実演講習会依頼
オークションが終わった頃から、主に東北地方では練氣鍛造法を用いた武器の製作がちょっとしたブームになっていた。オークションで落札したインゴットを使っているわけではない。そちらはまだ事務処理中で、落札者の手元には届いていないのだ。
だが青森県東部異界で入手されたインゴットはそれだけではない。個人で分配・保管されていたインゴットはすでに各人の手元にあり、分析が終わったのもだいだいこの頃だったのだろう。それらを使った武器の製作があちこちの工房に依頼されたのである。
ただしこのブームはあちこちで問題も引き起こした。完成し引き渡された武器の等級が、期待したよりも高くなかったという事例が多数起こったのである。あちこちの工房でクレームが多数入り、中には裁判沙汰にまで発展した事例もあった。
最大の理由はやはり練氣鍛造法が若い、別の言い方をすれば歴史の浅い技法だからだろう。ほんの数年前に開発された技法であり、よって「熟練の職人」などまだいないと言わなければならない。その技術の未熟さが露呈してしまったのである。
しかしだからと言って。依頼する側だって「はい、そうですか」と諦められるものではない。せっかく一級の素材を手に入れたのだ。コレを使ってより良い武器を手に入れたいと思うのは当然だろう。
しかし現実問題として、職人らの技術の未熟さはどうにもならない。技術を習熟させるには結局のところ数を打たせるしかなく、そのためには時間がかかる。また練氣鍛造法においては職人本人の氣の量も重要であることが分かってきていて、この点も加味すれば本当に優秀な職人というのはほんの一握りになってしまう。
するとその結果として、その優秀な職人を擁する工房、もしくは伝手のある工房に依頼が殺到する事態となった。仁科刀剣もその一つである。殺到したその依頼の数に、清嗣も宏由も困り果てた。到底、自分たちでさばききれる量ではなかったのだ。
そもそも、仁科刀剣は練氣鍛造法の開発に携わりはしたものの、それを扱う職人を直接抱えているわけではない。よって彼らの一存でそれらの依頼を受けることもできない。困った宏由はひとまず颯谷に電話で事情を説明した。
「……というわけでね。どうしたものかと、こちらもちょっと困っているんだ」
「いや、それをオレに言われても。無理なら『無理です』って断ればいいんじゃないんですか?」
「こっちもいろいろ柵がね……。この業界、お客さんも含めて結構狭いから。それで一応聞いておきたいんだけど、桐島君、やる気ある?」
「いくつかはやっても良いですけど……。あんまり多いのはちょっと……」
「まあ、そうだよねぇ……」
「っていうか、そんなに難しいモンじゃないですよね、練氣鍛造法って」
内心で首をかしげながら、颯谷はそう言った。彼はたぶん、この世界で最も練氣鍛造法を習熟している職人の一人だ。だが彼だって長く修行したというわけではない。「イメージさえ掴めればそんなに難しいモノではないはず」というのが彼の考えだった。
「そのイメージを掴むっていうのが結構難しいみたいでね。それで一つ相談というか、提案があるんだけど。実演講習会みたいなのをやってみる気はないかい?」
「実演講習会?」
「そう。いや名前はいま適当に言っただけなんだけど。要するに、実際にやっているところを見せて、イメージを掴んでもらおうって話」
「う~ん、でもやって見せるだけじゃ、済まないですよね……?」
「あれこれ質問は出るだろうね。でもね、桐島君。仕事のできる職人を増やさないと、君をアテにするこの状況は変わらないよ?」
宏由にそう言われ、颯谷は思わずため息を吐いた。正直、面倒臭さが先に立つ。だが宏由が言ったようにこの業界は狭い。その中で要望を断ってばかりいると、色々と拗れてしまうかもしれない。
「そんなに職人が足りてないんですか? オレみたいに練氣鍛造法だけやるっていう形なら、そんなに難しくないと思うんですけど……」
「職人は足りてないね。能力者自体が少ないって言うのもあるけど、やっぱり技法としてまだ新しいから。こればっかりは仕方がない。ただ引退した能力者を中心に、『やってみたい』っていう人は結構いるみたいなんだ」
