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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
皇亀後の日常

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実演講習会1


 木蓮が馴染みのお茶屋さんでアルバイトを始めた週の、その土曜日。仁科刀剣で練氣鍛造法を用いた作刀の実演講習会が開かれた。開始は十時からなので、颯谷はそれに間に合うように愛車のSUVで仁科刀剣へ向かう。後部座席には作刀に使う阿修羅武者のハンマーを載せてある。


 ちなみに。颯谷はまだ木蓮のバイト先を訪ねていない。まだ踏ん切りがつかないのだ。それで「今はまだ仕事に慣れる時期、のはず」と言い訳して、延ばし延ばしにしていた。記憶にある店内は大正レトロの落ち着いた雰囲気だったし、男一人でも遠慮することはないとは思うのだが、まだ何となく気恥ずかしさを拭えずにいるのだった。


 まあそれはそれとして。仁科刀剣にはすでに数台の車が停まっていた。駐車場だけでは入りきらず、近くの道にも数台停まっている。道路脇が田んぼだったから良かったようなものの、場合によっては通行の妨げになっていたかもしれない。ただ駐車場には一台分空きスペースがあったので、そこに停めろということだろうと思い、颯谷はそこへ車を入れた。


 車から降りると、颯谷はまず母屋へ向かった。俊に対応してもらい、アウターや手荷物などを客間に置いてから、またすぐに外へ出る。そして車の後部座席からハンマーを取り出して工房へ向かった。


「む、来たか。颯谷」


「どうも。よろしくお願いします」


 炉の近くで準備をしていた清嗣が颯谷に気付いて声をかける。颯谷も彼に向って小さく頭を下げた。工房の中には見学者と思しき者たちがすでに十人ほどいて、彼らは一斉に颯谷のほうを振り返る。彼は一瞬「うおっ」と思ったが、突っ立っていても仕方がないので、ハンマーを手に炉の方へ近づいていった。


 颯谷が近づくと、見学者たちがスッと動いて道を空ける。彼は軽く頭を下げながら彼らとすれ違い、清嗣のところへ行く。見学者がこんなに多くて大丈夫なんだろうかとちょっと心配になるが、人数を決めたのは仁科刀剣側のはず。大丈夫なんだろうと思い、それ以上は深く考えなかった。


 颯谷が近づいてくると、清嗣は作業していた手を止めて立ち上がった。そして視線を合わせると、小さく頷いて「今日はよろしく頼む」と言った。颯谷が返事を返すと、清嗣は早速打ち合わせを始めた。


「今日はまず、最初に天鋼製を打つ。まあこれはリハビリを兼ねて、だな。あとの三振りがモンスターのドロップしたインゴットだ」


 颯谷は「分かりました」と答えて一つ頷く。そんな彼に清嗣は一振りの模造刀を見せる。反りが緩やかでクセのない形だ。今日の四振りは全てこれを基本形にしてやるという。颯谷はもう一度「分かりました」と答えた。


「準備にもう少しかかる。用意しておいてくれ」


 清嗣にそう言われ、颯谷は一つ頷いた。それからハンマーを立てかけ、上着を脱いで動きやすい格好になる。それからタオルを頭に巻いていると、見学者の一人が彼にこう尋ねた。


「質問、いいかな?」


「あ、はい。何です?」


「さっきのやり取りは、一体どういう意味なんだい?」


「あ~、なんて言うか……」


 颯谷は口ごもった。そして視線を彷徨わせながら考えをまとめる。それからこう答えた。


「えっと、練氣鍛造法って要するに氣を流すラインをイメージしながらやるんですけど、そのラインって刀の形にも左右されるわけで、だから最初に完成形をイメージして、それを共有しながら作業することで精度が上がる、とオレは思っています」


「作業中、いろいろとその、角度が変わると思うんだが……」


「あ、はい。だからそこは補正しながらというか、合わせながらやります」


「合わせる、というと……?」


「えっと、90度傾けたら、イメージの方も90度傾けて、みたいな感じですね」


「なる、ほど……」


 質問者はやや難しい顔をしながらそう答えた。難しい顔をしているのは彼だけではない。一緒に聞いていた他の見学者たちも、多かれ少なかれ難しげな顔をしている。分かりにくかったかな、と颯谷は内心で呟く。そんな彼に別の見学者がこう尋ねた。


「練氣鍛造法に限って言えば、鍛冶師としての技量は必要ないと聞いたんだが、それは本当なのか?」


「本当です。オレも一人で作業なんてできないですから。そのへんは清嗣さん、というか小鎚側に全部お任せですね」


「じゃあ、ハンマーを振るう時に気を付けていることは? その、氣功能力が絡まない範囲で、だが」


「『金床の真ん中に振り下ろせ』って言われているので、それだけ気を付けています」


 颯谷がそう答えると、質問者は一つ頷いてから「ありがとう」と言って引き下がった。それを見てから清嗣が「そろそろ始めようか」と声をかける。颯谷は「はい」と答えてハンマーを手に取り、目元に妖狐の眼帯を装着する。


