13.孤児院の天才(憧れの残骸と世話係の性分1)
ジュネの人生の概略です。全四話です。
物心ついた頃。俺はここが孤児院で、自分が孤児であることを知った。
けれど、それがどういうものなのか、どういうことなのかは分かっていなかった。
少しして、孤児院にはこちら側とあちら側があるということを知った。
こちら側にいる子どもは、黄色に近い緑から紫に近い青までの色を持つ者たちだった。
そしてあちら側にいる子どもは、赤に近い紫から、黒に近い茶色までの色を持つ者たちだった。
その違いに、俺は疑問を持った。
何故、色で分けられているのだろう。それはどういう意味があるのだろう。
それにあちら側の方が、子どもの人数が多く、皆で楽しそうに、和気藹々としている。
こちらは人数が少ない分、本物の家族と言える近さなので、それに不満はない。
ただ、少し気になっただけなのだ。
片手では足りない程の人数の子どもたちと遊ぶ、ということに興味を抱いたのだ。
だから、俺は無邪気に、世話をしてくれている父のような存在の神官に聞いてしまった。
「何で、俺たちはあっち側に行ってはいけないの?」
「お互いに傷つけないためですよ」
「何で?俺はそんなことしないよ?」
「貴方にそのつもりがなくとも、そうなってしまうこともあるのですよ」
「ふーん…………」
よく分からない。
何だか、誤魔化されたような気分で、少し不貞腐れていると、彼は優しく俺の頭を撫でた。
「もう少し大きくなったら、分かるようになりますよ」
「本当?」
「えぇ。それが幸か不幸かは分かりませんが」
知ることが、分かることが、良くない場合もあるのだろうか。
俺は知ることは良いことだと思っている。
知らなければ、分からなければ、何もできないか、失敗してしまうからだ。
でも、神官はそう思っていないようだった。
そうして、数年が経ち、俺たちは洗礼を迎えることになった。
洗礼の儀は神殿で行い、その後、魔術師協会に行って、魔術計測をするらしい。
神官からの説明に、俺は首を傾げた。
それが必要なことなのだろうか。
それはどんなものなのだろうか。
それをするとどうなるのだろうか。
いや、それを知るために、俺は洗礼を受けよう。
そうすれば、何かが分かるはずだから。
そうして、皆と一緒に洗礼の儀のために、神殿の聖堂と呼ばれる場所に向かった。
ここは孤児院にある祈祷の間とは違うらしい。
初めて入った場所で、神官から説明を受けて、その通りにする。
一人で記帳台の前に向かうのは、少し怖かったが、期待の方が大きかった。
そうして、俺はノヴェラエ、という名を得た。
それと自分の真名がジュネであるということも、思い出した。
孤児院では幼名というものを神官が付けてくれるので、真名は必要なかったのだ。
それから数年経って、魔術師協会という場所に向かった。
初めての孤児院の、神殿の外に俺たちは目を輝かせた。
けれど、この時も、あちら側の子どもたちとは別行動だった。
魔術計測も一人ずつ、行うらしく、計測を行う部屋の前で、皆で待った。
俺の番になった。
俺は、皆に行ってくる。と気丈に笑って、部屋に入った。
「ようこそ、いらっしゃいました」
「こ、こんにちは」
「それでは、まずはこちらに手を置いてください。この透明な球が光ります。ですが、何も害はありませんので、ご安心くださいね」
「う、うん」
俺は言われた通りに球に手を置いた。
すると、球は俺の髪の色に輝いた。
綺麗な黄緑だった。
「それでは、次にこの針を腕に刺します」
「え」
「大丈夫ですよ。これは痛くありません。少し変な感じがする人もいますが、これも身体に害はありません」
「わ、わかった」
俺は少し深呼吸をしてから、腕を差し出した。
刺しますねと言われて、ぷすりと刺された。
しかし、本当に何も感じない。
何でだろう。と驚き、考えている間に、計測は終わったらしい。
針を抜かれて、もう大丈夫ですよ。と言われた。
「最後に、このクリップというものを、両手の人差し指に、このように付けます。そして、私がこのつまみを回すと、指先が押されているような感覚が出始めます。そして身体が熱くなったり、息苦しくなったりします。それに耐え切れなくなったら、教えてください。無理せず、頑張らず、素直に無理だと言って下さいね」
「う、うん」
俺はその人がやって見せてくれたように、人差し指にクリップという物をつけた。
それを見て、協会の人はつまみを回す。
先程、説明された通りに、指が押されているような感覚が出て来た。
でも、まだ大丈夫だ。
段々と強く、押されている気がする。
そして身体が熱くなって、風邪を引いた時のように息苦しくなってきた。
だから、俺は素直に声を上げた。
「無理だ」
「はい。お疲れ様でした。もう、クリップを外して頂いて、構いませんよ」
「うん」
その人は褒めるように、微笑みを浮かべて、つまみを戻した。
「それでは、計測結果をお伝えしますね。これは覚えておいた方が良いものです。ですが、真名やその意味と同じように、誰かに伝える時には、注意してくださいね」
「うん」
「まず魔術階位は黄緑です。保有魔力量は8872。魔力許容量は8845、です。覚えましたか?」
「えっと、黄緑、8872、8845?」
「はい。これで計測は以上になります。お疲れ様でした」
「うん。ありがとうございました」
俺はぴょんと椅子から降りて、部屋を出て、皆のところに戻った。
「どうだった?」
「えっと、よく分からないけど、怖くはなかったよ」