宏由はそう説明した。征伐隊を引退しても、それで氣功能力が失われるわけではない。もう戦うことはできなくても、氣の量がそこそこあってハンマーを振るうくらいはできる能力者は結構いる。そういう者たちが第二の人生の有望な選択肢として、いわば「練氣鍛造法技師」なるものを真剣に検討しているのだという。
そういう者たちを育て、供給量を増やそうというのが宏由の考えだ。彼も颯谷の言う通り、(作刀が絡まない限りにおいて)練氣鍛造法がそう難しい技法だとは思っていない。取っ掛かりさえつかめれば職人の数は一気に増えるのではないか。そしてそのためには実際に作業している様子を見学させるのが一番良い。彼はそう考えたのだ。
宏由の言うことは颯谷も理解できる。彼とて、作刀の仕事を全くやりたくないというわけではないのだ。そもそも雅などとはすでに約束しているわけであるし。ただ数が多くなり、せっつかれながらやるのが面倒なだけだ。そういう彼のスタンスからすれば、「職人を増やそう」という提案はむしろ歓迎するべき。そう考え、彼はこう答えた。
「分かりました。でも一つだけ条件があります」
「条件?」
「はい。その実演講習会? に参加する人は眼鏡かモノクルか、まあなんでもいいんですけど、とにかく氣の流れを詳しく見ることができる仙具を持ってくるようにしてください。っていうか、ソレがないとただ氣を込めて打っていることしか分からないので、参加する意味がないと思います」
実際、颯谷も練氣鍛造法で刀を打つときはいつも妖狐の眼帯を装着している。そうしないと氣の様子がはっきり視えず、いわば目隠しをした状態でハンマーを振るっていることになるからだ。他所の工房で練氣鍛造法を用いた武器の製作が上手くいかなかったのは、それが大きな原因なのかもしれないと宏由は思った。
「分かった。参加希望者にはそう伝えておくよ。それで日程だけど、次の週末、はちょっと早すぎるとして、来週の週末は大丈夫かな?」
「土日とも空いてますけど……」
「じゃあ、とりあえず空けておいて。その予定で各方面に話してみるよ」
「了解です。でも来週の週末も結構早くないですか?」
「こっちも『早く返事をくれ』ってせっつかれているんだ。どうしても予定が合わないなら、その時はもう仕方がないんじゃないかな」
やや突き放したような口調で、宏由はそう答えた。舞い込んだ依頼の数からして、全員の予定を合わせるのは無理だと思っているのかもしれない。いずれにせよ、颯谷としても異論はないのでそれ以上は何も言わず、来週末の予定で話を進めてもらうことにした。
その後、宏由は迅速に動いたらしい。三日後には再び彼から連絡が来て、颯谷は「当初の予定通り来週末に実演講習会を開くことになった」と聞かされた。そして宏由はさらに、もう少し詳しい計画をこう説明する。
「土曜日の十時からで、午前に二振り、お昼休みを挟んで午後からもう二振りという予定なんだけど、大丈夫かな?」
「はい、大丈夫です」
「うん、じゃあその予定でお願い」
颯谷の了解を得ると、宏由は少し安堵したような声でそう答えた。ただ、話はこれで終わりではない。少し言いにくそうにしながら、彼はさらにこう続けた。
「……それで桐島君。実は見学希望者が結構多くてね。土曜日だけだと全員は受け入れられなかったんだ。それで早くも第二回の要望が出ていてね……」
「第一回もまだなのに……。そんなに多いんですか?」
「多い。あと、ウチの工房が狭いのも一因かなぁ」
「ああ、なるほど」と答えそうになって、颯谷は慌てて言葉を呑み込んだ。仁科刀剣の作業スペースは確かに狭い。作業の邪魔にならないことを前提にするなら、一度に見学できるのはせいぜい五人が限度だろう。
一振りごとに入れ替えるとしても、一日で四振りだから、合計で二十人しか見学できないことになる。仮に四人なら十六人だ。見学希望者が何人なのかは分からないが、確かに一度では終わりそうにない。
「ってことは、日曜もですか?」
「もしくはさらに次の週の土曜か……。桐島君はどっちが都合がいいかな? あ、もちろんやる気があるならなんだけど……」
「う~ん……、じゃあ次の週の土曜で」
