第9話 放課後
放課後。
午後の授業が終わり、教室から人がいなくなっていく。
あまり騒がしくないのは貴族が多いからか、それともまだクラスが打ち解け合ってないからか。
そんな光景を観察しているサフィニアに、ビオラが声をかける。
「お待たせしました。行きましょう」
サフィニアはビオラに振り返り、ほぼ中身のない鞄を背負って教室を出る。
授業で使用するものは個人ロッカーにしまうことができるので、入っているのは財布などの貴重品くらいだ。
サフィニアは空間収納しているが、他の人はどうしているのだろうか。
「ビオラさん、鞄は?」
ビオラは手ぶらのように見えた。
改めて周りを見回してみると、貴族と思われる人たち(化粧とか身なりとか、明らかに輝いてる人)のほとんどが鞄を持っていなかった。
いくらなんでも鞄くらい持ってくるものじゃないのだろうか。
サフィニアはそう思って尋ねる。
「鞄? 収納鞄を使っていますわ」
ビオラはキョトンとした顔で答えた。
何を言っているの、とでも言いたげな顔だ。
「収納鞄?」
サフィニアも自作の収納鞄を使っているが、その鞄すら見当たらないから訊いているのだ。
サフィニアたちは廊下を歩きながら会話を続ける。
「あっ、私としたことが……。これはあまり知られていないものかもしれないので説明しますわね!」
ビオラは何かに気付いたようにハッとして、詳しく話し出す。
「これが荷物を入れることの出来る鞄ですわ」
制服の胸元からペンダントを取り出し揺らしてみせる。楕円形をしており、裏側の中心部には鍵穴のようなものが見えた。
「空間収納、ですか?」
「そうよ。このサイズで20㎏ほど収納することができます。すごいでしょう」
少し自慢気に話すビオラ。口元が緩み、弧を描いていた。
「す、すごいね!?」
サフィニアは無限に収納することが出来るので、これがどのくらい凄いのか分からなかったが、とりあえず驚いておく。どこに爆弾が潜んでいるか分からないため、常に警戒しなければならない。
しかし、納得できないことが一つ。
「それに収納できるのはすごいと思うんだけど、空間収納の魔法なら、ビオラさんなら使えるんじゃないですか?」
空間収納の魔法自体は難しいものではないし、魔力消費もほぼないはずだとサフィニアは考える。
ビオラの魔力量はBランクのはずだ。余裕で足りるだろう。
「確かに使用することはできますが、維持するためにある程度の魔力を必要とするでしょう? このペンダントなら魔力は要りませんの」
これは母方の祖父が開発した初期の物なの、とビオラは続けた。
サフィニアはその言葉を聞いて、嬉しそうにこのペンダントの話をしていた理由がわかった。
『ある程度』という言葉が少し引っかかったが、これ以上訊くのは無粋だと感じたサフィニアは「なるほど」と言って会話を終わらせた。
(ここの魔法めっちゃ下手だし、空間収納の魔法陣が上手く作動していないとか、そんなところでしょう)
無属性の魔法は精霊の力を必要としないため、純粋に魔力操作が全てだ。魔法陣を使用して自動化するなら計算式、抵抗、効率、が重要になってくる。
でも今はそれを魔導具一つで魔力を使わずに出来てしまう。
こういった便利なものたちが、人間の魔力を減らしてきたのだろう。
使われないものは退化していく。これもまた進化である。
二人は学院の門を出て中心街へ向かう。入学式前日にここで色々と道具を買ったりしたのだが、通学路では街を通らないので、数日ぶりであった。
二度目の光景に、サフィニアはまたもや目を輝かせていた。彼女にとってはまだまだ新鮮なのだろう。
(あの、浮いている道みたいなものってなんだろう)
王都の中心街へと続く道らしきものが空を横断している。
どこから来たのかと、その道を目で追っていた。
その先で、明らかに高層ビルに突き刺さっている。
反対側を辿ってみても、ビルを貫通しているように見えた。
「……女は結婚して子供を産むもの、なんて考え方、古いと思いません?」
景色を見て興奮気味のサフィニアとは対照的に、ビオラは静かに話しだした。