 それを見て見学者たちもそれぞれ仙具を取り出した。ただし半分だけ。そして二人の作業を邪魔しないように距離を取りながら二列になって金床を囲む。仙具を身につけているのは前列の者たちだけで、後列の者たちは裸眼のまま。二振り目になったら仙具と場所を交代するのだろう。


「では、これから作業を始めます。作業中は静かにお願いします。質問は作業が終わってからお願いします」


 宏由がそう言うと、見学者たちが揃って頷く。緊張感が漂い始める中、清嗣が炉から熱した天鋼を取り出して金床の上に置いた。颯谷は内氣功を滾らせてハンマーを振り上げ、そして振り下ろす。ハンマーを熱せられた天鋼へ叩きつけると同時に、彼は“ライン”を意識しながら氣を流し込んだ。


「おお……!」


 仙具を介してその様子を視たのだろう。見学者たちの間から小さく感嘆の声が漏れた。颯谷のほうには、それに構う余裕はない。集中力を高め、頭の中に描いたイメージを途切れさせないようにしながら、一心不乱にハンマーを振るう。やがて誰も一言も話さなくなり、工房の中には天鋼を鍛える音だけが響いた。


「よし、こんなものだろう」


 打ち上げた刀身を、清嗣が金床から下ろす。もちろんまだ完成ではない。虹石を使った火入れなど、仙具特有の工程もある。だが氣功能力者でなければできない、練氣鍛造法を用いた工程はもうない。颯谷が絡むのもここまでだ。よって今回の実演講習会でもやってみせるのはここまでになっていた。


 颯谷はハンマーを降ろし、妖狐の眼帯を外す。そして「ふう」と息を吐きながらタオルで汗を拭った。作業が一段落したのを見て見学者が質問を始めようとするが、宏由がそれを止める。質問はもう一振りを打ち上げ、午前中の作業が全て終わってからになった。


 颯谷としてもその方がありがたい。質問を挟むと集中力が途切れそうなのだ。もちろん今は小休止中だから、作業中のような集中力を維持しているわけではない。だがこれは、言ってみればアイドリング中みたいなもので、すぐに集中力を高められる状態を維持しているのだ。それを崩されたくなかった。


「颯谷、次だ。始めるぞ」


 炉の様子を見ていた清嗣が、颯谷にそう声をかける。彼は「うす」と答えると、頭にタオルを巻きなおし、目元にも妖狐の眼帯を装着しなおした。二列になっていた見学者たちも、それぞれ場所を入れ替わり仙具も交代する。それを見て清嗣は炉から真っ赤に熱せられたインゴットを取り出し金床の上に置いた。


 ドロップしたのが土塊人形ゴーレムなのか皇亀なのかは分からない。だが間違いなく怪異モンスターがドロップした、一級仙具のインゴットである。炉に入れる前に多少の処理はしてあるはずだが、素材としては最上級と言って良い。


 とはいえ、扱うのはこれが初めてではない。そしてやる事も変わらない。颯谷は集中力を高めてハンマーを振り下ろした。氣の通り具合は、やはり天鋼と比べて柔らかい。良い素材を使っていると楽しくなってくるのは職人のさがとでもいうモノなのか。彼はちょっとテンションが上がるのを自覚した。


 アドレナリンが出る。しかしそれに振り回されない。集中力を高め、パフォーマンスの向上へと繋げる。工房内がもともと静かだったことも幸いした。外から聞こえてくるわずかな雑音も徐々に遠くなり、颯谷はただハンマーを振るって練氣鍛造法を駆使することにだけ没頭した。


「よし。上出来だな」


 清嗣がそう言って打ち上がった刀身を金床から下ろす。それをきっかけにして、颯谷の世界に音がよみがえった。彼は肩を上下させて荒い呼吸を繰り返す。身体が熱い。全身から汗が吹き出し、彼は妖狐の眼帯をはずしてその汗を拭った。


(疲れた……)


 颯谷は内心でそう呟いた。二振り目だからなのか、ずんっと疲労が重い。だが心地よい疲れだ。いい仕事ができた。その手応えがある。口元に自然と笑みが浮かんだ。そんな彼に宏由がこう声をかける。


「桐島君。質疑応答、始めていいかな?」


「あ、はい。どうぞ」


 気を取り直して、颯谷はそう答える。するとすぐに質問が飛び始めた。作業に入る前にあらかじめ「練氣鍛造法に鍛冶師としての技術は必要ない」と伝えておいたので、質問は主に氣功技術に関連した事柄に集中した。


「道具によって差は出る?」


「出ると思います。氣を叩き込むわけですから、三級よりは二級、二級よりは一級のハンマーを使った方が精度は上がると思います」


「どのくらい差がでる?」


「二級のハンマーでやったことがないので分かりません。……あ、あと、氣をしっかり可視化してくれる仙具を使わないと、作業が不可能ではないにしても、精度はかなり悪くなると思います。目隠ししながらやっているようなもんなんで」


