第12話 エクセイタでの週末
土曜日の朝、サフィニアはエクセイタにいた。
転移は王都にある家の中からなので、出発は何も気にする必要はない。問題は転移先だった。
転移しやすいのは、エクセイタの森にある自分の家か、森の入口付近。
今までは仕事しかしていなかったので、ギルドと森の往復にかかる時間は気にならなかった。だが、今は違う。
森に転移し、ギルドまで歩き、依頼を受けて森まで戻る。考えただけでも面倒だ。
かと言って、ギルド内に直接移動するわけにもいかない。入ってきてもいないのに、いきなり二階から現れることができないからだ。
とりあえず今回は自分の家に転移し、冒険者ギルドに向かって歩いている最中なのだが。
「あれ? あの子って今学院に通ってるんじゃなかったっけ?」
「あれだろ? 王子様も通うとかいう貴族様の学院。最難関なんだとか」
「てか本当に実力あんのかね? もうすでに学院を追い出されてたりして」
「はぁーしばらく見れないと思ってたのに最高かよ」
すれ違う冒険者たちの声が、サフィニアの耳に届く。
ひそひそ話ですらない。本人がすぐそばを歩いているというのに、まるで気にしていないようだった。
サフィニアは聞こえていないふりをして、そのまま歩き続ける。
有名人は言われたい放題だ。
最後のは違うようだが。
冒険者ギルドに着いたサフィニアは、受付へ向かい、依頼板に目を向けた。
Sランクの依頼や緊急依頼が出ていないか確かめつつ、受付の職員に声をかける。
「何か依頼は入っていませんか?」
「今は特には入っていませんね」
「そうですか。あの、今ってダフニーさ、えと所長は、いらっしゃいますか? お話がしたいのですが」
「おりますよ。こちらへどうぞ」
うっかり名前で呼びかけてしまったサフィニアは、言い直すように言葉を続けた。受付の職員は特に気にした様子もなく、奥へと案内する。
サフィニアはその後に続き、階段を上った。
二階の廊下を進み、つきあたりの部屋の前で足が止まる。
コンコン。
「どうぞ」
女性はダフニーの声を聞いてドアを開けると、サフィニアに入るよう促した。
サフィニアは軽く一礼してから室内へ入り、女性はそのまま一階へと戻っていった。
「サフィニアか。どうした? 学院で問題でも?」
「それが、ですね……大有りというかなんというか……」
ダフニーの顔を見た途端、サフィニアは言葉を濁した。
「話してみなさい」
優しい声に、心が落ち着く。
サフィニアは、ふぅ、と息を吐いて呼吸を整えてから話し始めた。
「まず、その……。魔法の属性って、5つですよね。私全属性持ってると言ってましたよね」
「ん? ああ、そうだな。君は全属性の魔法が使える。でもそれは学院では隠しているんだろう?」
「じゃあ光属性ってなんですか? 私ないですよね?」
「光属性? あれは回復のみの属性だろう。炎・氷・風・土・雷の5つあれば全属性持ちと呼ぶ」
サフィニアは瞬きをした。
「はい??」
「え??」
サフィニアは眉間に皺を寄せ、ダフニーはぽかんとした。互いに顔を見合わせたまま、二人とも動きを止める。
先に口を開いたのはダフニーだった。
「精霊から教えてもらってないのか?」
教養や剣術などは一通りダフニーが教えていた。
だが、魔法については精霊が絶対だからと、全て精霊に任せていたのに。
