十五 世界の真実
いつの間にか、誰も浜川咲のことを覚えていなかった。そんな事態になっても、夜は来て、そして朝になった。
体は規則正しく目を覚まして、食事を求めた。
俺は他にすることもなく、いつも通りの時間に家を出て、いつも通りの時間に校門の前に着いた。
そして今日も、一人で校門をくぐった。
朝練をしていると、やがて綴人がやってきた。
正直顔を合わせたくはなかったが、向こうにしてみれば、俺の方が誰も知らない人間の名前を口走る頭のおかしな人間なのだ。昨日は気が触れていたことにでもしよう。
そう思って普段通りの対応をすると、綴人は真剣な表情で言ってきた。
「栄治以外誰も、ハマカワサキって人のことを覚えていないのか?」
彼の勘の鋭さというやつに吐き気がしそうだった。
正直に話すべきだろうか。きっと綴人は信じてくれるだろう。だが、そんな彼の友に対する気持ちの悪い献身を、俺は見たくはなかった。
「・・・・・・俺は、そう思ってる」
それでも、俺はそんなことを言っていた。
俺はまた、綴人に救いを求めていたのだ。
「それは記憶だけか? 何かその人物の存在を示す記録は残ってないか?」
「・・・・・・わかんない。浜川さんのやつを写したノートが白紙になってはいたけど」
「そう、か」
それだけ言うと、綴人は考え込んでしまった。
それから俺達はいつも通り朝練に取り組み、時間が来ると各々の教室へと向かった。去り際でも、彼の意識は自分の思考の中に向けられているようだった。
一体、彼に何ができるというのだろう。
こういう時にあり得そうな展開は大体三つだ。
一つ。突然世界が変化をして誰もが浜川咲の存在を忘れてしまったが、何故か俺だけがその影響を免れた。二つ。突然自分がいた世界とそっくりな世界に俺は移動してしまったが、元の世界との違いは浜川咲が存在していないことだった。三つ。突然俺に浜川咲が存在していたという記憶が生まれた。
どれも非現実的で馬鹿げた考えだが、一番マシなのは三番目だろう。俺は夏休みの最終日にそれまでの記憶と絶妙な整合性を持つ「浜川咲のいた世界」の夢を見て、すっかりそれが現実だと思い込んでしまった、というわけだ。
あの夜散々馬鹿げたことを考えていたのは、突然受け取った記憶と元の記憶の整合性を取るために頭がおかしくなったとしか思えない。
そうだ。自分が間違っているのだ。
そう納得しようとした。思い込もうとした。
しかし、一日、また一日と開門までの朝の時間を独りで過ごす度に、俺の心に少しずつ黒い何かが積もっていった。
* * * * * *
そうして時は流れ、九月も下旬に入った。
いつの間にか、浜川咲が学校に来るかもしれないという期待を失っていた。彼女のことを誰かに尋ねることも、彼女の存在を裏付けるような証拠を探すこともしなかった。
それでも俺は、いつも通りの時間に家を出た。
どうして自分はこんなに朝早くに学校に来ているのだろうと考えて、そういえば朝練のためだった、と思い出す。
いつかも同じように諦めたような気がする。俺の人生は、諦めてばかりなのかもしれない。
誰かを好きになる度に、その気持ちを諦めなければいけないのならば、そもそも最初から、誰も好きにならなければいいのではないか。そうすれば傷付くこともなく、穏やかな気持ちで生きていけるのではないだろうか。
そうだ。自分はそもそも傷付くことが怖くていつも告白を先延ばしにしていた。そうして決断を恐れているうちに一人、また一人といなくなるのならばきっと当然の報いなのだ。
通学路を歩き学校の手前まで来た時、ふと顔を上げると、校門の前に人影があった。
ドクッと心臓が高鳴り、自然と顔が緩んだまま俺は走り出していた。
そして、その陰の正体が綴人だとわかると、俺は無意識に速度を緩めていって、やがて足を止めた。
「栄治。おはよう」
「・・・・・・おはよう」
綴人が悪いわけではない。しかし、騙された、という強い恨みを彼に覚えていた。
「どうして今日はこんなに早いんだ」
「確かめたいことがあってさ」
綴人は見ればわかると言って何を確かめるかを明言しないまま、俺達は朝練へと向かった。
