実演講習会2
当初の見込み通りと言うべきか。仁科刀剣での実演講習会は二回では終わらなかった。東北地方はもとより、噂を聞きつけたらしい関東地方や北海道、新潟を含めた北陸地方などからも見学希望者が殺到したのである。
「能力者社会って言うのは結構地域完結型だと聞いていたんだけど、なかなかどうして横の繋がりってのはあるもんだねぇ……」
驚いているのか呆れているのか。苦笑の滲む声で宏由はそう言った。恐らくだがそういう横の繋がりは、例の「赤紙騒動」をきっかけにして生まれたか、もしくは強化されたのだろう。その渦中のど真ん中にいた颯谷としては、ある面、自業自得なところがある。
「ははは、ソウデスネ……」
それを一度自覚してしまうと、頬は引きつり返事も片言にならざるを得ない。まあ仁科刀剣としても仕事が舞い込んでいるわけであるし、そこはプラスになっているはずと前向きに考えたい。
彼自身、バイト代は弾んでもらっている。ただなんと言うか、そもそも実演講習会は練氣鍛造法を使える職人を増やして仕事(負担)を分散させるのが目的だったはず。それなのに仕事が一向に減らないのはどういうわけなのか。
(講習会にかこつけて、本当はただ普通に仕事の依頼をしているだけなんじゃねぇの……?)
そんなことをちょっと勘繰ってしまう。さらに恐ろしいのは本命、つまりそれぞれの武門や流門がオークションで落札した分がまだ控えているということ。「このままだと本職が鍛冶師になっちゃうな」なんて、颯谷は四分の一くらいは本気で考えてしまうのだった。
さて肝心の実演講習会だが、回数を重ねるごとに徐々に洗練されてきている。特に顕著なのが質疑応答。宏由がQ&Aを纏めてくれたおかげで、三回目以降は、颯谷はほとんど何も喋らなくても良くなった。
その結果、颯谷はハンマーを振るうだけで良くなり、負担はかなり軽くなったと感じている。もともと人前で話すのはあまり得意ではないのだ。毎回それを求められていたとしたら、彼の方で放り出してしまっていたかもしれない。そう言う意味でも、宏由がQ&Aを纏めてくれたのはファインプレーだった。
(ただ、なぁ……)
この実演講習会、たぶん静岡でも似たようなことをやることになるのだろう。剛に頼まれたのはそういうことのはずだ。となると、果たして一回で終わるのかどうか。何度も行き来するのは面倒だし、かといって短期集中で需要を消化するというのも大変そうだ。
(何とか……)
何とか自分の負担を減らす方策はないものか。そこで颯谷が思いついたのが、宏由が纏めたQ&Aだ。実演は剛も出来るのだし、後はこのQ&Aを提供すれば、颯谷の仕事は必要最低限で済むだろう。
「……というわけでQ&Aが欲しいんですけど、良いですか?」
「うん、構わないよ。そもそも参加者には全員配布しているしね」
宏由はそう言って快く承諾してくれた。とはいえ、今すぐにというわけではない。オークションで落札した品々の明細書と請求書が送られてきたのがつい先日で、支払い期限が十二月の末日になっていたから、実際にモノが送られてくるのは場合によっては年明け以降になるだろう。
それからスケジュールを組むのだとしたら、実際に静岡へ行くのは新学期が始まってからになるかもしれない。なんにせよ、Q&Aを貰うのは駿河家の予定が決まってからでいいだろう。その時の最新版を貰えば、剛や参加希望者も喜んでくれるに違いない。
さてオークション関連の話だが、上記した通りつい先日、落札した品々の明細書と請求書が郵送されてきた。確認すると、落札にかかった費用は合計で2億72万円(税別)。おおよそ予算内に収まったと言って良いだろう。
颯谷はまず明細書のコピーを仙樹林業へ郵送。全部引き取りたいというので、「了解」の返事をしてから銀行で振り込み手続きをした。あとは送られてきたブツを一度受け取り、そのまま仙樹林業へ回せば(着払い)彼のやる事はもうない。落札費用と手数料が振り込まれるのを待つだけだ。
(支払いが億単位とか、感覚バグる……)
銀行で支払い手続きをしているとき、颯谷は思わず内心でそう呟いた。普通なら一生触れることもないような大金だ。それを個人でやり取りしているという事実。何より個人の口座にそれをはるかに超える残高があること。自分の事のはずなのに現実味がない。
