第97話 初めての言葉
東京ダンジョン管理局・用務員室。
清掃を終えたカイ・シノハラは、
背負っていた掃除機を充電スタンドに接続した。
カチリ、と小さな音。
リサ・カミシロが椅子に座り、
ブーツの泥を落としながら言う。
「今日の第十層、あんたが先に片付けてくれて助かったわ」
「いえ。
いつも通りの作業をしただけです」
「はいはい……そういう言い方、ほんと変わらないわね」
ナカニシ・コウイチがロッカーを閉めながら笑う。
「まあまあ。
カイはカイや。
それでええんや」
静かな充電音だけが室内に響く。
そのときだった。
空中に淡い光が浮かび上がる。
【SYSTEM LOG】
【World Repair Rate : 0.0051%】
【Cleaner Contribution : Stable】
【Message : ありがとう】
リサが目を見開く。
「……ちょっと待って。
今、“ありがとう”って出た?」
ナカニシが近づいてログを覗き込む。
「ほんまや……
システムが人間の言葉使うん、初めてちゃうか?」
カイは静かにログを見つめた。
淡い光。
短い言葉。
そこに感情はないはずなのに、
どこか温度があった。
カイは小さく息を吸い、
自然な声で返した。
「……どういたしまして」
リサが横目でカイを見る。
「……あんた、迷いなく言うのね」
「言われたら、返すべきだと思いました」
ナカニシが笑う。
「システム相手に礼儀正しいやつ初めて見たわ」
リサは腕を組み、
少しだけ柔らかい声で言った。
「……でもまあ、悪くないわね。
世界がちゃんと見てるって分かるのは」
カイは頷いた。
「はい。
少しだけ、報われた気がします」
【SYSTEM LOG】
【Response Received】
【Status : Acknowledged】
【Note : 人間側との通信成功】
リサが立ち上がる。
「……帰るわよ。
今日はなんか、いい日だった気がする」
ナカニシが伸びをする。
「せやな。
世界に礼言われる日なんて、そうそうないで」
カイは掃除機の充電ランプを確認し、
静かに言った。
「……明日も、続けます」
三人は用務員室を後にした。
【SYSTEM LOG】
【World Status : 微小改善】
【Message Log : “ありがとう” / 保存済】
【Next Task : Cleaning Continue】
世界は今日、ほんの少しだけ――言葉を覚えた。