「そうなの?良かった」
皆に興味津々の表情で問いかけられた俺は、何となくの感想を伝える。
計測結果は言ってはいけないらしいし、皆が気になるのは、何をしたのか、どのような感じだったのか、だろうから。
そうして、魔術計測を終えて、俺たちは孤児院に戻った。
それからはいつも通りの日常が続いた。
皆のことは名前で呼ぶようになったけれど、偶に、少しだけ寂しくて、以前の幼名で呼んであげることもある。
しかし、そんな日々は長く続かなかった。
「ノヴェラエ。こちらに来て下さい」
「うん?分かった」
神官に呼ばれた俺は、本を読むのを止めて、そちらに向かう。
孤児院には寄付金や寄贈品というものがあって、それで食べ物や服を買ったり、本が読めたりする。
俺は本を読むのが好きだった。
皆に読み聞かせるのも好きだし、一人で黙々と読み進めるのも好きだ。
知らないことが知れる。
分からないことが分かるようになる。
そんな本はとても面白くて、好きだ。
神官に付いて行くと、孤児院の応接室に通された。
見慣れた簡素な内装だけれど、俺たちが普段、使う場所ではない。
そこには二人の男性が来ていた。俺は神官と一緒にその対面に座った。
「こんにちは。俺はアダクだ」
「アダクさん?俺はノヴェラエだよ」
「おう。きちんと挨拶ができるいい子だな」
「うん?ありがとう?」
「ははは」
神官よりも大柄な男性は、その体格に見合った、豪快な笑い方をした。
「それで神官様。彼は普段、どんな様子ですか?」
「好奇心が旺盛で、本が好きなようですね。面倒見も良く、頼り甲斐がある。ただ、我々ではその才を伸ばしてあげることができないのが、惜しいですね」
「それでは、今回のお話は受けて下さると?」
「えぇ。後は本人の意思次第です」
「ありがとうございます」
神官と男性がよく分からない話しをしている。
俺がその会話を不思議そうに見守っていると、男性の目がこちらを向いた。
「ノヴェラエ。本が好きなのか?」
「え?うん。知らないこと、分からないことを知るのが好きだから」
「そうか。それじゃあ、魔術には興味あるか?」
「魔術…………?」
「そうだ。魔術は奥が深い。本だけでは分からないこともある」
「本だけじゃ、分からないの?」
「そうだ。今のお前は本が全てだろう。だが、世界はもっと広いぞ」
「…………何それ。気になる!」
「そうか、そうか。だが、世界を見たいなら、お前はここを出なければならない」
「ここを出る?帰って来ないの?」
「あぁ。勿論、顔を見に来ることはできる。だが、お前も、そして、今一緒にいる皆も、いずれは独り立ちしなければならない。それは分かるだろ?」
「うん。でも、何で今なの?」
「流石だな。鋭い質問だ。それは勉強を始めるなら、早い方がいいからだ」
「勉強?」
「あぁ。世界を知ること、学ぶこと。何も知らなければ、何もできない。知ることはいっぱい、沢山、山のようにある。それを知りたいと思うのなら、早くから始めないと、お前は本を読むだけで、その人生が終わる」
「俺は何かをしたい。それが何かを知るために、本を読んでいるんだよ」
「あぁ。それがお前が賢い子どもだという証左だ」
「…………分かった。どうすればいい?」
「簡単だ。俺たちのところに来い。そこで色々と教えてやる」
「その後は?」
「自由だ。ここに戻って来て、神官になってもいい。そのまま、協会に就職してもいい。一人で世界を旅してもいい」
「分かった。アダクさんのところに行く」
「そうか。じゃあ、また迎えに来よう。いつがいい?」
「分からない」
俺が神官に視線を向けると、彼は頷いて答えてくれた。
「手続きなどもございますので、一週間後にお越し頂ければ、と」
「分かりました。必要な書類は直ぐに用意できますか?」
「はい。半分は直ぐにご用意ができます。もう半分は一週間後に」
「では、それで」
「はい。こちらで少々、お待ちください。ノヴェラエ。行きますよ」
「うん。アダクさん、またね」
「おう。一週間後にな」
俺は神官に、先程まで本を読んでいた部屋まで送ってもらった。
だが、俺は本の続きを読む気になれず、そのまま、ぼーっとして過ごした。
色々と考えたいことがあるのだ。
あぁでも、その前に皆にはお別れを言わないといけないな。
俺たちは仮初めの、でも本物の家族だ。
だから、俺は正直に告げた。
「俺はアダクさんって人のところに行くよ。そこで沢山、勉強をして、やりたいことを見つけるんだ」
「もう、会えなくなっちゃうの?」
「また会いに来るよ。でも、いずれは、皆もそうなる。皆、それぞれの道を歩くことになるからな」
「寂しいよ」
「そうだな。でも、離れてても、俺は皆のことを覚えているよ」
「うん。僕たちも忘れないよ!」
そうして、最後の一週間を過ごして、俺は迎えに来てくれたアダクさんと一緒に、孤児院を出た。
「今日から、ここがお前の家だ」
「でっか」
「はは。お前が使うのは、この一部だよ」
「そっか」
「で、お前の師匠を選んである」
「師匠?」
「お前に沢山のことを教えてくれる人だ。一緒に生活もすることになるからな。家族みたいなもんだ」
「家族…………分かった」
俺は師匠だという人を紹介されて、その人に付いて行き、家、いや協会内を案内してもらった。
「寝泊まりはここでするんだよ」
「うん」
「他に分からないことはある?」
「いっぱいある。けど、その都度、聞くよ」
「そうだね。それじゃあ、まずは一緒に昼食を食べようか」
その日から、俺の協会での生活が始まった。




