第4話 入学式
そんなことを考えられているとはつゆ知らず、サフィニアはのんきに首を傾げ、考える。
(はて。私は魔法を発動させようなんて思ってもいないのに)
まぁ、やるとしたら彼らしかいないだろう。
サフィニアは、そういえばさっきは「姿を見せるな」としか言っていなかったと気付く。
溜め息を吐き、学院全域に思念を送った。
『あなたたち、学院内では全てにおいて特別な手出しをしないで!! そしてそれを今ここにいない子達にもちゃんと伝えなさい!』
『ちぇっ』
『……はーい』
彼らはかなり不満げではあったが、サフィニアに嫌われたくないので渋々従うことにする。
サフィニアはこれで一件落着とばかりに満足げな顔をした。発動しかけていた魔法は何事もなかったかのように消えていた。
「ご、ごめん。ほんとに。そんなに怒ると思わなくて……」
ジェンソンは怒られた子犬のようになっていた。
お気付きの人もいるかと思うが、ジェンソンはかなり猫を被っているようだ。
ロールキャベツ男子、というものだろう。
人畜無害を装っているがその本性は……。
そんな本性に気付かないサフィニアは、可愛らしい子犬を見て思わず口元を緩めた。
マイペースに、誰にも乱されることなく生きてきたサフィニア。
孤児院でも友達はいなかった。赤い髪自体はそれほど珍しくないのだが、あまりにも鮮やかな赤であるため、呪われた子だと虐められていた。
サフィニアはある事件をきっかけに孤児院から逃げた。
ダフニーが拾ってくれ、優しく接してくれた。
でも、どこか距離を置かれているような気がしていた。
ギルドでも遠目に観察されるだけの日々。
サフィニアにとって、普通の人として接してもらったのは彼が初めてだった。
うん、人間関係が幼稚園レベルだから本性に気付けなくても仕方ないよね。
でもね、騙されてるよ、きっと、その笑顔に。
いつか、サフィニアが気付きますように。
サフィニアが口を開こうとした、その瞬間。
「いらっしゃったわ、ジェンソン様よ!!」
「ごきげんよう、ジェンソン様」
「お会いしたかったですわ!」
言葉と共に人の波が押し寄せてくる。
サフィニアの後ろから何人もの女性が駆け寄ってきた。
そのうちの一人がサフィニアにぶつかった。いや、押し飛ばされたと言う方が正しいだろうか。
ドレスを着ているということは、これがこの国のご令嬢たちか。
ジェンソンは優良物件のようだ。
外見は完璧、しかも騎士科というお姫様にとっての憧れの職業に就く予定なのだから仕方ないだろう。
それか貴族の位が高い可能性もある。
ジェンソンは笑顔で彼女たちに対応していた。
貼り付けたような笑顔だった。営業スマイルのようなものだろう。
とりあえずこれ以上ジェンソンとは関わりたくないと思ったサフィニアは、さっさと一人歩き出した。
ジェンソンの周りを取り囲む御一行様の横を通り過ぎる時、「ちょっと構ってもらえたからって調子に乗らないほうがよろしくてよ」「ジェンソン様は誰にでも優しいから、勘違いしないことね」という呟きが聞こえた。
わお、恐ろしいほど敵意剥き出しじゃないか。
令嬢って性格悪いんだなぁ。
って一括りにするのは失礼だろうけど。
サフィニアは彼女たちを横目で一瞥するが足は止めない。
今後は、巻き込まれないようにジェンソンを避けようと心の中で誓うサフィニアだった。
学院内に入ると、案内が立っていた。
新入生が十数人集まると案内を開始するようだ。
歩き出すまで院内を眺めるサフィニア。
廊下や階段には、どこもかしこもレッドカーペットが敷かれている。
正面にある二階へと続く大階段は、横一列に何人並べるのか気になってしまうほど広い。磨き上げられた大理石の手摺には、繊細な彫刻が施されている。
さらに、その両脇にも同じように幅のある階段が設けられていた。こちらもまた、豪奢な装飾が施されている。おそらく、それぞれの階段が別の学科棟へと繋がっているのだろう。
サフィニアは階段の手摺をまじまじと見つめた。
金細工を思わせる煌びやかな装飾に、細部にまでこだわった彫刻。
サフィニアは思う。
これは本当に必要なのだろうか、と。
「では会場へ案内しますので、皆さんついてきて下さい」
そんなに大きな声ではないが、反響していた。
サフィニアたちは案内をしてくれる先輩について行った。
この学院を歩くには学生証が必要であり、なければどこにもいけないそうだ。サフィニアたちはまだ学生証を持っていないので案内が必要だった。
左の廊下を突き進んだ先は、大きい講堂のような場所だった。舞台側が一番低く、そこから椅子が扇形に並んで階段状に高くなっている。2階からの観覧席のようなものもあった。
天井はかなり高く、シャンデリアには火が灯っている。前方は舞台のようになっていた。
(シャンデリアが、動いてるんですけど)
サフィニアはゆらゆらと自由に動くシャンデリアを眺める。
