四話、ライアスとアリア幼き日の約束
とある伯爵領の貴族街、その中でも中央に位置する領主邸の裏庭。母親が管理する荘園の東屋で幼い少年と少女が仲良さげに楽しく過ごしていた。
「アス……ライアスさま」
「まだアスでいい、アリー」
言い直され、幼名で名を呼ぶ黒髪をお下げにした少女。
「アス。明日から学園に通って貴族のお勉強を始めるのでしょ? その……頑張ってね」
胸の前で手を組み、ほんのりと頬を染めてアスを見あげる。
「ああ。兄様達に負けないように、しっかりと学んでくるつもりだ」
「アスなら出来るよ! 私も明日からメイド見習いに入るの、それにお母さんから護衛術とか隠密とかアスの為に、ぼ……ぅ、きゅう……じゅっも習うから、絶対奉仕させてね!」
少女は、モジモジと最後の方は消え入りそうな声になり。
少年は、よく聞こえなかったが応援してくれている事は分かったので取り敢えず頷いておいた。
明日の誕生日で八歳になり、王都の貴族学園に入学する伯爵家の三男ライアスと、六歳でメイド見習いとして働くアリアが、兄妹のように接してこれた最後の日の約束。
「俺も兄様達のように必ず学園を一番で卒業してスキルも上級職を絶対に授かってみせる! そして、アリアを迎えに来るからな」
その言葉を、桜色に頬を染めて受け入れるアリア。
「これは約束の冠だ、こんな草で済まないが、いつか本物を贈ってやるからな」
庭の草花で編んだ花冠をそっとアリアの頭に乗せるライアス。
はにかみながら見つめ合う二人。
その時、ふと二人の頭上に光が舞い下りた。
「何だ? いまの?」
「ちょうどお日様が出て、眩しかったのではない?」
手をかざし空を見上げると、丁度雲から出た太陽が二人を照らしていた。
「そっか」
二人を見守るメイドにも、その微笑ましい様子に笑みが溢れる。
が、これから過ごす二人の時間を考えると……ただ微笑んでいられればどれだけ幸せかと、二人の行く末を祈るのだった。
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時は過ぎ――
広い講堂に揃いの制服を着て、最高学年のマントを羽織った学生達。
一人一人が緊張した面持ちで並び、全員が壇上にいる人物を見上げていた。
「五年間の厳しい環境に耐え、よくぞ成長してくれました生徒の諸君。
これからあなた方は立派な貴族として民の上に立ち、王の要となってゆく事でしょう。
その為に、これより学園最後の儀式を行います」
演壇に立つ学園長の前に、厳かに運ばれてきた紺碧に輝く大きな魔石。
個人の深層に眠るスキルを目覚めさせる、覚醒の儀式が始まった。
次々に名を呼ばれ、演壇に立ち魔石に手を触れる生徒達。
時には大きな騒めきが起こり笑顔で去る者や、がっくりと肩を落として立ち去る生徒もいる中、ついに最後の一人。
歴史あるカーバイト家の三男で、兄二人は上級職スキルを得てカーバイト家の跡取りとして、また王家騎士団の要職を務める秀才の兄達を持つ。
今年度の学園最優秀生ライアス・カーバイト。
僅かに緊張と自信に溢れた面持ちで演壇へと進む。
「ライアス・カーバイト君。五年間一度も首席から落ちる事なく過ごした君だ、さぞや素晴らしい結果が待っている事だと思う。
さあ、魔石に手を置いて」
ここに集まる全ての人々の視線と関心を一身に受け、それでも躊躇う事なく魔石に手を触れるライアス。
眩い光がライアス本人を包み、次第に光が収まってくると。そこには、自身の手をジッと見つめるライアスの姿が。
「……どうだ、ライアス君。スキルは何と出た?」
学園長が身を乗り出して問う。
ライアスはゆっくりと振り返り、下段に並ぶ生徒や家族、貴族たちに向かって大きく息を吸うと。
「ドラゴン・ナイト!!」
威厳にあふれ、強く最後尾の席までハッキリと聞き取れる声で発せられたその言葉に反し、会場は凍りついたような静寂が訪れた。
……ドラゴン・ナイト。
魔物の中でも最上位種とされる古のドラゴンを従え、自由に操ることができる稀有なスキル。
