第8話 公爵令嬢
「サニアさん、だったかしら?」
午前の授業が終わって参考書を片付けていると、上から声が降ってきた。
「そうですけど……」
「私はビオラと申します。よろしければ一緒に昼食をとりませんか?」
金色の髪を頭の上で束ねた女性は名乗る。
先程先生に当てられていた模範学生だった。
丁寧な言葉だったが、凛と澄ました表情からはサフィニアを誘った意図が読み取れなかった。
声に抑揚はなく、好意的でもなければ敵意を持っているようにも見えない。
笑顔の一つでも見せられたら誰もが見惚れてしまうほど綺麗な顔立ちをしているだけにもったいない。
「いいですよ、私で良ければ」
断る理由もないので、サフィニアは提案を受け入れた。
学食へ向かう廊下で、ビオラは告げる。
「サニアさんはとてもお強いのですね」
「つ、つよい?」
サフィニアは肩をぴくりとあげる。
(力を隠してるのがバレた?)
やはり先ほどのはやりすぎてしまったのだろうか。
「魔法理論教師への毅然とした態度のことです。それと、浅慮な方たちを相手にしなかったのも」
ビオラは前を向いたまま淡々と答える。
どこか思いつめたように、見えない何かを見つめているようだった。
そしてサフィニアを見つめ、少しだけ柔らかな表情になる。
「同じ貴族として謝罪いたします。ここでは身分など関係ないと平等を謳っているというのに、教師までもがあの様な態度を取るとは」
眉間に皺を寄せ、遠くを睨みつけた。
ビオラがやったわけでもないのに、何故謝ってるいのだろう。
サフィニアはそんなことよりも、バレてなさそうなことに安堵する。
「は、はぁ……」
「貴族の方々は、まだまだ自分が偉いと思い込んでいるのです。非常に愚かですわ」
そう笑顔で言うが、声がかなり怖い。
「そ、そうです、ね? いや、そんなこと、ないですよ……?」
どう返事したら良いかわからず、とりあえず相槌を口にしてみるサフィニア。
「ふふ、正直な方ですね」
ビオラは口元に手を当てて少しだけ微笑み、前を向いた。
その後の会話はなく、周りの騒音に耳を傾けながら歩き続けた。
サフィニアは食堂がどこにあるのか分からなかったので、ビオラの後ろを付いて歩いているだけだった。
人の流れも出来ているので、間違いなくこの先に食堂があるのだろう。
辿り着いた食堂はとても広く、おしゃれな空間だった。観葉植物が所々配置され、プライベートスペースをほどよく演出する。天井から壁はガラス張りになっており、外の庭が一望できる。
テラス席もあり、外の席も賑わっているようだ。
サフィニアは目をキラキラと輝かせて全体を見渡していた。
ビオラは気にも止めずコツコツと足音を響かせて中に入っていく。
食事はブッフェスタイルで、好きなだけ食べることができる。
食事代は学費に含まれているため無料だ。
なんとも贅沢である。
右も左も豪華な食事が並ぶ中、サフィニアはトレーを持ってゆっくりと吟味しながら歩いていく。
ダフニーに連れられて行った庶民食堂しか使ったことのないサフィニアには全てが新鮮に映った。
何人ものシェフが、見えるところで料理をして盛り付けている。
黒いプレートの上で薄くスライスされた燻製肉を焼き、その上に優しく卵を落とす。
その隣のブースでは卵をふんだんに使い、フライパンを振ってふわふわな塊を作り上げていた。
美味しそうな出来たての香りが漂い、目移りしてしまう。
デザートはトレータワーに乗せられ、キラキラと宝石のように輝いている。
(どれも、選べない……!!)
