第7話 現在の魔法陣
少し短めですー。
「これは炎魔法の基本、炎です」
教師は黒板に描いた魔法陣を指し示した。
「この魔法陣には、効率の悪い部分があります。ではサニアさん、前に出て、この魔法陣を直してみてください」
(また私ばかり指名するのね……)
サフィニアは小さく息を吐き、教壇へと向かった。
黒板に描かれた魔法陣を眺め、効率の悪い部分を探すが。
(やばい、全く読めない……これ何語?)
魔法陣に描かれている文字がどうしても読めなかった。どこを直すも何も、これがなんの魔法陣なのかさえ分からない。
(魔法陣は精霊との意思疎通をスムーズに行うために必要なものなのに、なぜ精霊語を使っていないの?)
サフィニアは困りながらも、いつもの魔法陣なら効率などの補助を書き込む式があるはずの部分を修正し始めた。
すると、そこを直したことで別の部分が目についた。
(……謎のものあるの、なんかムズムズする。もう少しだけ)
ひとつ直せば、また別の部分が目につく。
気づけば、サフィニアは次々と魔法陣を書き換えていた。
止まることなく書き換えられていく魔法陣。
(……これは、古代魔術語!?)
教師は息を呑んだ。
一箇所だけ効率が悪いところがあっただけなのに、それはどんどん古代魔術語に書き換えられていく。
古代魔術語。それは、教師が研究チームの一員として研究を続けている言語だった。
テストのときも、サニアは古代魔術語で魔法陣を描いていた。あのときは、ふざけているのだと思っていた。
けれど、今は違う。
目の前の少女は、まるで何が書かれているのか理解しているかのように、迷いなく文字を書き進めている。
(まさか、この子は古代魔術語を理解しているの……?)
教師はサフィニアの手元を食い入るように見つめた。
「なあ、あれ……」
生徒の一人が、黒板を指さした。
「もしかしてあれ古代魔術語じゃね? 読めねぇけど」
「えっ、古代魔術語?」
周囲から驚きの声が上がる。
ざわつく教室の中が、サフィニアの声で静まり返る。
「できました」
教師は黒板を見つめたまま、言葉を失っていた。
そこに描かれていたのは、単に効率の悪い部分を修正した魔法陣ではなかった。
本来あるべき形に戻された、ひとつの魔法陣。
「これは……」
教師が口を開くより先に、サフィニアが答える。
「炎、ですよね?」
「……は?」
教室がざわついた。
「今、フランマって言ったか?」
「炎ならファイヤーだろ?」
周囲の反応に、サフィニアはきょとんとした。
(……あれ?)
そこで初めて、自分の口にした言葉が、ほかの人たちには通じていないのだと気づいた。
「今、フランマと言いましたね?」
イリシアが勢いよくサフィニアに向き直った。
「え? あー、いや……」
「その言葉を、どこで知ったのですか?」
「えっと……本で見たんです」
「どの本ですか?」
「……どの本、ですかね」
サフィニアは目を泳がせ、イリシアは眉間にしわを寄せた。
「覚えていないのですか?」
「すみません……」
サフィニアが申し訳なさそうにうつむく。
イリシアはしばらく彼女を見つめていたが、やがて深いため息をついた。
「……では最後に一つだけ聞きます。
貴女、テストの時も古代魔術語のような言語で魔法陣を描いていましたね。もしかして言語が読めるのではないですか?
それともそのどこかで見たという本を真似て描いたということですか?」
教師は一縷の望みを持っているかのような瞳でサフィニアを見た。
もしや古代魔術語とは、精霊語のことだろうか。
これは、分かると言ったら大変なことになりそうだ。目立ちたくないなら適当に誤魔化しておいた方が無難だろう。
「ま、真似て描きました。すみません」
その返事に教師は、そうよね、と溜め息を吐いた。
「知ったかぶりをしたかったのですか。貴女という人はほんとに。貴女がこれほどのものを理解してる訳がありませんものね」
呆れた顔をして「もういいです、下がりなさい」と付け足す。
サフィニアは唇をきゅっと結んで席に戻っていく。
魔法陣はあれで合っているのはずなのに。
どうして本当のことを言ったら駄目なのだろうと、サフィニアはもどかしい気持ちに襲われていた。
「頭悪いくせに目立とうとするから痛い目見るんだよ」
「バカはバカなりに大人しくしてろっての」
コソコソと罵倒する声が聞こえた。
(ああ、この人たちにそんなこと言っても馬鹿にされるだけか)
貴族とは思えない言葉と振る舞いに、サフィニアは頭を抱える。
自分より下の人間を見下し、罵倒する。
自分より上の人間に媚へつらい、頭を垂れる。
サフィニアのような世間知らずが能力を隠していなかったら、利用するだけ利用されて捨てられていただろう。
(貴族ってこんな人たちばかりなの?)
貴族らしい貴族といえば、ダフニーしか知らない。
彼は礼儀正しく、ならず者の冒険者相手にも汚い言葉なんて使っていなかった。
どんなに腹を立てていても、それをぶつけるような人ではなかった。
(ここに居場所がなくなったら、学院を辞められるんじゃないだろうか)
教師には落ちこぼれは早く辞めろと脅され、学生には罵詈雑言を浴びせられる。
(王様からの頼みだから自主的に辞めることはできないけど、退学されられるのなら有りだろうか)
サフィニアはそんなことを考えていた。
そもそも宮廷魔導師になりたい訳ではないのだから。