またその一方で、こういう時に自分の人生が大きく変わったのだと実感する。きっかけは言うまでもなく、たった一人で異界を征伐したこと。あの時から颯谷の人生は変わってしまった。いや、死力を尽くして抗い、そして変えたのだ。それを誇りこそすれ、後悔したりはしない。ただ住む世界が変わり、その世界の価値観に戸惑うことがあるだけで。
(ま、いいけど)
内心でそう呟き、颯谷は振り込み手続きを終えた。確かに戸惑いはするが実害があるわけではない。ゆっくり慣れていけば良いだろう。いや、もしかしたら慣れる必要すらないかもしれない。
(というか、慣れちゃうのもちょっと怖いし)
そんなことを考えながら、颯谷は銀行を後にした。さて振り込みを終え、落札した品々が送られて来たのはそれからおよそ一週間後のこと。
オークション全体でみれば使った金額は特筆して多いわけではないのだが、グラム単価の安い金属を中心に購入したので数が多い。つまり重い。
合計でトン単位になったそれらは大きな木箱に収められ、クレーン付きのトラックで桐島邸へ運び込まれた。ちなみに季節を考慮したのだろう。木箱はブルーシートでくるまれていた。
クレーンを使い、木箱がトラックから下ろされる。玄道が車庫を兼ねる納屋から短い角材を何本か持ってきて、軒先の下、その角材の上に木箱を降ろしてもらった。
こうしてオークションで落札した品々が颯谷の手元に来た。あとはこれを仙樹林業へ引き渡せばミッションコンプリートだ。彼はすぐに仙樹林業へ連絡した。そして担当者と引き渡しの方法などについて相談する。
トラックの手配などは仙樹林業がしてくれることになったが、当然ながら今日中の引き渡しは不可能。二、三日はこのまま桐島邸で保管することになった。それが決まってから颯谷は思わずこう呟く。
「二億が、野ざらし……!」
いや、木箱に入っているしブルーシートで包まれてもいるのだが。それでも軒下とはいえ、少し風が吹けば雨も雪も遮るものは何もない。こんな扱いで良いのかちょっと不安になるが、しかしだからといって屋内へ入れる手段もない。このままにしておくしかないわけだが、そうなると今度は別の心配が出てくる。
盗まれないだろうか、という心配だ。もちろん木箱ごと持っていく猛者はいないだろう。だが木箱を空けて中身を幾つか持っていくだけならそれほど難しくはないはず。何か良い防犯対策はないだろうか。ちらりとコタツを見れば三匹分の白い尻尾がご機嫌に揺れている。颯谷は思わずため息を吐いた。
(夏ならなぁ)
夏なら番犬として優秀なのだが(たぶん)。冬だと役に立ちそうにない(確信)。結局、玄道がホームセンターで買って来てくれた、乾電池式のセンサー付きLEDライトを近くの柱に設置して一応の対策とした。
とはいえ。これで本当に盗難を防げるのかと言うと、設置した本人たちさえ確信がない。結局、仙樹林業が手配したトラックが受け取りに来るまで、颯谷は何となく落ち着かない毎日を過ごすことになったのだった。
そんなこんなで迎えた年末。オークション関連のアレコレが終わり、また実演講習会も元日を挟んで前後半月ほどはお休みの予定で、颯谷は玄道と一緒にゆっくりと新年を迎えることができた。今シーズンは除雪機を導入したので、雪かきも楽だ。
木蓮は静岡県の駿河家に帰省している。年始は来客が多いという話だから、今頃は忙しく動き回っているかもしれない。そう思い、新年の挨拶のメッセージは短く送った。ただ返信は早かったので、案外余裕はあるのかもしれない。
雅から連絡があったのは、一月の半ば過ぎのことだった。用件は言うまでもなく作刀に関すること。オークションで落札したクロムモリブデン鋼がようやく手元に届いたのだという。
「言われた通り依頼は仁科刀剣に出したぞ。あとの予定はあっちで組むそうだ」
「じゃあ、オレは連絡待ちですね。ってか、仁科さんに頼んだんなら、わざわざオレに連絡してこなくても……」
「改めてよろしくってことさ。あ、あと見学しに行って良いか?」
「それも仁科さんに言ってください。……あ、やっぱダメです。緊張するんで」
「今更だろ、そりゃ」
「依頼人が後ろで見てるとか、やりにくいですって」
「ちゃんと眼鏡の仙具も持っていくからさ」
「ガチじゃないですか。なおさらやりにくいですよ。いっそ自分で打ったらどうです?」
