旅行の計画
時間は少し遡る。雅の刀を打つ日取りが決まった頃、剛からも颯谷のところへ連絡があった。彼の手元にも、オークションで落札した品々が届いたと言う。
「トン単位だからな。受け取りも大変だった」
「ああ、分かります」
自分が受け取ったときのことを思い出しながら、颯谷はそう答えた。ただ剛の場合、颯谷よりも面倒だったのは間違いない。
颯谷の場合、届いた荷物は開封せずそのまま仙樹林業へ、いわば転送した。だが剛の場合、自分たちで使う分も一緒になっている。だから一度開封し、自分たちで使う分を取り出し、それからまた梱包し直さなければならない。
ただ木箱に収められたインゴットには、それぞれ番号が付けられてはいるが、「それが何の金属で、重さは何グラムなのか?」は見ただけでは分からない。明細書と突き合わせながら確認する必要があり、「それでだいぶ手間取った」と剛は苦笑しながら話した。
「それでもまあ、送る分は送ったし、使う分は手元に残した。そんなわけでだ、そろそろ例の話の予定を決めたいと思うんだが」
剛はそう用件を切り出した。「例の話」とは、「鉄製のハンマーヘッドを練氣鍛造法で作る事」と「練氣鍛造法を用いた作刀のデモンストレーション」だ。そして「氣功能力技術交流会への参加」という話もある。
「まず交流会だが、これは三月の最後の週末にやろうと思っている」
「今のところ予定は何もないので、大丈夫ですよ」
「よし。じゃあ颯谷は講師側で参加だな」
「は、え? こ、講師? 聞いてないんですけど!?」
「いま言った」
「そういうボケはええんですよっ!?」
思わず颯谷が荒ぶる。だが剛に怯む様子は少しもない。むしろスマホのスピーカーの向こうから彼の笑い声が聞こえた。
「ははは。だが前にも言っただろ? 『伸閃を披露してくれ』と。技を見せるんだから、どちらかと言えば講師側だろう」
「それは……、いや、でも……」
「それにな、颯谷。交流会で披露されるのは基本的に他所に教えても良い技ばかりだ。はっきり言ってマンネリ化している。それなのにやるのは、主な対象が新人だからだ。その新人の中にお前が混じってみろ、どうなると思う?」
「馴染むんじゃないですかね。歳も近いはずですし」
「子犬が戯れているところに恐竜が突撃するようなもんだ。止めてあげなさい」
「えぇ~」
颯谷はやや不満げな声を出した。普通、征伐隊に入るのは早くても高校を卒業してから。それで新人と言うと、18~20歳くらいが多い。だから颯谷と歳が近いというのは、まさしくその通りではある。
だが颯谷を新人と言うのはさすがに無理がある。すでに五回の征伐経験を持ち、その全てで主や核の撃破に直接関与している。そんな密度の濃い戦歴を持つ者は現役の征伐隊員でもほんの一握りだ。
彼が「新人です」という顔をしていたら、本当の新人たちは萎縮するだろうし、講師役らもやりにくいに違いない。ならばいっそ講師側にしてしまったほうが、双方にとって収まりが良いだろう。剛はそう考えたのである。
「そう堅苦しく考えるな。ウチで見せてくれた時の、あの感じで大丈夫だ。誰も文句なんて言いやしないさ」
「う~ん……」
「それに、北海道でも講師役はやったそうじゃないか。少なくともアレよりはずっと気楽なはずだぞ」
「……まあ、じゃあ、そういうことなら」
やや不承不承ながら、颯谷は氣功能力技術交流会での講師役を引き受けた。講師云々はともかく、他流派の技を見せてもらうのだから、手土産の一つくらいあった方が良いだろう。伸閃を見せることに抵抗はない。そして技を見せるのが講師役なら、それでも良いかと思ったのだ。
「うむ、では頼んだ。それで、どうせこっちに来るわけだから、ハンマーヘッドの作成とデモンストレーションも一緒にやるのはどうかと思ったんだが、どうだ?」