体育館に着いてバッシュを履き、軽く足首を回し、少しストレッチをし、小さなジャンプで体をほぐすなり、バスケットボールを脇に抱えて綴人は走り出した。
俺の目は自然と彼の珍しい行動を追いかけていた。
綴人はバスケットゴールの方へと走っていき、脇に抱えたボールをバックボードに向かって優しく投げた後、そのまま走り続けてリングの真下において滑らかに両足で踏み込み、勢いよく跳び上がった。
力強く美しい跳躍。
天へと真っ直ぐ伸びた手は、バックボードから跳ね返ったバスケットボールを掴み、そのままボールはリングへと叩き込まれた。
俺は、バスケットゴールに片手でぶら下がる綴人を言葉も掛けられずに眺めていたが、やがて彼が床に折りてくると、無意識に称賛の拍手を送っていた。
「すげえ。いつの間にできるようになったんだ」
俺の心からの称賛に対し、綴人は喜びの表情を見せなかった。
「その反応だと、栄治が記憶の中の俺は、まだダンクはできなかったんだな?」
「いや、そんなことないよ。夏休み前にはリングに手が届いてたし」
「・・・・・・そうか」
彼は一瞬考え込むと、俺に向かってこう言った。
「栄治もやろう。ダンク」
「はっ!?」
いきなり何を言い出すんだこいつは。
「俺には無理だよ」
「やってみなくちゃわからないだろ」
無理だよ。不可能だ。
そうは思いつつも、俺はバッシュを履き、準備運動をして体を温めた。そして綴人とは異なりボールを持たないままバスケットゴールに向かって走り出し、その真下に入ると全力で跳んだ。
俺の手は、リングに張られたネットの一番下をかすめたばかりであった。
そのまま床に着地して、綴人へ向き直る。
「ほらな。俺には無理だ」
しかし、彼は納得していなかった。ボールを手に持ち、俺に向かってバウンズパスをしてきた。
「次は一対一をしよう」
綴人のしたいことは未だに見えてこないが、一対一を断る理由はなかったので、俺は承諾する合図としてボールを彼にバウンズパスして返した。
一対一を始めてからしばらくして、俺は自分の体の違和感に気が付いた。
自分がしようと思ったプレーのほとんどが上手くいき、逆に思考が停止した瞬間体が動かなくなった。
調子が良いとも悪いともいえない、不思議な感覚だった。
自分が攻撃側の手番において、俺はゴール下深くに入り込み過ぎた状態でドリブルを止めてしまった。
すぐにシュートを打とうと思った瞬間、タイミングよく綴人は跳び上がった。
だが、俺はボールを上に上げるだけでジャンプをする振りをすると、綴人が落ちてくる瞬間に合わせて全力で跳び上がった。
そのままゴール下のシュートを決めればいい。そんな気持ちで。
しかし予想外に体が浮き上がり、気付けばリングは目線の下にあった。
何が起きたのかわからず慌ててボールを持った手を下に振り下ろすも、ボールはリングに当たって弾かれ、その衝撃のまま俺は背中から床に落ちた。
辛うじて受け身を取ることができたが、背中の痛みを和らげるためにしばらく床を転がっていた。
「ほら、ダンクできそうじゃん」
綴人がなんてこともなさそうに言うので、俺は痛みに耐えながら起き上がった。
「なんで俺、急にあんな高く跳べたんだ?」
「多分、それこそが重要なんだ」
綴人はにやりと笑った。
「俺はここ二週間、職員室に忍び込んで名簿やら成績表などを漁っていたんだ」
友人の突然の犯罪宣言に、俺は言葉を失っていた。
「どの記録にもハマカワサキの名前は載っていなかったけど、どの記録にも不自然な空白があったんだ。中には、テストで一番成績が良かった生徒の名前が空白だったってこともあった」
俺は咲の成績が良いことを思い出していた。
「その後、俺は休日に都心の方に足を運んだ」
「なんで突然都会に行くんだよ?」
「まあ聞けって。そしたらさ、たくさんの人がいた。当たり前だよな。でも、建物の中に入ってみると、人の気配が全くしなかったんだ。カラオケやらボウリング場がすっからかんなんてあり得ると思うか?」
「何が言いたいんだよ」
綴人は、「つまり」と俺を見た。
「この世界は、栄治が見ている『夢』なんだ」
「——————は?」
