第86話 再生するモップ
東京ダンジョン第十三層。
通路の奥で、黒いノイズが渦を巻いていた。
壁が削れ、床が波打ち、空間そのものが歪んでいる。
「……深刻ですね」
カイ・シノハラは、淡々と状況を確認した。
その横で、リサが魔力探知を続けている。
「カイ、これ……通常の破損データじゃないわね。
“飲み込む”タイプ」
「吸収型……厄介ですね」
二人が近づいた瞬間、ノイズが跳ねた。
黒い触手のようなデータが、リサの足を絡め取る。
「っ……!」
リサの身体が引きずられ、ノイズの渦へと沈みかけた。
「リサさん」
カイは一歩踏み出した。
だが、間に合わない。
ノイズがリサの腰まで飲み込み、
皮膚の上に紫色のエラーが走る。
「カイ……っ、だめ……触ったら……!」
「大丈夫です」
カイは、モップを握り直した。
その瞬間だった。
モップの先端が、淡く光った。
紫でも黒でもない。
見たことのない、白い光。
「……?」
カイ自身が、驚いていた。
モップをノイズに向けて振り下ろす。
通常なら“削除”されるはずの破損データが、
光に触れた瞬間――形を変えた。
ノイズがほどけ、
欠損していた壁のデータが再構築されていく。
「再生……?」
リサを飲み込んでいた黒い渦が、
逆再生のようにほどけていく。
リサの身体が解放され、
崩れていた床が元の形に戻った。
カイは、静かにモップを見つめた。
「……掃除ではありませんね。
これは……修復?」
リサは息を整えながら、カイを見上げた。
「カイ……今の、何……?」
「わかりません。
ただ……」
モップの先端が、まだ微かに光っている。
【SYSTEM LOG】
【未知の処理:検出】
【分類不能:再生プロトコル】
【警告:清掃員装備の仕様外挙動】
カイはログを見つめた。
「……仕様外、ですか」
リサは震える声で言った。
「カイ……あんた、もしかして……」
カイは首を振った。
「わかりません。
ただ、助かってよかったです」
リサはうつむきながら小さく笑った。
「あ、ありがとう……にゃん」
カイはモップを握り直す。
「次の現場……行きますか」
通路の奥で、白い光がまだ揺れていた。