その精霊が教えていなかったのだろうか。
「あの、大変申し上げにくいのですが。回復魔法は無属性魔法なので誰でも使えるんですよ……。才能アリナシは関係すると思いますけど」
「は??」
今度はダフニーが眉間に皺を寄せた。
「えっと……使ってみせましょうか?」
「いや、いい……。君は規格外だからできるという可能性もあるし、出来たとしても参考にならない……」
ダフニーは片手で額を押さえた。
「もし普通の光属性なしの人間が回復魔法を使えるなら、いや使えるようになったら大問題だ。全ての常識が覆ってしまう……」
ダフニーは腕を組み、ぶつぶつと考え込む。
しばらくして、何かを決意したように顔を上げた。
「よし、今の話は聞かなかったことにする。いいか、サフィニア。回復魔法を使えるのは光属性持ちだけなんだ。わかったね?」
鋭い眼光がサフィニアを捉える。
念を押すような視線に、サフィニアは思わず背筋を伸ばした。
「ね???」
「わ、わかりまし、た。あ、もう一つあるんですけど」
「……まだあるのか?」
最初の歓迎モードはどこに行ったのだろうか。
ダフニーは、もう聞きたくない、と言いたげな表情を隠しもしない。
「魔法陣なんですけど。うーん、あれって合ってます?」
どう切り出したら良いか分からなかったサフィニアは直球で質問した。
「何を言い出すんだ。合ってるに決まってるじゃないか。あれは先人たちが懸命に研究してきた結果なんだぞ」
「いやでも魔法陣は精霊が読めないと意味なくて……」
「あーーーー聞こえない! 俺には何も聞こえてないぞ! さぁサフィニア、そろそろ依頼を受けに行った方が良いんじゃないか?」
とんでもない爆弾をいきなり投げるんじゃないとでも言いたげなダフニー。
「依頼は先程確認して、何もないと言われたんですけど……」
「じゃあすぐに家に帰るんだ! 自宅に行ってみろ。荷物を届けておいたから」
「え、いやまだ話があるんですけど! 今後の転移する場所について……」
「良い! ここで使って良いから行くんだ!!」
有無を言わせぬ物言いに、サフィニアは渋々転移魔法を発動させた。
回復魔法は光属性持ちのみが使える特別な魔法であり、魔法陣は今までの魔導師の努力の結晶、いわば魂である。
魔力が減ってもなお使えるよう、熱心に研究がなされてきた。
これらは世界の常識であるため、それを根底から覆すような爆弾をダフニー1人で抱えきれるわけがなかった。知らない方が良いことはたくさんある。そう示すかのように。
謎を解決するためにダフニーに相談しに行ったのに、余計に謎が深まってしまうサフィニアだった。
見慣れた木々と、いつもの静かな空気。
そして、数日ぶりの精霊たちが目に入った瞬間、サフィニアの表情がぱっと明るくなった。
「みんなぁー! こんなに会えて嬉しいと思ったの、初めてだよぉ!!」
両手を大きく広げ、光を抱きしめる。
精霊たちは小さな人間の姿になり、我先にとサフィニアの周りへ集まってきた。
それはもうたくさん、サフィニアが埋もれるほど……。
「だぁー!! 多い多い! 一気に来すぎ!」
彼らと感動の再会なんて出来そうもなかった。まぁ、そもそも離れて数日しか経っていないのだが。
サフィニアは何かを思いついたようにハッと顔を上げた。
(そうだ! 精霊に聞けばいいじゃん!!)