ビオラは公爵令嬢であるため、礼節を重んじ、理想の女性でなければならない高貴な立場だ。おそらく誰よりもその考えに抑圧されているのだろう。
サフィニアは慌ててビオラに視線を戻す。
「そう、ですね?」
戸惑いながらも、エクセイタでの日々を思い出してみる。
古いも何も、そんな話を聞いたことはなかった。冒険者には女性も多く所属していたし、そういった貴族社会の婚姻事情なんて、サフィニアにはこれっぽっちも分からないのだ。
「これは貴族に多い考え方なのです。サニアさんの所ではそういう風潮がないようで安心しました」
ビオラはサフィニアの思考を完璧に読み取る。
「……私には、7つ上の婚約者がいるのですが、彼は何人もの女性を侍らせていて」
「ちょっと待って! それここで言って大丈夫な話!?」
思いの外ぶっ飛んだ話がきた。
サフィニアは驚いてビオラの口を塞ぐ。
「ふふ、大丈夫ですわ。きちんと、雑音で聴き取れないようにしていますから」
そう言ってポケットに入っている魔道具を見せる。
さすが、抜かりない。
魔力を探れば分かるはずなのに、それに気付いてないサフィニアもさすがだ。
息をするように自然に魔力を感じ取れるため、小さなものまではいちいち気にしていないせいだろう。
サフィニアが抜けているというわけではない、はず。
「それを理由に婚約破棄を申し出ても、認められなかったのです」
表情に出ないようにと無心を装っているが、唇を噛みしめてしまっていた。
「サニアさんは、今貴族制度を廃止しようとしているのはご存知ですか?」
「少し聞いたことがあります」
確かダフニーはそれに賛成していて、本当は貴族の地位を捨てたがっていた。
「私はその制度に賛成です。確かに貴族は責務を果たしていますが、私服を肥やしている方もいれば、平民を見下している方も多くいます。そんな免罪符のような身分が本当に必要なのでしょうか?」
「あー。えーっと……」
サフィニアは何と言ったらいいか分からない。
貴族の事情など何も知らないのだから。
「そういうわけで、私は卒業後家を出て平民になるのですわ。彼はそれを聞いた途端掌を返したように、一方的に婚約破棄を言い渡してきたのです」
おおう、とサフィニアは声を漏らす。
その婚約破棄が意味するものは、欲しかったのはビオラではなく公爵家の権力、だったということ。
最低なやつだな。
「私は婚約破棄された女、になりました。これは貴族の女性にとって致命的です。私は貴族として暮らさないので平気ですが、婚約破棄された女性は最底辺です。結婚もできないような女、なのですから」
女は結婚して子供を産んで初めて一人前になる。逆に言えば、子供を産めなければ価値がない。
そんな環境の中で婚約破棄された女性の扱いがどうなるのかなんて、簡単に想像できた。
「ああ、それでお昼に会ったあの子達があんな態度なんですね」
これはさすがのサフィニアでも気付く。
とは言え、あまりにも直球すぎる物言いに、
「ええ。振られた私は、まさに悪女というわけです」
と苦笑する。
「そもそも私は彼のことなど、微塵もお慕いしておりませんのに。そんな人と結婚なんて絶対にしたくありませんでした」
気持ちがこもっているのか、微塵もを強調する。
遠くを見つめる瞳は強い光を宿していた。
しかし次の瞬間、溜め息を吐く。
「婚約破棄できて清々しい気分なのに、周りはそうは見ません。私は、『婚約破棄された悪女だから、家門から追放され平民になる』のです」
「そんなっ! 平民になると聞いたから婚約破棄してきたのでしょう!?」
サフィニアは我慢できずに反論する。
一息ついてから、これも全てお父様のシナリオ通りなのでしょうね、と付け足した。
サフィニアには恋愛や結婚はよく分からない。
お互いの家門のために、安定のために、婚姻を結ぶ必要があることは理解できる。
それでも、こんなことが正しいなんて思えなかった。
返事に悩んでいると、ビオラはサフィニアを見て微笑んだ。
「ふふ、やはり困らせてしまいましたか?