戦場に立てばたった一人で万の軍勢を蹴散らし、国そのものを勝利へ導くと言われる最強格のスキルだ。
その発生は数百年に一度とも言われ、記録に残る最後の保有者は四百年前の英雄――
「紅天の竜騎士」ただ一人だけだった。
無風だった水面に、一滴の雫が落とされる。
「まさか……本物か……?」
誰かの呟きがきっかけとなり、次の瞬間、割れんばかりの歓声とどよめきが爆発した。
感嘆、祝福、羨望、嫉妬、畏怖。
ありとあらゆる感情が渦を巻き、たった一人の十五歳の少年に降り注ぐ。
ライアスは高々と右拳を掲げ、自信に満ちた笑みを浮かべていた。
その翠色に燃える瞳には、何が映っているのだろうか。
会場の拍手は、この日一番長く鳴り響いた。
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卒業式から数時間後、王城にある大広間は華やかな卒業パーティの熱気に包まれていた。
「でかしたぞ、ライアス!」
父親であるベルナール・カーバイト伯爵の声が、酔いの回った甲高い調子で響く。
パーティーの開始前、王が直々にライアスに声をかけてきたという事実は、彼にとって最高の勲章だったのだろう。
周囲から降り注ぐ羨望と嫉妬の視線を、まるで最高の美酒のように受け止めていた。
ライアスは慣れない長時間の社交に少し疲れを見せていたが、父親の背後に立つ女性の姿を認めると、背筋をぴんと伸ばした。
アリアの母であり、父親の第三婦人にしてメイド長を務めるエレナ。
ライアスの実母は第二婦人だったが、彼を産んですぐに他界し、以後エレナが事実上の育ての母となっていた。
アリアとは血こそ繋がっていないが、幼い頃から本当の兄妹のように育ってきた。
「ありがとうございます、父上。
母上も、遠路お越しいただきありがとうございます」
「いいのよ、ライアス。演壇に立つ貴方は、本当に立派だったわ」
エレナが柔らかく微笑んだその時、護衛に囲まれた一人の女性が近づいてきた。
周囲の卒業生や貴族達が自然と道を開け、頭を下げる。
「ライアス様、お母様にご紹介していただけないかしら?」
明るい声とは裏腹に、彼女の存在感は圧倒的だった。
「キャサリーン、来てくれたのか。もちろんだ、こちらへ」
ライアスは自然に彼女の手を取り、エレナの前に連れてきた。
「ご存知かと思いますが、アスタルト王国第三王女、キャサリーン・エレナ・アスタルト様です。
学園では一年後輩で、同じ倶楽部にも所属しており親しくさせていただいております」
キャサリーンは不満げに頰を少し膨らませ、いたずらっぽく言った。
「あら、婚約者とは言ってくださらないのかしら?」
その一言で、場の空気が一瞬で凍りついた。
周りにいた貴族達が顔を寄せ囁き合う。
父親の顔がザッと青ざめ、エレナの優しい微笑みも一瞬で消えた。真っ直ぐにライアスを見つめるその目は静かで、ただ鋭かった。
ライアスはわずかにたじろぎながらも、キャサリーンの袖を掴む手を優しく取り、母親の前で腰を深く折った。
貴族にとって、腰から九十度に頭を下げるのは、相当な不名誉を覚悟した行為だ。
「……本気なのですね」
エレナが小さく息を吐き、キャサリーンに向き直って優雅に膝を曲げた。
「お初にお目にかかります、キャサリーン姫様。
ライアスの母エレナでございます。以後、お見知りおきを」
父親も青い顔のまま慌てて挨拶を済ませたが、その直後、ライアスはキャサリーンに腕を引かれ王の元へと連れていかれてしまった。
僅かに振り返り際に見えたライアスの瞳には暗い影が……。
広間に残されたエレナは、静かに息子に背を向けた。
(……アリア)
胸の内で、娘の名をそっと呼ぶ。
あの、桜色の頰で花冠を受け取っていた幼い笑顔が脳裏に蘇る。
あなたは、まだあの日の約束を覚えているのかしら。
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