「ねぇ、みんなに聞きたいことがあるんだけど。
学院で習った魔法陣が全然読めなくて」
『魔法陣が読めない?』
「そうそう。なんかよくわからない言語で描かれてて」
サフィニアは地面にしゃがみ込み、木の枝を手に取った。記憶を頼りに、地面へ魔法陣を描いていく。
『なにこれー。読めないよー』
「だよねぇ。これって魔法陣の意味ある??」
『『ない』わね』
サフィニアは思わず、手にしていた枝を止めた。
「ないんだ……。
そりゃ詠唱なしで魔法発動できるわけないね」
『うーん。その詠唱というものを聞いてギリギリ力を貸せてるんじゃないかしら』
精霊は宙に浮いたまま、どこか呑気な様子で答える。
「でも、精霊は私たちの言語分からないでしょう?」
『どういうこと? 精霊語じゃないの?』
「それが、クリサ語(クリサンセマムの言語)、なんだよねぇ……」
サフィニアは目を泳がせながら答える。
サフィニアと精霊はいつも精霊語で会話していた。
『ええぇぇぇ』
『クリサ語はわからないよぉ!』
『確かにー』
『あ、ボククリサ語分かるよ! 昔は街に住んでたから!』
「え? じゃあこの魔法陣も読めたり!?」
サフィニアは期待した目で見つめるが。
『いやそれは読めないよ。クリサ語読めないし、てかそれクリサ語じゃないし』
その様子に、サフィニアは小さく息を吐いた。
「学院の子たちなら読めるのかもと思ったけど、それならあんなに精霊の力と魔力の操作が合ってないわけないか。初めてみたときは本当に衝撃的だったわ。グッチャグチャなんだもの。あの文字も、現在のアルファベットを別の形にしただけみたいだし」
『これはもう全くの別物だよー』
「でも学院に通うってことはこの滅茶苦茶なやつを覚えないといけないのよねぇ……。めんどくさ」
サフィニアは魔法陣と睨めっこをする。
「あ。あとこの縁なんだけどさ、みんなはこれが何かわかる?」
描き終えた魔法陣の外側を、枝の先でなぞる。
精霊たちが次々と集まり、地面を覗き込んだ。
『わからないわ』
『わからないねぇー』
『読めないよ!』
『何かは分からないけど、多分1000年くらい前からそれをよく見るようになった気がする』
『えー、2000年くらい前からもうこれだったよ。ボクの友達が眠りについた後くらいから魔法陣はこれになったから間違いない!』
『そうだったっけ? 1000年くらいだと思うけど』
何やらものすごい単位での討論が始まってしまったようだ。答えの出なさそうな会話を止め、話を仕切り直す。
「何年前からかは置いておいて、これが何を意味するかが大事なのよ」
サフィニアは枝を拾い直し、魔法陣の外側をもう一度なぞった。
「とりあえず、一旦この魔法陣を使って魔法を打ってみよう! いつもの炎)で力を貸して! せーのっ」
空中に魔法陣が浮かび上がり、それとともに炎が立ち上った。
ボォォォッ。
だが、その勢いは普段よりも明らかに弱い。
サフィニアは炎を見つめたまま、首を傾げた。
「あれ?? いつもと同じ精霊の力と魔力なのに、弱くない?」
『そうね。なんだか、そこに力を集めても安定しないわ』
精霊も炎の周囲を飛びながら、不思議そうに首を傾げている。
「うーん、魔力もなんだか重い気がする。うまく操作できないというか……」
サフィニアはもう一度、魔法陣に意識を向けた。
すると精霊の1人が魔法陣のある部分を指さした。
『ねぇ、この部分見て。もしここが、魔力回路の《切る》部分だとしたら、右と左で繋がないといけない所を切ってしまっているんじゃない?』
「『ありえる』」
「あっ!! もしかしてここ、間に変なの入ってるけど打ち消しの式じゃない?」
サフィニアは指先で、該当する部分をなぞった。
魔力の流れを切り、さらにその力を打ち消す。
もし本当にそういう仕組みなら、魔法の威力が落ちるのも、魔力が扱いづらくなるのも説明がつく。
サフィニアは地面に描かれた魔法陣を見下ろし、読める式になるよう、余計な記号を一つずつ消していった。
少しずつ意味のわかるものに変わっていく。
「《止める、回す、上に行く、下に行く、繰り返す、霧散させる……》? 何これ……!」
そこに描いてある式はひどいなんてもんじゃなかった。
指示がめちゃくちゃなのだ。やりたいことともあっていないし、勝手にそんなふうに動かれたら、そりゃあ重くもなるだろう。
「さすがにこれは、偶然じゃない……よね」
サフィニアの顔から、先ほどまでの好奇心が消えた。
代わりに残ったのは、厄介事に足を踏み入れてしまったときのなんとも言えない表情だった。
時が流れるにつれて少しずつ変化していったと言うには、あまりにも不自然だった。
「あー。はは、ははは……」
サフィニアは乾いた笑い声を漏らしながら、そっと魔法陣の上に土をかけた。




