第93話 出口の紙袋
東京ダンジョン第六層・出口。
清掃を終えたカイ・シノハラは、
モップを肩にかけて階段を上がっていた。
湿った空気。
薄暗い照明。
いつもと変わらない帰り道。
……のはずだった。
出口の前に、小さな紙袋が置かれていた。
「……?」
カイは足を止める。
紙袋の中には、
温かい缶コーヒーが三本。
そして、折りたたまれたメモ。
『助かってる。
前は悪かった』
短い文字。
癖のある筆跡。
そこへ、リサ・カミシロが追いついてきた。
「なにしてんの。帰るわよ――って、それ何?」
「誰かが置いていったみたいです」
リサは紙袋を覗き込み、目を細めた。
「……あー。
これ、あの探索者の字ね。
前にあんたのこと散々言ってたやつ」
カイは首を傾げる。
「そうなんですか?」
「そうよ。
“清掃員は邪魔”とか“底辺職”とか言ってたやつ」
リサはメモを指で弾いた。
「……まあ、あの虚無竜の件で考え変わったんでしょうね。
あんたに助けられたの、本人も分かってるんでしょ」
カイは缶コーヒーを手に取った。
「……ありがたいですね」
リサは肩をすくめた。
「素直じゃないやつほど、こういう形でしか言えないのよ」
そこへナカニシ・コウイチがやってくる。
「お、なんやそれ。差し入れか?
わてら、ついに“嫌われ職”卒業やな」
リサが肘で小突く。
「調子に乗らないの」
ナカニシは笑った。
「でもまあ、前よりは扱いマシになったやろ。
昔なんて“清掃員は危険人物”とか言われとったしな」
リサは少しだけ目を伏せた。
「……あの頃に比べたら、ね」
カイは静かに言った。
「気にかけてもらえるのは、嬉しいことです」
リサは横目でカイを見る。
「……ほんと、あんたはそういうとこ変わらないわね」
小さく息を吐き、
誰にも聞こえないくらいの声で続けた。
「……だから、助けられるんだってば……にゃん」
カイは気づかないまま、缶を胸に抱えた。
「帰りましょう。
明日の準備もしないと」
ナカニシが笑う。
「はいはい、真面目さん」
三人は出口へ向かって歩き出した。
【SYSTEM LOG】
【Public Perception : Cleaner → Improving】
【Small Gift : Received】
【Note : 感謝の兆候を検出】
世界は今日も、ほんの少しだけ――変わった。




