第11話 魔法実習は前途多難?
今日は初めての魔法実習の授業だ。
教室から練習場までの移動中は、その話題で持ちきりだった。
「ねえ、どの属性を使うつもり?」
「私は風かな。一番得意な属性なんだ」
「僕は炎だよ。家で何度も練習したから、今日は上級魔法を見せてやる」
自信満々に語る生徒たちを横目に、サフィニアは小さく溜息を吐いた。
(上級魔法、ねぇ……。まだ授業では初級魔法しか習っていないのに)
もちろん、サフィニアは全ての魔法が使える。
古代魔法陣を使用して良ければ、だが。
今はまだ昨日習った初級魔法の魔法陣を覚えるのがやっとで、詠唱も言えるかどうか自信がないレベルだ。
先が思いやられるなと考えていると、いつの間にか射撃練習場へ到着していた。
広い訓練場の奥には、魔法を受け止めるための的がいくつも並べられている。的の周囲には防護結界が張られており、多少の魔法なら問題なく受け止められるらしい。
教師が全員を見渡し、声を張り上げた。
「それじゃあ今日は、自分の一番得意な魔法を見せてくれ」
「はい!」
「使う魔法は自由ですか?」
生徒の一人が手を挙げて尋ねる。
「自分が扱える魔法ならな。ただし、周囲に被害を出さないようにしろ。威力を競う授業ではないからな」
教師がそう言った瞬間、何人かの生徒が残念そうな顔をした。
サフィニアはその様子を見て、思わず苦笑する。
(どう見ても、威力を競う気満々なんだけど)
最初に呼ばれて前へ出たのは、氷属性の生徒だった。
「蒼氷を司りし氷よ、我が魔力を糧に顕現せよ。鋭き氷の槍をもって、眼前の敵を貫け! 氷柱の槍!」
パキィン……!
空中に鋭い氷の槍が生み出され、一直線に的へ飛んでいく。氷の槍は的の中央に突き刺さり、表面を大きく凍りつかせた。
「おおっ!」
「すごい!」
周囲から歓声が上がったことで生徒は誇らしげに胸を張り、列へ戻っていった。
しかし、サフィニアは別のものを見ていた。
(アイシクルランスって、えーっと……氷柱の槍ね。あの魔法は、鏃みたいな小さな氷を飛ばす魔法なんかじゃない。無数の大きな氷柱が空から降り注いで、地面に突き刺さるくらいには威力のある魔法よ)
彼女の視界の端には、氷属性の精霊がいる。
(それなのに、あの精霊が渡してる力なんてほんっの少しじゃない! なにあれ! やる気あるの!?)
精霊は鼻をほじりながら、気だるそうに宙を漂っている。
(誰にも見えないと思って! 職務怠慢にもほどがあるでしょうが!)
サフィニアが心の中で憤慨している間にも、順番はどんどん進んでいった。
「次。リリー・スペキオサ!」
「はぁい!」
名前を呼ばれた少女は、ぱっと花が咲くような笑顔で返事をした。柔らかなピンク色の髪を揺らしながら的の前に立つと、両手を胸の前でそっと組む。
その美しく儚げな姿に、誰もが見惚れていた。
「大地を司りし土よ、我が魔力を糧に顕現せよ。可憐に咲き誇る花々よ、眼前の的を彩りなさい! 花園の祝福!」
リリーが詠唱を終えると、的の足元から蔓が伸び、するするとその表面を這い上がっていった。
やがて蔓には色とりどりの花が咲き、的はあっという間に花で飾り立てられた。
しかし、その光景に教師は額に手を当て、深い溜息を吐く。
「……的にフラワーアレンジメントを施してどうするんだ。的を狙って攻撃するんだぞ」
「えっ? でも、リリー、攻撃なんて怖いです! 誰も傷つけたくないもの!」
「ここは魔法実習の授業だ。まずは攻撃魔法を使えるようになってくれ……」
「はぁい……」
しゅんと肩を落とすリリー。
その姿に、周囲の生徒たちからは微笑ましげな視線が向けられていた。
(うわ、なんか、すごい個性溢れた子だな……。あまり関わりたくない)
サフィニアはそっと視線を逸らした。
「次、ビオラ•マンジュリカ!」
「はい」
ビオラが前へ出る。