サニアさんは、あの線路が気になりますの?」
重たい空気を取り払うように、明るい口調で話を切り替える。
「えっ、線路……? あれが、線路なの!?」
信じ難く、つい指を差してしまうサフィニア。
苦手な敬語も完全に忘れていた。
「そうです。王都では地上ではなく、上空に線路を作っているのですわ。交通が発達しているので、線路があると滞ってしまいますから」
これはサフィニアにも未知の世界だった。
エクセイタの線路はもちろん地面に接している。
(空を走る列車!? すごい!!)
「次の休日に、一緒に列車に乗ってみますか? 街を案内しますわ」
「乗りたいです! ぜひお願いします!」
ビオラが言い終わる前に返事をする。
その手はビオラの手を握りしめていた。
「では列車は後日乗るとして、今日はこのカフェにしませんか?」
ビオラは手を握り返して微笑む。
全てが初めてのサフィニアは目を輝かせ、コクコクと何度も頷いた。
「行きましょう!」
こんなお洒落なところ、入ってみたいに決まっている。
エクセイタにも色々な店が並んでいたが、冒険者の街故か、こんなに外装が洒落ている店はなかった。
ビオラに連れられ、お店へと入る。
「いらっしゃいませ。2名様でよろしいでしょうか」
とても澄んだ声をした美女が現れた。
頷くと、コツコツとヒールを鳴らしながら座席へと案内してくれた。
歩き方も所作も、文句の付けようがないほど美しかった。
(美人すぎて、まるで人形みたい)
それがサフィニアの素直な感想だった。
この世にこれほど美しい造形の人間がいるのかと、息を呑んだ。
メニュー表を差し出したあと一礼して去っていく後ろ姿から目を離せずにいると、厨房の中から同じ顔、同じ髪型をした女性がもう1人現れた。
「えっ、同じ顔……!?」
驚いて声を上げてしまうサフィニア。
「魔導人形を見るのは初めてですか?」
座ってメニューを見ていたビオラは、サフィニアの視線の先を確認しながら質問をした。
魔導人形は全国に普及している機械のはずだが、もしかして見たことがないのだろうかと、ビオラは首を傾げる。
「人形!? この美人さん、人形なの!?」
信じられない、というような顔をして目をパチクリさせるサフィニア。
「そうよ。この人形は王都だけでなく、全国に普及していると聞いておりましたが……。サフィニアさんの街では使われていませんでしたか?」
サフィニアは飲食店に入ることがなかったので、エクセイタで使われているのか分からない。
唯一行ったことのあるダフニーお気に入りの食堂は、確か恰幅の良いおばちゃんが1人で切り盛りしているはずだ。
「いたのかもしれませんが、私は滅多にお店にいかないもので……」
目を逸らして最後を濁す。
やはり飲食店くらい行っておけばよかったと後悔するサフィニア。
ビオラはその反応を見て、聞いてはいけないことを聞いてしまったのだと気付く。
(私としたことが! サニアさんは学院にも通えてないんだもの。飲食店にも行かせてもらえなかったのね!)
またとんでもない方向に勘違いするビオラ。
「あー! えっと、注文決まりました!? もし決まっていなかったらお薦めしたいものがあるのですが……!」
なんとか暗くなった(と思っている)空気を戻そうと違う話題を振る。
「お薦め!! お願いします」
そんなことを知る由もないサフィニアはキラキラと目を輝かせて頷くのだった。