「セカンドキャリアの選択肢としちゃぁ、アリかもな。ま、ともかくよろしくな」
颯谷が「はい」と答えると、雅は電話を切った。仁科刀剣の宏由から連絡があったのはその翌日。雅が颯谷の名前を出したので、一応彼にも伝えておこうと思ったらしい。宏由はひとまずの予定をこう話した。
「楢木さんの仕事は、このままだと三月の初め頃になる予定なんだけど、それで大丈夫かな? 何なら早めることもできるけど……」
「あ~、いえ、宏由さんが決めた通りでいいと思います。特に、急ぐとかは聞いてないので」
そもそも雅のメインウェポンは一級仙具の十文字槍だったはず。であれば新しい刀の完成が少し遅れても支障はないはずだ。
「分かった。じゃあそうさせてもらうよ。……それにしても、まさか楢木家から仕事が入るとはねぇ」
「珍しいんですか?」
「楢木家ともなれば、お抱えと言うか、贔屓の工房があるはずだよ。そこじゃなくてウチに頼むって言うんだから、そりゃ珍しいさ」
確かに十三も知り合いの工房があると言っていた。颯谷はそれを思い出す。少なくともそこが十三の贔屓の工房ではあるはずだ。
「雅さんの家は分家だって言ってましたけど……」
「分家ならなおのこと本家に倣うもんだと思うんだけどなぁ。まあ、これ以上考えても仕方がない。受けた以上はきっちりやる。それだけだね。桐島君もよろしく」
「はい。ところで雅さんの素材ってクロムモリブデン鋼っていうらしいんですけど、普通にやって良いんですか?」
「大丈夫だよ。いや、練氣鍛造法の部分に関しては分からないけど。ただクロムモリブデン鋼なら今までに何度か使ったことはあるから」
「へえ……。やっぱり刀ですか?」
「いや、鍛造のナイフっていうか、山刀かな。多いのはやっぱり征伐隊関係だけど、アウトドア用品として欲しがる人もいるね」
「征伐隊は、究極のアウトドアな気がしますけど……」
「なるほど。じゃあ全部アウトドア関係だ」
スマホのスピーカーの向こうから、宏由の面白がるような笑い声が響く。つられて颯谷も笑った。ひとしきり笑った後、次の実演講習会のことを少し話して電話を終える。クロムモリブデン鋼の刀。どんな逸品になるのか、颯谷も楽しみだった。
そして三月。大学が長期休暇に入り、実演講習会は週二日、平日に行われるようになっていた。これまでに結構な回数を開催してきたはずなのだが、人数はなかなか減らない。それもそのはずで、複数回参加している者が多いという。仙具の関係もあり、なかなか十分に視ることができていないから、というのがその理由らしかった。
ただ仁科刀剣としても、延々と実演講習会を続けるつもりはない。宏由は「三月いっぱいを区切りとして一旦終えるつもりだ」と言っていた。颯谷は仕事がなくなって困るんじゃないかと思ったが、彼は笑ってこう答えた。
「収入という意味なら、もうずいぶんと稼がせてもらったよ。それにウチばかり仕事を独占していると、他から顰蹙を買うからね」
後半部分を宏由は冗談めかしていたが、実際のところはどうなのか。颯谷は詳しく聞こうとは思わなかった。そんなこんなありつつ、いよいよ雅に依頼されたクロムモリブデン鋼の刀を打つ日がやってくる。
「本当に見学に来たんですか、雅さん」
「おう。こういう機会は貴重だからな。ちゃんと仙具も持ってきたぜ」
そう言って雅は古風なデザインの眼鏡を見せる。颯谷はやや呆れた顔をしながら頭にタオルを巻いた。まあ、誰が見学していようともやる事は変わらない。自分にそう言い聞かせ、一度深呼吸してから彼は妖狐の眼帯を目元に装着した。そしてハンマーを振り上げる。
颯谷がハンマーを振り下ろすと、カンッと小気味よい音が響いた。それをきっかけにして彼は集中力を高め、作業により没頭していく。ここ数か月反復したおかげで、練氣鍛造法の精度は過去最高のレベルに高まっている。感触が良いのが自分でも分かって、彼の口元には自然と笑みが浮かんだ。
「よし。良いだろう」
清嗣がそう言うと、颯谷はゆっくりとハンマーを下に降ろす。それから妖狐の眼帯を外し、頭に巻いていたタオルで汗を拭った。そしてふと雅と視線が合う。彼はやや興奮した様子でこう尋ねた。
「手応えは?」
颯谷は少し考えてからこう答える。
「会心の一撃、ってヤツですね」
作者「某名曲を聴きながら……」