「そうですね……」
颯谷はちょっと考え込んだ。そして思い浮かんだ幾つかの気掛かりな事をこう尋ねる。
「まずデモンストレーションの方なんですけど、一回だけでいいんですか?」
「いや、できれば何度かやってもらいたい。すでに見学希望者多数なんだ」
剛がそう答えるのを聞いて、颯谷は「やっぱり」と思った。作刀のデモンストレーションは要するに仁科刀剣でやっている実演講習会と同じ。阿修羅武者のハンマーと妖狐の眼帯さえ忘れずに持っていけば、特別問題は思い当たらない。しかしだからこそ、一回で終わるとは思えなかったのだ。
「なるほど……。それからハンマーヘッドの方ですけど。最初に銅か何かでやるって言ってましたよね? それってもうやったんですか?」
「いや、それもこれからだ」
「じゃあ、結果次第ではどうなるか分からないってことですよね?」
「まあ、そうだな」
「そうなると、一日で全部終わるのかはちょっと微妙ですね……。何日かにまたがるとなると、三月の末はちょっと難しいかもしれないです」
仁科刀剣でやっている実演講習会と被るかもしれない。颯谷はその可能性を考えたのだ。実演講習会はどうせ三月いっぱいで一旦終えるのだし、一回分くらい前倒しで終えてしまっても良いのかもしれない。だがすでに決まっている用事を、緊急でもない他の用事のために取りやめにするというのは、ちょっと違う気がしたのだ。
「ふむ。じゃあいっそ五月のゴールデンウィークはどうだ?」
「ゴールデンウィーク……。そんなに遅くて良いんですか?」
「構わんよ。実は例のデバイスのこともあって少々忙しくてな。そのころになれば少しは落ち着いているだろう。それにコッチは頼む側だからな。颯谷の都合を優先するさ。……ああ、それから、ついでに観光でもしていくといい。玄道さんも一度お招きしなければと思っていたんだ」
五月はいい季節だぞ、剛は明るい口調で颯谷を誘った。ただ彼はその場で明言するのを避け、少し困ったような口調でこう答えた。
「あ~、じゃあ、じいちゃんにもちょっと聞いてみます」
「うむ、そうしてくれ」
「ところで、例のデバイスってどんな感じなんですか? さっきは忙しいって言ってましたけど」
「順調だが表に出すにはもう少し時間がかかる、といったところだな」
剛がそう答えるのを聞いて、颯谷は「なるほど」と呟いた。製品化のためには詰めるべき部分が多い、ということなのだろう。勝手にそう納得しつつ、彼はさらにこう続けた。
「ちょっと思いついただけなんですけど、アレの胆って要するに氣を電気に変えることじゃないですか。だったら電池代わりにできないかなって思ったんですよ」
「ふむ。まあ理論上は可能だろうな」
「ですよね。それで、ライトが作れないかなって思うんですよ」
颯谷はそう提案した。彼がそれを思い至ったのは、やはり和歌山県東部異界でのことがあったからだろう。あの常闇の異界で、彼は常にLEDライトのバッテリー残量を気にしながら行動しなければならなかった。言ってみれば、バッテリーという自分ではどうしようもない要素に行動を縛られていたわけである。
あの時、妖狐の眼帯を手に入れ、その使い方を習得したおかげで、颯谷はバッテリー残量を過度に気にする必要はなくなった。ただそこが彼にはどうしようもないウィークポイントだったことは間違いない。その印象は彼の脳裏に強く焼き付いていた。
ただ、だからと言ってできることなど限られている。手回し発電機は正直現実的ではない。せいぜい予備の電池を多めに持ち込むくらいだ。それに今は妖狐の眼帯がある。これが十分に対策として機能するので、あまり切羽詰まって他の方策を探したりはしていなかった。