彼女は周囲を見渡し、軽く髪を払った。
「ふふ。ではいきますね」
「おい、お前なんか危ないこと考えてないか? 威力を競う授業ではないと言っただろう」
「なんのことかしら? きちんと、制御はいたしますよ」
ビオラはにっこりと笑った。
その笑顔に、教師は嫌な予感を覚えたのか、眉を顰める。
「天雷を司りし雷よ、我が魔力を糧に顕現せよ。天を裂く裁きの光をもって、眼前の敵を撃ち砕け! 雷轟!」
次の瞬間、轟音とともに幾筋もの雷が降り注いだ。
雷は一つの的だけではなく、射撃練習場に並べられた複数の的へ次々に落ちていく。
閃光が辺りを白く染め、遅れて激しい雷鳴が響き渡った。
「きゃっ!」
「すごい……!」
生徒たちが思わず身をすくめる。
やがて光が収まると、そこには真ん中が真っ黒に焦げて溶けている的が並んでいた。
「複数同時に狙ったのか?」
「しかも、全部中心に当たってる……」
教師も感心したように的を見つめていた。
「見事だ、ビオラ。威力も制御も申し分ない」
「ありがとうございます」
ビオラは満足そうに微笑むと、何事もなかったかのように列へ戻っていく。
サフィニアは、彼女の背後にいる雷の精霊を見た。
雷の精霊は、ビオラの魔力に応えるように、楽しそうに跳ね回っている。
(あっちはやる気満々じゃない……。なにここの精霊たち。気まぐれにも程があるでしょう)
「次! ポール•クリサンセマム!」
「はい」
ポールは落ち着いた足取りで前へ出る。周囲の生徒たちが、期待するように彼を見つめていた。
「ポール殿下なら、きっとすごい魔法を使うぞ」
「今ではお目にかかることができなかったが、今日は初めてこの目で見ることができるのか!」
そんな声が聞こえてくる。
期待されるのも当然。彼は既に宮廷魔導師団と共に魔獣討伐の最前線を駆け抜ける英雄なのだから。
ポールはそれらを気にする様子もなく、的へ両手を向けた。
「紅蓮を司りし炎よ、我が魔力を糧に顕現せよ。轟く業火をもって、眼前の敵を焼き尽くせ! 爆炎!」
ゴォオオオオッ!!
ポールの前に巨大な炎が渦巻いた。
炎は一つの塊ではなく、いくつもの渦となって広がり、射撃練習場に並ぶ複数の的を一気に呑み込んでいく。
「うわっ!」
「熱っっ!」
後方にいた生徒たちの髪が炎の余波で大きく揺れたが、ポールは眉一つ動かさない。
炎は的だけを正確に包み込み、周囲の地面や防護結界には一切触れなかった。
燃え盛る炎が消えたあと、そこには並んでいま的の見る影もなく、黒い灰だけが残されていた。
それほどの炎を放ちながら、周囲の地面には焦げ跡ひとつない。
「……すごい」
誰かが呟いた。
教師も、しばらく言葉を失っていた。
「圧倒的な威力だな。しかも、完全に制御されている」
「いえ。まだまだです」
ポールは淡々と答えた。
周囲がざわめく。
さすがはポール。魔法の威力も、制御も、他の生徒と比べて群を抜いている。
サフィニアは、ポールの背後にいる炎の精霊を見つめた。炎の精霊は、まるでポールを主人と認めているかのように、嬉しそうに燃え上がっている。
(他の生徒に比べたらかなり力を貸してもらっている方だけど、威力はまだ足りない。これは王子様の魔力操作の未熟さ故ね。これ以上力を渡すと暴走するんだろうなぁ)
そう思ったところで、教師の声が響いた。
「次、サニア・ドウラン!」
「はい」
返事をしたものの、サフィニアの足はなかなか動かなかった。
(ふぅ、ついに来た……)
昨日習ったばかりの初級魔法。
炎を少しだけ出す、簡単な魔法だ。
魔法陣がよく分からなくても魔力操作でなんとか出来るし、精霊の力が足りなくたってカバーできる。
……はずだった。
サフィニアは的の前に立ち、手を前にかざす。
(この変な詠唱は恥ずかしいけど、言うしかない。精霊さん、ちょっとで良いから力を貸してください!)