「一人でやる場合、片方に金鎚、もう片方に火ばさみだと思うが、火ばさみのほうから氣を通すという形でもできるのか?」


「う~ん、火ばさみが仙具ならたぶんできると思います。やったことがないので確実なことは言えませんけど」


 颯谷がそう答えると、見学者の幾人かが清嗣へ視線を向けた。それに気付くと、彼は苦笑しながらこう答える。


「まず、ウチには仙具の火ばさみがない。それから、ワシでは到底氣の量が足りん」


 その回答を聞いて見学者たちは「あ~」という顔をした。道具のことか、もしくは氣の量のことか。自分にも思い当たる節があったのだろう。理想的に条件が揃うというのは、なかなか無いのだ。


 その後、幾つかの質問があり、颯谷は答えられる範囲で答えた。「どうやったら氣の制御能力を鍛えられるか?」という質問もあり、彼は「道場で聞いてください」と答えた。それ以外に答えようなどない。そして質問がだいたい出尽くすと、宏由が実演講習会午前の部の終了を宣言した。


「じゃ、お疲れさまでした」


 見学者たちがぞろぞろと工房を後にする。彼らを見送ってから、颯谷ら三人は母屋へ向かった。昼食を食べて休憩したら、今度は午後の部だ。


 食事中、俊は少し悔しげな様子だった。彼は講習会には参加していない。氣功能力者でない以上、出ても仕方がないからだ。


 だがそうだとしても。彼にとっては夢の講習会がすぐ近くで行われているのだ。内心ではかなり悶々としていたようで、彼は身を乗り出しながら颯谷にこう頼み込む。


「先輩! オレが能力者になったら、またやって見せてくださいよ!」


「いいぞ。でも氣を可視化する仙具は自分で用意してくれよ」


「あぁ~、それがあったかぁ~」


 俊は頭を抱えた。氣を可視化する仙具は貴重品だ。当然、仁科刀剣では保有していない。最低限、どこからか借りる必要がある。だが彼には貸してくれそうな心当たりがなかった。


 どうしようかと今から悩む俊を、宏由と清嗣は暖かく見守っている。二人が借り先を心配する様子はない。仁科刀剣は幾つかの武門や流門に伝手がある。そこから借りられるだろうと思っているのだ。


 またいざとなったら、今日の講習会に出た人たちに頼んでもいい。彼らとて、講習会を開いてくれた仁科刀剣の頼みごとを無下にはしないだろう。もしかしたらそのことも織り込んでの講習会だったのではないか。颯谷はふとそう思った。


 さて、午後の部の開始時間が近づくと、工房にはまた人が集まって来た。それらの人たちの応対と作業の準備は仁科刀剣の大人二人に任せ、颯谷は母屋の客間でもう少しゆっくりさせてもらう。そして時間になったところで工房へ向かった。


 午後の部もだいたい午前の部と同じように行われた。違ったのは、まず素材が全て一級仙具のインゴットだったこと。午前に質問された事柄を宏由がまとめてくれていて、そのおかげで質疑応答が短く済んだこと。そして小鎚を握ったのは清嗣ではなく宏由だったことだ。


 颯谷としては、息が合うかちょっと心配だったのだが、いざ始めてみるとやりにくさは少しもなかった。考えてみれば宏由は普段から清嗣と一緒に仕事をしているのだ。加えて颯谷がハンマーを振るうのを何度も見ている。彼の呼吸は十分に把握しているのだろう。颯谷は集中してハンマーを振るうことができた。


 二振りの刀を打ちあげ、午後の部も無事に終わる。颯谷は「ふう」と息を吐いた。集中力を保ち続けるのは、戦闘とはまた違った疲れ方をする。だがイヤな疲れ方ではない。彼は「征伐隊を引退したらコレで食っていこうかな」なんて、そんなことを冗談交じりに考えた。


「それじゃあ桐島君、来週もよろしく」


「はい。お願いします」


 母屋でコーヒーをご馳走になってから、颯谷は仁科刀剣を後にする。帰りは、途中でスーパーに寄るつもりだ。「夕食は、ちょっと奮発して刺身でも買おうかな」とか考えながら、彼はSUVを発進させた。


見学者「もしかしたら火ばさみの方がいいんじゃ……?」

颯谷「ハンマー以外でも可能性はあります。検証してみてください(丸投げ)」

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― 新着の感想 ―
颯谷君の言葉遣いが気になる。仕事の場でオレは......心の古傷が疼いて身悶えるwww 他の人ピクッてなって一瞬変な空気になるやつだ。 指摘されないと案外気付けないし、周りの大人に頑張ってもらうしかな…
そうかハンマー以外に火ばさみも有りかもしれんか。それはそれとして颯谷は気質からしてこういう事好きなんだな。
それ言い出すと金床も仙具かそれに準ずるもので作ったものの方がいいとか検討が始まるわけか
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