珍しくない魔法ではあるが、普通は魔法など使用せず物理でぶら下げておくものだ。
それをこんなことに使うとは、さすが貴族学院である。
そこからは学科ごとに案内があり、指定された席に座る。身分は関係ないと謳っているだけあって、席は来た順に座っているようだった。
(王様が身分制度の撤廃を掲げていても貴族は反対している、か。
ダフニーさんの言った通りって感じ)
規則的に身分は関係ないが、通っている学生にはその気はないということだ。
生まれてきただけで一般人よりも偉く特権があり優遇されるんだから、そりゃあ撤廃されたくないだろう。
まだ式は始まっていないが、わりと静かだった。
小さな声で話している場所が数ヵ所ある程度で他は全員無言だった。
背筋を伸ばし凛と座る者、体勢を崩して座る者、縮こまっている者。
そこからはなんとなく育ってきた環境が読み取れるような気がした。
サフィニアは魔導科全体を見渡した。
AランクやBランクに相当するほどの魔力の持ち主が何人か居るのがわかった。
さすが宮廷魔導師を育てる学院なだけあり、かなりの手練と思われる者もいた。
エクセイタは危険な森であるために依頼難易度が高く、初心者はほぼいない。それでも冒険者の多くは魔力がC〜Eランクで、上位3チームの1人か2人がBランクに達している程度だった。
今の時点でこれだけの魔力を持っているなら訓練すれば冒険者のSランクも夢じゃないだろう。それほどの逸材が、1学年に何人もいるのだから驚きだ。
特に目立ったのは、最前列にいる黒髪の男だった。
(あの人の魔力、えげつない……)
サフィニアは眉間に皺を寄せる。
おそらく100年に1人の逸材レベルだろう。
現に、彼の魔力量はすでにSランクに達していた。
それでもサフィニアの1/100以下の魔力であるが。
まもなくして式典が始まった。
サフィニアは特にどこを見るでもなく、舞台の方を向いてボーッとしていた。
早く終われ、とでも思っているのだろう。
「……本学院において、貴族・平民といった身分による差別は認められていません。身分を理由に他者を見下すような言動は慎んでください。
新入生の皆さんが充実した学院生活を送れることを願っています。
在校生一同」
そう言って締めくくる会長。
一礼した後、舞台の端に戻る。
次は新入生の挨拶のようだ。名前を呼ばれた男が立ち上がって歩き出した。
その男は先程の最前列にいた黒髪の男だった。
あれほどの能力を持っていれば、代表になるのも頷ける。
「ポール殿下よ!」
後ろから聞こえてきた声。
「!?」
サフィニアは後ろを振り向きそうになるのを必死で堪える。
(殿下って、王子よね。王子様も通うのね、学院に。
しかも同じ学年、同じ学科とか最悪)
同じ学科に通えることを喜んでいる生徒が多い中、サフィニアは心底嫌そうな顔をしていた。
ポールは舞台に上がると、整列している学生の方を向いた。
現れたのはこの世の者とは思えないほど美しく整った顔。黒い髪から覗く緋色の瞳。中性的でとても綺麗だが、そこから受ける印象はひどく冷たく見えた。目が合ったら噛み殺されそうな、獲物を狙うような鋭い双眸。
(美人……でも怖い)
これがサフィニアの素直な感想だった。
ポールの容貌に気を取られている間に、挨拶は終わっていた。
「……どうぞよろしくお願いいたします。
新入生一同」
ほとんど聴いてかなかったが、この学院で一番偉いだろうに、丁寧な喋りをするんだなぁ、と感心するサフィニア。
(王子様ってもっと高慢かと思ってたけど。
そういえば、王様と似てないな。母親似なのかな)
サフィニアはのんきにそんなことを考えながら拍手をしていた。
入学式は無事に終わり、教室へと移動した。
今日は連絡事項のみで解散となるらしい。
「これから2年間、このクラスの担任のグロリオだ。そして隣は副担任のイリシア先生だ。よろしく頼む!」
紹介されたイリシア先生は一礼する。
教師はさらっと挨拶をして連絡事項を話していく。
「明日魔力検査するからな。完全回復した状態で受けるように! 足りない状態で受けてもそれが実力になるから気をつけろよー。これは一回しかやらないからな」
(おっと、聞き逃してはいけない大事なお話だ)
今は秘匿で魔力を遮断しているだけだったので、魔力を削ってから検査を受けることにしようと心に決めるサフィニア。
(適性属性は誤魔化せないかな……あっそうか、検査の結果をいじっちゃえばいいんだ。
でもさすがにあの子達の力借りないと術式分からないな。何か方法は……)
「……以上だ。じゃあ今日は解散!」
サフィニアはどうやって検査を乗り切ろうかと思考を巡らせていたため、それ以降の言葉を全て聞き逃してしまった。
だが聞けるような知り合いはいないし、初日から究極に困るようなこともないだろうと楽観視していたため確認せずに帰ることした。
サフィニア、学校初めてなんだから確認くらいしようよ!!




