が行われます」
「へー、それは大変だね。でも、協会には結界があるから、そんなことにはならないと思うよ?」
「えぇ。ですが、掃除というものは大変なのですよ。虫以外にも対処するべきことは沢山ありますから」
そう言って、じっと師匠を見ると、師匠は頬を引き攣らせた。
「え、もしかして、僕のこと、虫だと思ってる!?」
「まさか、そんな。失礼でしょう?」
「だ、だよね?」
「えぇ。師匠は虫とは違いますから」
「それって、虫以下って意味じゃないよね?」
「おや?そんなことは一言も言っておりませんが?」
「う、うん。そうだね。良かった」
「えぇ。師匠はとても優秀で素晴らしい方ですから」
「え?そ、そう?」
「えぇ。ですが、そんな師匠が、ご自分を卑下するようなことを仰るなんて、やはり睡眠不足のようですね。精神状態が不安定なようです」
「え?いや、これはどちらかというと、君の所為……」
「はい?」
「いや、何でもないです」
「それでは師匠。帰りますよ」
「いや、待って!今日はほんとにダメだから!」
「はぁ。今日はやけに諦めが悪いですね。もしや、これの所為ですか?」
俺が一枚の紙を掲げて見せると、師匠はざっと顔色を変えて、固まった。
「な、何故、それを……」
「師匠。俺は掃除が得意なんですよ。それで、師匠の部屋を掃除していたら、偶々、この紙を見つけまして、偶々、内容が目に入ってしまったんです」
「いや、そんな偶々があるかなぁ!?」
「ええ、偶々です。ここにきちんと書いてありますよね?欠席厳禁、強制参加、って。まさか、故意に体調を崩して、欠席しよう、とか、考えていませんよね?」
「もも勿論だよ!」
「ですよね?それでは明日に備えて、今日は早めに休みましょう。さぁ、寝る時間ですよ」
「いやそれ、母親みたいな台詞だよね!?」
「もし、そう聞こえるのだとしたら、誰の所為でしょうね」
「うぅ」
「あぁ、それと」
「な、何かな?」
「先程聞こえてしまったのですが…………ジュネは口うるさくて、嫌なんだよね。頭が固いっていうかさ。それに最近は悪時恵まで付けて来て。でしたっけ?」
「な、なな何のことかなー?」
「師匠。まさかとは思いますが、俺、この研究室辞めた方がいいと思ってます?」
「え!?い、いや!それはない!っていうか、絶対、いつまでも!うちに居て欲しいよ!余所に行っちゃダメ!」
「あぁ。それは良かったです。俺も師匠のことを放っておけませんからね」
「そ、そう?ありがとう」
「いえいえ。ということで、さぁ、おねんねの時間ですよー」
「は?いや、それだから、子どもに言う台詞!」
俺は師匠の襟首を掴んで、引き摺って、歩き始めた。
周囲の人から、生暖かい目で見られていると気付いた師匠は、最初は解放してくれと騒いでいたが、段々と勢いがなくなり、最後には両手で顔を覆って、見ないでと呟いていた。
この日から、師匠は俺を怒らせてはいけない、と思ったらしく、俺がにこりと怒りの微笑みを浮かべると、すっと大人しくするようになった。
けれど、それでも未だに、偶に反抗するので、やはり師匠は強い人だと思った。