キョロキョロと見回し、挙動不審な動きになっていた。
いつの間にか、周りの学生は怪しいサフィニアと距離を取っている。
「……コホン」
咳払いにハッとしたサフィニアは、ビオラにジト目で見られていることに気付く。
口から零れそうになっていた涎を拭いて姿勢を正し、何事もなかったかのように切り出した。
「どれも美味しそうですね!」
ビオラはその切り替えに半眼になりつつも、「ええ、そうですね」と返した。
「とりあえず、落ち着いて食事を選びましょうね? 皆さんが驚いてしまいますから」
小さな子供を諭すように言った。
表面上は優しく微笑んでいるが、心の中ではドン引きしてるでしょうね。
「す、すみません……」
わかりやすく落ち込むサフィニア。
しょんぼりした耳や尻尾が見えそうだ。
サフィニアなら猫がイメージに合うだろう。
とは言っても凶暴な猫だろうが。
「これからここで毎日食事をするのですから、順番に行きましょう」
そう言ってサフィニアのトレーに分厚いお肉を乗せる。
その所作一つでさえ、優雅なものだった。
重さを感じさせずに持ち上げた皿は、音を立てずにトレーへ。
その上品さや先程の貴族としての謝罪から察するに、かなり上位の貴族なのだろう。
「は、はい……」
一切無駄のない完璧な動きに、サフィニアはそれ以上何も言えなかった。
「それで、サニアさんは何故テストが出来なかったのですか?」
ビオラは席に着くなり話し出す。
どうしてサフィニアをお昼に誘ったのか分からなかったが、どうやらこれが本題のようだ。
貴族同士は繋がりがあるので、顔を知らないということは平民だということ。
平民は入学テストに合格しているはずだ。
なのにサニアという人物はテストで一問しか合っていなかったのだから、気になるのも当然と言える。
サフィニアはその質問に言葉を詰まらせた。
(これ、推薦で入ったことを言うしかないよね)
沈黙している間、ビオラは黙ってサフィニアを観察していた。
「実は、とある方の推薦で……入りまして。それが中々に急だったもので、勉強が追いついていないのです」
授業についていけていないサフィニアは、どのみち推薦だとバレるだろう。
それならば先手を打っておいた方が良いと考え、猛スピードで脳内を走り回る。
「それが誰なのかまでは、私の口からは言えないのです……。非公式ですから」
嘘は言っていない。
国王が非公式で依頼(と言う名の命令)してきたのは事実である。
これ以上聞いてこないでくれ、と冷や汗をダラダラと流して俯くサフィニア。
その姿を見て、ビオラは何かを察したように口を開いた。
「なるほど、そうでしたのね。貴族には色々な方がいらっしゃいますから。
振り回されて大変でしょうけれど、ここを卒業して王宮で働くことが出来れば、そのような方たちと縁を切ることも可能でしょう」
斜め上を行く返答にサフィニアは思わず顔を上げた。
何を言っているのかよく分からなかったが、ビオラは一人頷いて納得しているのでそれ以上聞かれることはなさそうだ。
どうやら彼女の頭の中で、サニアは貴族の私生児で何らかの理由により呼び戻され学院に入れられている、という結論に至ったようだ。
とんでもない方向に勘違いしてくれたため、サフィニアは助かった。
「あ……はい……」
どう返事していいか分からず無難な相槌を打つ。
「そういうことでしたら、私と勉強しますか? べ、別に友達になりたいとか、そういうことではありませんけれど」
今までの恐ろしいほどの冷静な淑女はどこへ行ったのだろうか。
ビオラは平静を装っているが、耳が真っ赤に染まっていた。
彼女は思ったより可愛らしい性格をしているようで、サフィニアは笑ってしまった。
「ぜひ、一緒に勉強したいです」
手を口元に持っていき、愛らしく微笑む。
その時、少しだけ柔らかくなった空気を裂くような声が後ろから響いた。
「あら、ビオラ嬢ではありませんか。公爵令嬢ともあろうお方が、こんな所で昼食ですか? シェフでも連れてきて、別室で召し上がると思っていましたのに。ああ、でもビオラ嬢は平民になるのでしたわね。お似合いですこと」
縦ロールの長い髪を揺らし、豪華絢爛なドレスを身に纏い割り込んできた貴族オーラプンプンの女性。
嫌味をたっぷり染み込ませた言葉で口撃して勝ち誇ったように微笑む。
ビオラたちは座っているので、見下されているようだった。
いや、実際に見下されているなこれ。
「……」
ビオラは女性を完全無視して食事を食べ始める。
表情は無に戻っており、冷たいオーラを纏っていた。
派手な女性は自分の攻撃が全く通用しないことに腹を立て、更に言葉を続けた。
「婚約者がいるのにも関わらず、教養科ではなく魔法科を選ぶなんて、貴族の風上にも置けませんわ。ああ、平民になるのでしたわね。失礼、すぐに忘れてしまいますわ」
侮蔑の表情を浮かべ、言葉に怒りを乗せる。
そして語尾は『ああ、平民になるのでしたわね』だ。
しつこい。
貴族同士の戦いに割って入るつもりはないサフィニアだったが、やりとりには疑問を抱いていた。
(公爵令嬢に攻撃?)
