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十三 無垢なる瞳

ふと気が付けば、朝が来ていた。



 目覚まし時計をかけずに眠ってしまっていたのだが、時計を見れば、夏休み以前に起きていた時間と同じ時間に目を覚ますことができていた。



 不思議と、晴れやかな気分だった。今まで散々悩んでいたことが嘘のように、世界が美しく輝いて見えた。



俺は思い切り伸びをして、新学期の始まりを心から祝福した。



 今まで通り朝の支度をして、今まで通りの時間に家を出た。



すると今まで通り開門前に校門に着いたが、まだ初日ということもあってか、俺以外誰も開門時間までに学校へ来なかった。



咲が来なかったのは残念だが、彼女は家族関係で慌ただしいのかもしれない。



そう考えると、仕方のないことだと思えた。



 学校に入り、今まで通り一人で朝練に取り組んでいると、やがて綴人が姿を見せた。



一緒にバスケをして、少し気分が上がり過ぎたためか、時間ギリギリまで一対一に熱中してしまっていた。



 急いで教室に駆け込み、自分の席へと座る。



その後教室に入ってきた担任の教師の話を聞き、夏休みの宿題を提出する。



 休み時間に入ると、明日葉、川崎、尻手が既に教室の隅にいた。俺は三人のもとへと駆け寄ると、聞こえてきた話題は実に予想通りのものだった。



「栄治。夏休み何してた?」



 そう言う明日葉の笑顔は、夏休み前とは比べ物にならないほど眩しいものだった。



 ゲスの勘繰りというやつだろうが、きっと平昭さんと色々関係が進展したのだろうということは容易に予想がついた。



「基本部活三昧かな。後は部のメンバーと遊んだりとか、明日葉と遊んだりとかかな」



 俺はわざと浜川咲に関する情報を話さなかった。



これから行われるのであろう明日葉の彼女自慢を前に自分もいかに素晴らしい体験をしたかというのを語るのが一般的な男子高校生の行動なのかもしれないが、そんなことをしたくはなかったし、またできなかった。



 確かに俺も、咲とキスをしたり手を繋いだり同じ部屋で眠ったりしたが、恋のABCという基準でいうならばA止まりであるし、明確に付き合っているという関係でない以上、むしろそこまでの関係に発展するというのは人としてどうなのだろうかという疑問が俺の中にあった。



 また何よりも、咲のことについて言葉にしようとすると、胸の奥から何かが逆流してくるというぼんやりとした不安があった。



それが何かはわからないが、俺が語るのをやめる根拠としては十分だった。



「みんなは?」



 俺の問いに真っ先に答えたのは明日葉だった。



「海にボウリングにカラオケに映画にテーマパークに花火大会。この夏の俺は高校生を遊び尽くしたといっても過言ではない!」



 二言目や三言目にボウリングやカラオケを挟んでさも部活の集団で行きましたアピールをしているが、恐らく全て平昭さんと一緒に行ったのだろう。



 というかこの男、平昭さんと付き合っていることを話す気は全くないらしい。だったら匂わせるようなことを言うのをやめた方がいいと思うのだが。



「楽しそうだな。俺は、両親と一緒に旅行に行ったくらいかな」



 そんな川崎の発言に食いついたのは、意外にも尻手だった。



「旅行ってどのあたり行ったんだよ」



「青森だよ。リンゴも美味しかったけど、弘前城とか奥入瀬渓流っていうのがあって、めちゃくちゃ自然にあふれてて景色が良い所だったよ」



 川崎のキラキラ輝く瞳を見て、リア充マウントを取ろうとしていた明日葉は返り討ちに合ったかのように悔しそうな顔をしていた。



 一方の尻手は、「へえ」と素直な感動の声を上げていた。



「俺はずっと家で寝転がってたからな。お前らが羨ましいぜ」



 そんな尻手の感想は、夏休み前の彼からは考えられないほどの清々しさで、どうやってそこまで憑き物が落ちたのか、とつい聞いてしまいたくなるほどだった。



 正直、尻手に会うことができて俺はほっとしていた。



 それはもちろん彼を心配していたという気持ちからだろう。



けして、彼が夏休み前の精神状態から回復したために自分の罪深さがうやむやにできた、などという気持ちからではない。



しかも彼の表情は非常に穏やかで、夏休み前の一件などなかったかのような態度で俺に接してくれた。



 無意識のうちに「羨ましい」という言葉が腹からせり上がってきて、自分は一体何を考えているのだと、その言葉を飲み込んで腹の中に戻した。



 休み時間が終わり、皆が席に戻り始める。俺は自分の席へと戻る途中、教室の後ろから部屋全体を見回した。



そして、生徒の中に、浜川咲の姿を見付けることができなかった。



 彼女は学校を休んだ。といことは、何かあったのだろうか。



彼女は俺の連絡先を知っているから、もし俺が相談するに足りる人物で、何か相談することがあれば、きっと連絡をくれるだろう。



 連絡が掛かってこないということは、特に問題は起きていないということか、または問題が起きていても俺にはどうにもならない、もしくは俺には介入してほしくないということなのだろう。

いずれにせよ、俺は咲が母親と暮らしていた家の電話番号しか知らないから、彼女からの電話を待つことしかできない。



だから、咲のことは頭の片隅に留めておきながらも、俺は再会した学校生活を新たな気持ちで楽しんでいた。



そうして、一日、また一日と過ぎていった。



 九月一日から始まった新学期。



一週間を過ぎても、浜川咲が学校に来ることはなかった。





     *     *     *     *     *     *





 一週間も学校に来ないとなるとさすがに心配になってくるのだが、浜川咲のことを尻手がいる前で話題に出すことは憚られたし、また明日葉や川崎に尋ねても彼女の行方を知らないことは明白だったので、尻手の耳に触れる可能性を考慮して、いつもの四人で集まった時はあくまでも平静を装っていた。



 しかし、平昭さんならどうだろう。俺は彼女が教室に一人でいる瞬間を見計らい、彼女に話しかけた。



「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」



「ん、何?」



 彼女の態度は至って普通で、親友といっても過言ではない彼女らの関係から考えるともう少し心配する素振りを見せてもいいのではないかと思った。



しかし普段はそういった心配事を表に見せない生き方をしている可能性を考えると、一概に平昭さんの態度を非難することはできなかった。



「先週も、今日も、浜川さん学校に来なかったけど、その理由とか、何か聞いてないかと思って」



 平昭さんの瞳には、ただ純粋に疑問の色が浮かんでいた。



「ハマカワさんって誰?」

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