第6話 正解と不正解
翌日、1限目の授業でテストを返却された。
100点満点中の平均点は70点らしい。
最高得点は満点、もちろんポールだ。
彼は完璧超人か何かかと思ってしまうほど隙がない。
容姿端麗で頭脳明晰、魔導師としての才があり、極めつけには王子。入学式の感じだと性格も悪くなさそうそうだ。
天は二物を与えず、なんていうのは嘘だ。
持っている人は何個でも持っているものなのだ。
それとも、その全てを凌駕する程の問題が彼にはあるのだろうか。
「……アさん。サニアさん!! 聞こえないんですか!?」
サフィニアはハッとする。
まだ名前に慣れていないためか、何度も呼ばれていたのに反応出来なかった。
「は、はいっ! すみません聞こえてます!」
慌てて席を立ち、テストを受け取りに行く。
周りの学生たちはひそひそと何かを呟いているようだった。
サフィニアは教師の前に立って答案用紙に手を伸ばすが、それを避けられてしまった。
訳が分からず教師を見つめるサフィニア。
「サニアさん、貴女、やる気はあるのかしら?」
冷たく放たれた言葉。
眉間に皺を寄せ、軽蔑しているようだった。
「あります」
サフィニアは真剣に答える。
実際はやる気はないのだが、王様の命令で辞めることができない以上、少しでも優等生になった方が得だと考えたからだ。
ダフニーには『真面目な顔をしておけばなんとかなる』と教えられた。
教師は溜め息を吐くと「今後も改善が見られなければ学院を辞めてもらうわ」と言って、答案用紙でサフィニアの手の平を叩いた。
痛みはないが、相当怒っていることは伝わってきた。
おそるおそる点数を見ると、5点だった。
もはやどこが合ってたのか気になるレベルである。
(確かに分からない問題はあったけど、いくらなんでも低すぎない?)
納得いかないながらも何も言うことができず、サフィニアは答案用紙を丸めて握りしめて席へ戻っていく。
しかしその途中で何かに引っかかってつんのめってしまった。
「頭も悪い上に運動神経もないとか救いようがないわね」
「さっさと田舎のお家へお帰りなさい?」
罵倒と共にクスクスと笑い声が聞こえる。
普通ならここで怯えたり傷付いたりするのだろうが、サフィニアは違う。
わざと足を引っ掛けておいて運動神経が悪いとは、よく悪びれもなくそんな嘘を言えるなぁ、と冷静に分析していた。
サフィニアは何も気付いていないフリをして席に着いた。
教室を見回すと、明らかに青い顔をして俯いている者が何人かいた。おそらく、次は自分の番かもしれないとでも思っているのだろう。
(貴族も平民も関係ない、ね)
貴族は平民を下に見ている。それは感情の機微に疎いサフィニアにも一目瞭然だった。
王宮勤めは平民にとって最高のエリートコースだが、そこで肩身の狭い思いをする者も多いだろう。
そういう意味では、SSランクの冒険者として稼いでいるサフィニアも最高のエリートと言えるのかもしれない。
テスト返却の後は今後の授業の流れについての話があった。魔法理論の授業では座学と実習の2つが交互であるそうだ。座学は今話しているイリシア先生で、実習は昨日話していた、いかにも体育会系です、みたいなグロリオ先生だ。
まずは座学で学び、それを実習で練習する。
今日は魔力とは何か、魔法属性について、の復習をするらしい。
「さっそくですが、魔力とは何だと思いますか?
サニアさん、貴女が唯一合っていた問題です。答えなさい」
授業が始まると共に投げかけられる言葉。
教師はサフィニアを晒し者にしたいのか、早く辞めさせたいのか。
教室にいる全員の視線が集中する中、サフィニアは気にせず言葉を発する。
「魔力とは生命力です。全ての生命体が魔力を持っており、体内で絶えず作り続けています。意思を持つ者はその流れを意識することで操作できます。力の大きさはその者の強さを表しています」
迷うことなくスラスラと言葉を並べる。
人に注目されることは日常茶飯事なので、全く気にならなかった。
答案用紙には簡潔に『生命力』としか書かなかったので少しだけ補足してみた。
「その通りです」
教師は眼鏡のテンプルを持ち上げて角度を直し、悔しそうにしていた。
どうやら期待に沿えなかったらしい。
貴族の前で緊張して答えられなくなるとでも思っていたのだろうか。
教師はコホンと咳払いをして続けた。
「では、一番の基本である魔視を発動させなさい」
明らかに敵意を持った目で見られていた。
テストの点数が悪かっただけで目の敵にされるのは何故なのか、サフィニアは見当もつかなかった。
「はい」
馬鹿馬鹿しいと思いながらもすぐに魔視を発動させたのだが。
「早く発動させなさい。まさかそんなこともできないのですか!?」
「いえ、発動させていますよ」
教師が意味のわからない発言をするので、サフィニアは首を傾げながら言った。
「私の眼では、魔視の形跡が見られません。嘘をつくのは止めなさい」
そう言う教師の目には魔力が集中し、魔視が発動していた。他の学生たちも面白がって発動させてサフィニアを見る。
(そんな溢れるほどの魔力を集めたらバレバレでしょう!
この人たちは何をやっているの!?)
サフィニアは下手すぎる魔視に一瞬動揺してしまった。
彼らの魔視が下手すぎるとはいえ、誰にもサフィニアの魔力が見えていない。
(魔力を隠してるわけじゃないのに、誰もこれが見えないの?)