綴人の予想の斜め上を行く発言に、俺は言葉を失った。自分の背中をさすり、確かに痛みがあることを確認する。
「でも、ちゃんと背中は痛いぞ」
「『夢』は脳が見せているんだから、痛みの再現くらい造作もないさ」
「でも、そんな、いきなり夢だなんて」
「まあ聞けって。栄治の身にどんなSF展開が起こっても、何かきっかけがあるはずなんだ。そして俺は、そのきっかけが栄治自身だと考えたわけだ」
「でもさ、なんで夢なわけ?」
可能性としては、確かに俺が夢を見ている、ということもあるのだろう。
しかし、何もかも鮮明に見えて、その上痛みまで感じる今の世界が夢だと言われても、少しも納得できなかった。
「この世界がちゃんとした世界なら、娯楽施設に人がいて当然だろ。いないってことは、この世界が偏っているってことだ。俺はそこで、誰かの認識によって世界が歪んでいると考えた。そして今、栄治はできもしないダンクができた。『夢』の中であまりに自分の思い通りに体が動くから、今ならいけるって無意識のうちに思ったんだろうな」
そう言われると、確かにもっともらしく聞こえる。だが、この世界が俺の見ている夢、ということだけでは、肝心のことが何一つ解決していない。
「だったら、どうして浜川咲がいない世界の夢を見てるんだよ」
つい声を張り上げてそう言った。しばらくの沈黙の後、綴人は冷静に、淡々と告げた。
「お前が、そういう世界を望んだからだよ」
こいつは、何を言っているんだ。
「俺は何もわからない。栄治にとってハマカワサキがどういう人間なのかは知らない。俺や他の人々にとってその人がどういう人間なのかも知らない。でも、この世界が、栄治の認識が深く関わっている『夢』ならば、お前がそのハマカワサキのいない世界を望んだからこういう世界になった。そう考えるのが自然だ」
そう淡々と告げる綴人の態度に、俺は我慢ならなくなっていた。
「なんで俺がそんなことを望むんだ! 仮にそれを俺が望んだって、俺は今、こんなに苦しんでるんだぞ」
俺の叫び声が体育館にこだました。
俺が彼女のいない世界を望んでいる? 俺が彼女のいない苦しみを求めているとでも言うのか!? 俺は今すぐにでも彼女に会いたいというのに!
叫び声の反響音が聞こえなくなった後、綴人が冷たい言葉を吐いた。
「あくまでも推測の域を出ないけど、栄治はきっと何らかの苦しみから逃れようとしたんだと思う。その苦しみとハマカワサキのいない苦しみを天秤にかけて、この世界の方が現実の世界よりも苦しみが少ないと無意識に判断したんじゃないか? そして、そのハマカワサキがいなかったら、そもそもお前は苦しまなかったんじゃないのか?」
ぐさり。
そんな音を立てて、彼の鋭利な言葉は俺の体を貫いた。俺の体から少しずつ、少しずつ黒い何かが漏れ出して、これが自分の信じていたものの正体だったのかと、そんな知りたくもない真実を告げられたような気がした。
「・・・・・・お前は、なんにも知らないから、そんなことが言えるんだ」
そう言う俺の言葉には、なんの力も込められていなかった。
「ああ。俺は何も知らない。栄治から何も聞いてないし、俺はお前自身でもないからな。それでも、推測はできる。栄治。この世界は、お前の望んだ世界なんだ。お前の望みが叶う場所なんだ。お前には、叶えたい願いがあるんだよ」
「そんな馬鹿な話があるかよ」
そう言い残して、俺は体育館を飛び出した。
* * * * * *
放課後。俺は部活動をさぼって家に帰った。綴人に会いたくなかったのだ。
綴人はいつも残酷な真実を俺に提示して、そのまま俺を独りにする。
辛い時にそばにいてくれはする。でも、綴人はけして俺と一緒に苦しんではくれない。彼はいつも自分だけ先に答えを出して、俺よりも先に問題を整理してしまうのだ。俺は答えだけ突き付けられて、独りでそれと向かい合わなくてはいけない。俺はたった一人で苦しみ続けなければいけないのだ。
自分の部屋の隅に蹲りながら、綴人の言葉を思い返す。
もしこの世界が俺の夢で、もし俺の願いが叶う場所だというのならば、今すぐ浜川咲に会わせてくれよ。
その時、ふと気が付いた。
彼女はあそこにいるのではないか?