だが氣を電力に変換することができるならどうか。その電気を使ってLEDライトを点灯させることができるなら、その明かりは氣が尽きるまで消えることはない。仮に氣が尽きたとしても、寝たり仙果を食べたりすれば回復できる。氣は電気よりも回復しやすい。これは大きなメリットに思えた。
「征伐用品として、結構ウケるんじゃないかと思うんですけど、どうでしょう?」
「ふむ。いいな、それ。ライトに限らずだが、3~15Vくらいを出せれば、電池で動く家電は大体動かせることになる。いっそ、そのためのモジュールを作るというのも良いかもしれん」
剛が前向きに答えたので、颯谷も口元に笑みを浮かべる。また数馬の仕事が増えた気もするが、社長なのだし、仕事は無いよりはあった方が良いだろう。颯谷はそう考えておくことにした。
その後、もう少し話してから、颯谷は剛との通話を終えた。彼は「ふう」と息を吐くと、スマホを手に持ったまま部屋を出る。彼は一階の和室でコタツに入って新聞を読んでいた玄道のところへ向かう。そしてこう話しかけた。
「じいちゃん、ちょっといい?」
「おお、ソウ。どうした?」
「実は……」
颯谷は剛との話をかいつまんで玄道に説明する。孫の話を聞いた玄道は読んでいた新聞をたたんでコタツの上に置き、「なるほどなぁ」と呟いた。そしてこう言葉を続ける。
「気乗りしないなら、じいちゃんに用事があることにして、断っても良いんだぞ」
颯谷は弱々しく苦笑を浮かべた。玄道の言う通り、彼は確かに気乗りしていない。剛から「ゴールデンウィークはどうだ?」と言われたとき、反射的に「イヤだな」と思ってしまったのだ。
デモンストレーションをやるのが嫌なわけではない。ゴールデンウィークに遠出をすることに抵抗があるのだ。ただしその理由は「混雑するから」ではない。もっと個人的で、根深い理由だ。
颯谷は両親を亡くしている。二人は異界顕現災害に巻き込まれ、怪異に殺されたのだ。それはゴールデンウィーク、行楽へ出かけたその途中でのことだった。ゴールデンウィークが悪いわけではない。それは彼も分かっている。
だが彼の両親の死とゴールデンウィークは深く結びついている。毎年その時期になるとあの時のことが思い出されるのだ。到底遠出をする気分にはなれず、以来その時期に遠出をするのは避けてきたのである。
ゴールデンウィークを提案した剛に悪気はなかったに違いない。ただ彼は生粋の武門の人間だ。生まれたときから身内の死が一般人よりも近いところにあった。だからたぶん、悼みはするが引きずらない。それこそ、一般人よりは。
だが颯谷は一般人なのだ。氣功能力者としてどれほど並外れた実力と実績を持とうが、その感性はあくまでも一般人のほうに近いのだ。脊髄反射的に感じたり反応したりするときには特にそう言える。
とはいえ。そう、とはいえ。この先ずっとコレを引きずり続けるのもなぁ、と颯谷自身も思ってはいるのだ。どこかで乗り越えるなり、ケリをつけるなりするべきだろう。いや、そうしたいのだ。
そういう意味では、これはいい機会かもしれない。最近はそうでもないが、そもそも両親の死をきっかけにして、遠出そのものが縁遠くなっていた。玄道と旅行に行ったこともないのだ。それはなんだか申し訳ないような気もしてきた。
「いや、行こう。せっかく招待してくれたんだし」
「いいのか?」
「うん。それにゴールデンウィークを外すと、夏休みまで待たせることになりそうだし。それはさすがに悪いよ」
「そうかぁ。ソウが大丈夫なら、じいちゃんも行くかな」
笑顔を浮かべながら、玄道はそう答えた。颯谷も笑顔で一つ頷く。二人の話が終わったのを見計らったわけではないだろうが、マシロたちがコタツから這い出てくる。颯谷は彼女たちの顔をワシャワシャと揉んだ。
ティラノサウルス「ねえねえ、一緒にあそぼ~」
子犬たち「ぎゃぁぁぁぁあああ!?」