教師は目全体から炎のように魔力が溢れているのに対し、サフィニアは瞳孔部分に薄い魔力の膜を張っているだけ。
しかし真似をしなければできない事になってしまうので仕方なく魔力を溢れさせる。
「やっとできましたか。こんなものに時間をかけているようでは先が思いやられますね。どうやってここに入学したのかしら。貴女には才能の欠片もありません」
魔視を解除し、サフィニアを睨んだ。
少しだけ間を空けてから「さっさとお辞めなさい、それがあなたのためよ」と続けて溜め息を吐いた。
そんな教師の言葉に、普通ならムッとしてしまうものだが。
(もしかしてここの学院はレベルが低いの? 王子様も通っているのに?)
「では、サニアさん。魔視の主な用途を答えなさい」
(なんで私ばっかり!?)
「はい。相手の魔力量を測ることができます」
魔物と戦うときには必須な能力。
魔力量を測ったり、魔力の質や流れを見ることができるため相手の弱点を探すのにも役立つ。戦闘において基本中の基本である。サフィニアは仕事のときは常に発動させており、これはもう完璧に体に染み付いている。
のだが……。
「ぷっ!!」
「あほか? 何言ってんだあいつ」
周りに起こったのは笑いであった。
さすがに意味が分からず辺りを見回すサフィニア。
ほとんどの者がクスクスと笑っていた。
(え? 私変なこと言ったの?)
「はぁ。サニアさん……。悪いことは言わないわ。初等部からやり直してきなさい」
教師は頭が痛いと言わんばかりにこめかみを押していた。
サフィニアが何度も、それこそ数え切れないほど使ってきた魔視の使い方を間違っているはずがない。
なのになぜ。
「魔視で視る程度で魔力測定できるわけがないでしょう。難易度1の魔法ですよ?」
ピシャリと声が響いた。
「やれるもんならお前がやってみせろってんだ」
隣から野次がとんでくる。
(やってるから言ってるんだけど……)
入学式の日にこっそりと全員の魔力を測り、実際の測定結果もサフィニアが視た通りだったのに。
教室は異様な空気になっていた。
魔力量を測らずにどうやって敵と戦うのだろうか。
サフィニアの頭にはハテナが浮かびまくっていた。
(……これは間違えましたって言う方が正しい、のよね?)
どのみち彼らが求めている答えなど皆目見当もつかない。
それならば。
ダフニーが今まで口を酸っぱくして、それこそサフィニアの耳にタコができるほど聞いた言葉その1、
『とにかく周りに合わせろ』の実行である。
「間違えました」
どっとわき起こる笑い。
「もういいです。ビオラさん、代わりに答えてあげなさい」
「はい。魔視は魔力の流れを視ることが出来ます」
サフィニアは声の主の方を向く。
(そっち言ってれば合ってたの!? 魔力の流れを視ることが出来て魔力量を測ることが出来ないってなに? 全然ついていけないんですけど)
「その通りです。基本中の基本ですね」
教師はビオラに微笑んだあと、サフィニアを鋭い目つきで睨んだ。
睨まれた当の本人はそれどころではなく、混乱で頭が爆発しそうになっていた。
(え、なにこれどうなってるの? 今の人たちは何を学んでいるの? 冗談だよね? ドッキリでしたー!とかってやつなんじゃないの!?
みんなどんな魔法使って生きてるのよ!!)
サフィニアは授業を聞けば聞くほど頭が痛くなっていった。眉間に皺を寄せ、人差し指で押さえる。
そうなるのも仕方がない。
自分の知っている知識と学ぶ内容が全然違うのだ。
魔法属性の種類は炎、氷、風、土、雷(無属性は含まない)の5種類が正しいのだが、教師は炎、氷、風、土、雷、光の6種類だと言った。
適性属性以外の魔法を覚えることはできないと言っていたし、回復魔法は光属性を持っていないと使えないらしい。
適性属性は精霊との波長が合うため、力を扱いやすくなるだけだ。適性外の魔法も、魔力を多く消費すれば発動できる。回復魔法も無属性魔法なので属性に依存するものではない。
それなのに光属性と区分していることも不思議であった。
というか、どうやって光属性を判断しているのか教えてほしいくらいだ。
光の精霊なんて見たこともないし、精霊たちが5属性だと言っていたのだから間違いないだろう。
(光属性って何? 眩しそう……)
そういえば、自分は全属性を持っているはずなのに光属性の判定は出たことがない。
(……なんでだろう?)
サフィニアの眉間の皺がどんどん深く刻まれていく。
全属性持ち、魔力は歴代でも最高クラスであるサフィニアが持ってないというのはどういうことなのだろうか。
持っている人がどれくらいいるのか、その人たちに共通するものはなんなのか、サフィニアは別のことが気になりだしてしまった。
精霊が見えなくなってから2000年。
彼らの存在を信じる者たちは次第に減っていき、今ではただの神話だ。その中で魔法の概念が変わっていくのは仕方ないのかもしれない。
サフィニアはそう納得した。
サフィニアが気付く日が来るのかは分からないが、精霊の言っていることは事実ではあったが現実的ではなかった。
適性の無い属性を発動させるためには適性属性に比べ10倍程度多く魔力を消費する。波長の合わない力を無理やり使うので効率が悪い。その上かなりの魔力操作技術が必要だ。
大昔の人々の魔力ならそれが当たり前に出来ていたのだろうが、現代でそんなことをするのはSランクの魔力量を以てしても困難なのである。
そのため、授業で言われたように『適性属性以外の魔法を発動することはできない』という言葉は現実的には正しいと言える。
サフィニアは全属性持っているし、魔力量も桁外れなので気付くことができなくても仕方ないだろうが。
そこまで考えた所で、顔が青ざめていくサフィニア。
(テストが5点だった理由って……)
サフィニアはとんでもない所に来てしまったと心底後悔した。
今まで誰ともチームを組まずに戦ってきたサフィニアは気付いていなかった。
周りのレベルが低いのではなく、自分の魔力操作能力の方が異常であることに。