少し考えてから颯谷はそう答えた。特別、日曜日を避けたい理由があったわけではない。ただ何となく、二回で終わりそうな気がしなかったのだ。この先しばらく、土日は仁科刀剣に缶詰かと思うと、ちょっとうんざりしたのである。
「分かった。じゃあその方向でまた予定を組むよ」
やや安堵の滲む声で宏由はそう答えた。その後、さらに報酬などについて軽く打ち合わせる。何はともあれ、これで来週の土曜日の予定は決まった。
その翌日。大学の学食で颯谷は木蓮と昼食を食べた。その席で彼は宏由から頼まれた実演講習会のことを話す。颯谷が「一回で終わりそうにない」と言うと、木蓮はこう答えた。
「それは人数が多いだけじゃなくて、仙具の都合もあるのかも知れませんね」
「仙具……。ああ、そうか。そうかもね」
木蓮の推測を聞き、颯谷は腑に落ちた様子で何度も頷いた。眼鏡にしろモノクルにしろ、氣の流れを詳細に観察できる仙具は貴重だ。つまり数が少ない。見学希望者が何人なのかは分からないが、まず間違いなく人数分はないだろう。
ではどうするのか。仙具の数には限りがあり、一度に見学できる人数は制限される。となれば同じ仙具を何人かで使いまわすしかない。つまりその分だけ実演の回数を増やす必要がある。それが、講習会が一回ではとても間に合わない理由の一つなのだろう。
「もしくは、仙具を使う順番の調整がつかなかった、というのもあるかもしれません」
「ああ、そっちもありそう……」
木蓮が指摘する別の可能性に、颯谷はもう一度頷いた。剛も言っていたが、眼鏡やモノクルの仙具は基本的に順番待ちだ。そこへ来週末というタイミングで講習会が計画されてしまった。そこの予定を空けることができず、泣く泣く参加を見送った見学希望者も中にはいたのだろう。
「木蓮。これって二回で終わると思う?」
「終わると良いですね」
にっこりと微笑みながら、木蓮はそう答えた。実質「終わらない」と答えているようなもので、颯谷はぼやき気味に「そうだよなぁ」と呟く。しかしすぐに気を取り直して彼はこう言った。
「まあ、いいや。確かにこの先ずっとアテにされるのも困るし。それに征伐隊の戦力増強は巡り巡って自分のためにもなるはず」
「はい。未来への投資、ですねっ」
「いや、ちゃんとバイト代は貰うから、投資とはちょっと違うと思うけどなぁ」
「リソースをつぎ込んで、それによって将来的にリターンを得ようと思っているなら、それは投資と言って良いと思います」
「そうかなぁ……。そうかも……」
なんだか言いくるめられた気がしないでもないが。剛からも似たような話を頼まれているが、アレも投資なのだろうか。地域が遠いと、リターンは回収しづらい気がするのだが。そんなことをつらつらと考える彼に、木蓮がこう話しかける。
「ところで颯谷さん。わたしもやることにしたんです」
「やるって、投資?」
「いえ、アルバイトですっ」
「バイト? そりゃまたなんで?」
「夏休みに諏訪部研で計測のお手伝いをしたじゃないですか。アレが結構楽しかったので……。それにこれも社会勉強だと思うんです」
「そっかぁ……」
そう答えつつ、颯谷は内心でちょっと安心した。木蓮に限ってそんなことはないと思っていたが、生活費が苦しくてバイトをしなければならなくなったのかと、一瞬心配したのだ。そして、そんな内心はおくびも出さず、さらにこう尋ねる。
「どこでバイトするの? やっぱり英語を使えそうなところ?」
「その機会はゼロじゃないとは思いますけど……。ほら、前に一緒に行ったお茶屋さんです。この前行ったら、アルバイトの募集をしていて。思い切って応募してみたんです」
木蓮は数年来そのお茶屋に通う常連で、店側も彼女のことは覚えていた。「感じの良いお客さん」として好印象だったこともあり、彼女はすぐに採用された。
「へえ……。いつから?」
「来週の火曜日からですね。颯谷さんも、いつでもいいので来て見てくださいね」
「あの手のお店に男一人で行くのは、結構ハードルが高いんだよ……」
「お店の制服、結構可愛いんですよ」
「う……、じゃあ……、そのうち」
「はい。お待ちしていますね」
口元を抑えて楽しげに笑いながら、木蓮はそう答えた。
木蓮「看板娘です!」
颯谷「ただし雇われ」
木蓮「仮に身内だとしても、無給ってマズくないですか?」
颯谷「そうかも……」