サフィニアは小さく息を吸い、詠唱を唱え始める。
「ぐ、紅蓮を司りし炎よ……。我が魔力を、糧に顕現せよ。……燃え盛る灼熱の力?をもって、えー、と眼前の敵を焼き払え! 炎!」
…………。
何も起こらない。
炎も出ない。
火花ひとつ散らない。
(…………は?)
サフィニアは固まった。
(って、おいぃぃいいい!! 少しも貸してくれないんかーい!!!)
周囲を見回すこともできず、心の中だけでツッコミを入れる。
(なんで? なんで貸してくれないの!? 初級よ!? ほんのちょっとでいいのよ!? 今までの人には気怠そうにしてても少しは貸してくれてたじゃないの!)
炎の精霊は、サフィニアの怒りなどどこ吹く風で、宙に浮かびながら欠伸をしている。
まるで、自分の出番ではないかのように。
別の精霊は、サフィニアの顔を覗き込んでクスクスと笑っていた。
『この人間、魔法陣の形めっちゃ変だし、詠唱聞いた?? やばくなぁい??』
『やばいやばい! これは関わらないほうがいいわよ!』
(ちょ、……あんたたち、笑ってんじゃないわよ!!)
サフィニアは内心で猛烈な地団駄を踏みながら絶叫した。
『ぷーっ! 魔法が不発って!! だっさー!!』
(誰のせいでこうなったと思ってんの!? ふざけんじゃないわよ!)
しかし、ここで精霊に怒鳴りつけるわけにはいかない。
精霊など見えない。そういうことになっているのだから。
サフィニアはこめかみに青筋を浮かべながらも必死に堪える。
「……もう一度、やってみろ」
教師に促され、サフィニアは慌てて顔を上げた。
「えっ……はい……」
もう一度やったところで、精霊は力を貸してくれないだろう。サフィニアは完全に精霊のおもちゃとしてロックオンされている。
でも、教師に言われたのでやるしかない。
公開処刑再びである。
「……紅蓮を司りし炎よ、我が魔力を糧に顕現せよ。燃え盛る灼熱の力をもって、眼前の敵を焼き払え! 炎!」
…………。
結果は変わらなかった。
炎はおろか、火花ひとつ散らない。
射撃練習場が静まり返る。
「初級魔法も使えないのか……?」
「魔法陣もなんか変じゃね?」
「もしかして、魔力が足りないんじゃない?」
ひそひそと囁く声が聞こえてくる。
(違うから!! 私のせいじゃないからね!?)
サフィニアは心の中で必死に叫んだ。
しかし、周囲の人間にその声が届くはずもない。
教師は困ったように眉を寄せた。
「サニア。今日はもういい。後で魔力の流れを確認するから、列へ戻りなさい」
「……はい」
サフィニアはうつむきながら、列へ戻った。
その背後で、炎の精霊が小さく笑っている。
サフィニアは振り返らず、拳を強く握りしめた。
(あの子たちの顔は覚えた。絶対に許さないから)
こうしてサフィニアは初めての魔法実習で、初めて魔法が使えず、自分の力で解決することもできず、見事に落ちこぼれの烙印を押されることになったのだった。
ちなみに、サフィニアのことが大好きな精霊たちは、サフィニアをえこ贔屓してしまうとのことでエクセイタに帰されています。サフィニア、自分に厳しいっ!




