第85話 システムログの未来視
東京ダンジョン第十二層。
カイ・シノハラは、崩れた通路の奥で作業を終え、掃除機を背負い直した。
その瞬間、視界の端に紫色のノイズが走る。
【SYSTEM LOG】
【未来予測シミュレーション:起動】
【条件:清掃員の完全排除】
「……また勝手に始めましたか」
返事はない。
ただ、視界が白く塗りつぶされる。
光が収まったとき、カイは“未来”に立っていた。
街は明るかった。
巨大な広告塔には、若手探索者たちの笑顔が映っている。
《ダンジョン完全制圧!》
《安全な都市へ!》
《清掃員制度、時代遅れにつき廃止!》
人々は笑い、祝福し、拍手していた。
華やかだった。
……だが、足元が揺れた。
舗装された道路の隙間から、黒い砂のようなノイズが滲み出す。
ビルの影が歪み、壁面が静かに崩れていく。
誰も気づかない。
「……参照切れですね」
カイの声は、未来の誰にも届かない。
探索者たちは勝利を祝っていた。
その背後で、ダンジョンの境界が薄くなり、
破損データが街に流れ込み始めている。
華やかさの裏で、世界は静かに沈んでいく。
ノイズが空を覆い始めた。
広告塔が一瞬だけ乱れ、
探索者の笑顔が黒い影に飲まれる。
【SYSTEM LOG】
【世界崩壊率:上昇】
【原因:清掃員制度の消滅】
【補足:破損データの処理者不在】
カイは、淡々と画面を見つめた。
「……そうなりますよね」
未来の街は、音もなく崩れていく。
人々は気づかないまま、足元から消えていく。
華やかな世界ほど、脆かった。
視界が再び白く染まる。
気づけば、カイは元の第十二層に立っていた。
【SYSTEM LOG】
【未来予測:終了】
【提案:清掃員制度の維持が望ましい】
カイは小さく息をついた。
「望ましい、じゃなくて……必要なんですよ」
掃除機のスイッチを入れる。
「次の現場……行きますか」
通路の奥で、紫色のノイズが揺れていた。