俺は自分の部屋を出て、居間にある懐中電灯を手に持ってから家を出た。そして、浜川咲の家のそばにある公園へと走って向かった。
日は既に落ちているというのに、公園の電灯は灯っていなかった。
俺は、もしかして、という希望的観測に囚われて、懐中電灯の光で公園のあちらこちらを照らした。しかし、懐中電灯を点ける前からわかっていたことではあるが、公園のどこにも俺以外の人の姿はなかった。
それでも俺は希望を捨てきることができなかった。
今度は光を地面へと向け、ひたすら何かが落ちていやしないかと公園中を探し回った。咲との会話の記憶を辿り、もしもこの世界が夢ならば、かつて彼女が落としたという家の鍵が落ちているかもしれないと、そう思ったのだ。
やがて、左右に動かしていた懐中電灯の光が、ふと何かを照らし出した。俺は希望に顔を綻ばせてその何かに近付いた。
そしてその何かの正体に気付いた瞬間、手から懐中電灯が滑り落ちた。
地面に落ちた光源はそれでもなお、その何かを照らし続け、記憶の蓋が無理やりこじ開けられた俺は、ただただ息が詰まりそうになった。
懐中電灯の光が照らしていたのは、リスのフィギュアだった。
よく観察してみれば、ご丁寧に先が千切れた紐まで付いていた。
「そうか。そういうことだったのかよ」
俺は膝から地面に崩れ落ちて、怒りに任せて作った握り拳を地面にめり込ませた。
「俺はずっと、ずっと・・・・・・」
綴人の言葉が聞こえてくるような気がした。
“そのハマカワサキがいなかったら、そもそもお前は苦しまなかったんじゃないのか?”
そもそも俺は、土手で出会ったあの少女の存在をはっきりと認識した時から、自分自身に嘘をつき続けていたのだ。
俺は浜川咲への好意を隠れ蓑にし、ずっと自分自身を誤魔化そうとした。
俺が辛くなったのは、浜川咲とそっくりな少女が現れたからじゃない。浜川咲からの想いを捨てきれなかった。彼女が俺に向ける好意を裏切ることができなかったからなのだ。
浜川咲から向けられる気持ちをすっぱり捨て去れたのなら、俺はすぐにでも、土手の少女に対する自分の気持ちを自覚して、彼女がいなくなってしまう前に告白することができていた。浜川咲の存在に気付かなかった罪悪感と一ヶ月間の交流で生まれた愛しさから、友情やら単なる好意でしかなかった浜川咲への想いを俺はずっと捨て去ることができなかった。俺が二人からどちらか片方を選べずにいたのは、浜川咲から浴びる好意に酔っていたからではない。彼女を傷つけてしまうことをずっと恐れていたからなのだ。
俺はずっと、そんなことを思っていたのだ。土手の少女に想いを伝えることができなかった責任を、全て浜川咲になすり付けていたのだ。
ぐさり。ぐさり。ぐさり。
自分自身で吐いたいくつもの言葉の槍が、俺の体を貫いた。内側から、ずっと隠していた感情がドロドロとあふれ出し、自分がどうしてまだ生命を維持できているのかわからないほど、その薄暗い想いは海のように床一面に広がっていった。
この世界が夢ならば、俺の望みが叶う場所だというのならば、俺が求めていたものは、最初からずっとあの場所にあったのだ。いや、いたのだ。夏休み前からずっと足が遠のいていた、あの時間のあの場所に。
今この世界は夜だ。俺がいつも通っていた時間はとっくに過ぎた。今から行って間に合うのか? いくら夢の世界でも、そんなことあるはずがない。