彼女は自分でビオラのことを公爵令嬢と呼んでいるにも関わらず、不遜な態度で接している。
ダフニーが貴族であるため、サフィニアもある程度階級を知っていた。
王族から独立しているとはいえ、公爵家は王族の血が入っている。
その公爵令嬢に喧嘩を売ることは、同じ公爵家か王族以外出来ないだろう。
(それとも、学院内に階級がないから言いたい放題してるだけ? ていうか『平民になるのでしたわね』って何)
ビオラが彼女を無視しているところを見ると、ビオラより低い身分の可能性も捨てきれない。
会話の全容が掴めないサフィニアは、気になりつつも我関せずと肉を頬張る。
「それに、こちらの方は平民ではないですか。公爵令嬢も落ちたものですね。
あら失礼。最初から地に落ちてましたわね」
語尾が別のものに変わった。
サフィニアを一瞥し、嫌悪感を顕にする。
この学院では身分は関係ないというのに、貴族は誰も従う気が無いのではないか。
学院に来てから何度目か分からない身分の話に、サフィニアは溜め息を吐く。
(ジェンソンさんとビオラさんだけだよね、身分関係なく接してくれたの)
サフィニアはビオラの様子を確かめるが、気にも留めていない様子。
何を言っても相手にされない令嬢は、笑顔を崩さぬまま眉を顰め、踵を返して去っていった。
これは完全にビオラの勝利である。
その後もしばらく無言で食事をとるビオラ。
サフィニアは自分から話しかけて良いものか分からず、チラチラと様子を窺っている。
次の食べ物を口に運びたいが、ビオラが話し出すかもしれないため中々運べずにいた。
くるくるとパスタを巻いては戻し、巻いては戻し。
そろそろ食べようかと思った時、ビオラは沈黙を破った。
「せっかくのお食事を邪魔されてしまいましたわ……」
空になったお皿を見つめたまま。
その表情は儚げで、物憂げで。
見ているものがお皿でなければ見惚れてしまうほど美しかった。
お皿さえ見ていなければ。
「えっと、……あのお方は……」
サフィニアは言葉を濁らせながら問う。
「彼女は、メゼリア侯爵令嬢ですわ。私のことが気に入らないのでしょう」
笑顔でさらっと答えた。
え? と固まるサフィニアに、ビオラは続ける。
「ふふ、サニアさんは王都出身ではないのでしたね。気になさらないで」
「え、っと……?」
「貴族には色々と派閥があるのですわ。メゼリア嬢の家門とは対立しているので……。と、あまり面白い話ではありませんから」
優しい口調で話しているが、内容はなんとも重々しかった。
サフィニアはゴクリと喉を鳴らす。
「それより、今日の放課後一緒に街へ行ってみませんか?」
ビオラはパチンと両手を合わせた。
気を遣ってくれているのだろう。
無理やりな方向転換だったが、サフィニアは何を言えるわけもなく頷くのだった。