頭ではそう思っていても、体は既に立ち上がっていた。地面に落ちていたリスのフィギュアを拾い上げ、ただひたすらに走り出した。
全力で。息が切れるのも構わずに。
* * * * * *
足は信じられないほど軽かった。
いくら速く走っても、胸が少しも痛くならなかった。
心臓が強く脈動し、もっと、もっと速く走れる。
ただただそう思った。
気が付けば、俺は川の土手にいた。
辺りは夕焼け色に染まり、以前通っていた時はまばらに見えていた人影は、なぜかどこにも存在しなかった。
ただ一つを除いては。
少女は、夕焼けを背にして振り返った。
全身の血が沸騰するような感覚に襲われた。気付けば走り寄って、無我夢中でしがみついていた。
「——————エミ」
「・・・・・・エイジ」
根拠はない。だが、なぜだか、彼女がツルミエミだと、そう思った。
「どうして、今になって来たんだよ」
「・・・・・・ごめん」
「どうして、咲じゃなくて、一番会いたい人がエミなんだ」
エミは返事をしなかった。
「どうして俺は、咲の代わりにエミがいる世界を望んだんだ。どうして俺は、ずっとそばにいてくれた彼女を否定して、たった数回しか会わなかった君を選んだんだ」
エミは答えない。当然だ。俺はただ、自分の胸のうちを吐き出しているだけだからだ。
「ここは夢の世界だ。君は俺が作り出した幻想だ。ここで君に会えたところで、それはただの自己満足だ。俺は君への想いを捨て去って、現実に戻らなくちゃいけないんだ。君のいない世界を生きなくちゃいけないんだ。ずっとそばにいてくれた人と新たな恋へと進まなくちゃいけないんだ。幸せにならなくちゃいけないんだ。明日へと向かって一歩を踏み出さなくちゃいけないんだ。過去に囚われちゃいけないんだ。空想の中に閉じこもっちゃいけないんだ。自分のそばにいてくれる人を大切に思わなくちゃいけないんだ。自分を好きでいてくれる人の想いに答えなくちゃいけないんだ。そうだろ」
エミは何も言わない。何も言わず、俺を優しく抱き留めていてくれた。
ふと我に返えると、いつの間にか周囲の風景が急速にぼやけていった。段々と色が抜け落ちていき、やがては全てが白くなった。まるで、エミ以外何もいらないみたいに。
俺は、なんて自分勝手なやつなのだろう。
それからしばらくの間、俺とエミは真っ白な空間の中で抱き合っていた。どちらが上か、どちらが下かもわからずに。
俺は、ずっとこのままでもいいと思っていた。
けれども、やがて気持ちが落ち着いてきて、密着していた俺達の体は自然と離れた。
だが俺はそれでも彼女と繋がっていたくて、所在なく伸ばした手をエミは受け止めてくれた。俺達の指は互いを求め合っていた。
瞬間、あの日言えなかった言葉が口からあふれ出した。
「エミ。好きだ」
「・・・・・・ありがとう」
彼女は、自分の想いを語らなかった。彼女は俺が作った幻想だから。俺は、彼女の答えを知らないから。
ふと気が付くと、彼女の体が白く輝いていることに気が付いた。発光しているのか、それとも透明になってきているのか。
いずれにせよ、それは「夢」のように美しかった。
「エイジ。目が覚めたら、もう一つの気持ちもちゃんと言って」
そう言い残して、エミは世界に溶けて消えた。




